縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2009年07月02日

七月二日

梅雨の合間に、落語「雨乞い源兵衛」をナマで聞けるチャンスだ。立ち見も歓迎らしい。

八軒家寄席第二回が土曜日午後六時いよいよ開演だ。前回の林屋染二師匠が熱演の「三十石夢の通い路」は大好評だった。

09070201.jpg

なにしろ、いまをときめく天満の繁昌亭でトリをつとめる売れっ子落語家が、50席たらずの特設寄席での熱気あふれる公演は、ファンには聞き逃せない。
会場は、北大江公園前のイタリアンレストラン「マリアン」。

演目は、「雨乞い源兵衛」。あまり知られていない演目だが、小佐田定雄作で初演は1980年の新作落語だ。解説本によると、ストーリーは、テレビの「まんが日本昔話」にヒントを得たそうだ。
へえ、落語作者はどんなはなしからでも自由に発想できるのだなあと感心した。
子供に人気の昔話も落語になる。おもしろいやないか。いつまでも古典にこだわらず、今のご時勢にあった悲喜こもごもの笑いを落語化すればいいのだ。

さっそく、ぼくもひとつアイデアが浮かんだのだが、いまはないしょにしておく。

投稿者 nansai : 14:43

2009年06月26日

六月二十六日 うん、気持ちはわかるぞ。サンスポ「ノーモア暗黒時代」特集


09062601.jpg

かつての常勝?タイガースが、だめトラ状態になって必死にあがいている。
「タイガースみたいやないがな。こんな強いタイガースには、つきあいきれんで。」と不遜にもぼやいていた昨年が、あほみたいだ。驕れるものは久しからず、だった。

星野も岡田も最初のシーズンは4位だったからなあと、最初は遠慮がちに真弓阪神を見守っていた新聞雑誌が、たまりかねて、タブーだった首脳批判を始めた。気の早いのは、次の内閣まで取りざたし始めた。
ぼくにしてみれば、うん、これはこれで、面白くなったぞ。

5位、借金6.こんなに弱い阪神では、キオスクで新聞も売れず、部数低下で新聞社もおまんまの食い上げだろう。
監督をぼろくそに批判しないと、新聞が売れないところまできてしまったのか。勝っても負けても、甲子園球場は満員御礼だが。

09062602.jpg

まずサンスポの「ノーモア暗黒時代」緊急連載。
取り巻きのはずのトラ番記者が、火ぶたをきった。

真弓監督は底上げの力となる2軍を重要視していない。もっと動け。ファーム視察を欠かさなかった前監督のように、もっと自分の目で、2軍戦力をみきわめるべしという。
ベンチでの真弓のなんともいえない薄笑いが、まわりを唖然とさせるという。

言いたいことは山ほどあろう。
監督の動きが遅い。動くと、こける、自分の意見がないからコーチの意見を聞きすぎるのか。切り札檜山の出番がつくれない。下位のチームにクローザーはいらない。いっせいにブーイングだ。

いいぞ、その調子。と声援していたら、なんのことはない。
怪企画、サンスポ特集「ノーモア暗黒時代」は、へなへなとトーンダウンしてしまった。
トラを再び暗黒時代に戻さないためのトラ番記者15年の渾身の提言だったはずなのに。
「補強OK 太っ腹オーナーに甘えればよかったのに」の見出しで、緊急提言は幕引きのようだ。
いったい、だれにメシ食わせてもらっとるんじゃと、球団と、こてこてのトラキチたちに噛みつかれたのだろう。
ある見出しに、「株主怒った、」というのがあった。
これは傑作だ。あんまり負けるので、どんな選手をとってきたんやと、社長が株主総会でつるし上げられたらしい。

09062603.jpg

ぼくは、半世紀にわたるトラウオッチャー。甲子園にほとんど行かないから、現場のナマの野次の肺腑をえぐる激烈さは知らない。
タクシーの運転手さんと野球批評を楽しむ。かれらは容赦しない。えげつない。4番新井に三塁を守らせるのは無茶だ。オリンピックで腰骨を骨折したのが、かんたんに半年で直るはずがない。などなど。

クールでハンサムな真弓は、球史に残る天才的ユーティリティ・プレーヤーだった。でも、監督のウツワかなあ。ぼくは、違うと思う。ナガシマさんのように。

09062604.jpg


関西系のテレビ解説は、高校野球もどきのよいしょ中継だ。若いアナの猫なで声が気持ち悪い。
いつからああなったのか。OB解説者も辛口の正論をかますとすぐおろされるのだろう、奥歯にものの挟まったコメントばかりだ。

強いばかりが阪神ではないとも思うのだ。
晩年の名監督ケーシーステンゲル監督率いていた、むかしのニューヨークメッツのように。毎年100敗以上最下位だったが解任はされず、ニューヨーク市民から愛されたという。この国では無理だろうが。

残りの長いシーズン。まだ優勝をあきらめていないなどと言うソラゾラしい大本営発表は、もういい。

いい材料がないから、といって、悔い改めたサンスポも、一面に、カーネルおじさんの担ぎ出しはないだろう。
「カーネルお祓いで、超常現象」とは、わけわからん。「真弓宮司が真弓に太鼓判。呪い解けた!」
なんでも、サンダース人形が、住吉大社で修復初披露され、87歳の宮司さんが、監督と同姓の真弓さんだそうな。そういうことか。悲しいね。

ああ、なにしとるんや。ぼけ。ドジ。歯に絹を着せないつっこみ、ぼやき、罵詈雑言を浴びせつつ、応援しよう。それしかない。むかしのように。

09062605.jpg

投稿者 nansai : 13:04

2009年06月22日

六月二十二日 首の重みに耐えかねて

むちうちでもないのに、突然の首の痛みで一週間を棒に振ってしまった。
週末に首にかすかな痛みを生じたが、ほうっておいたら、そのうち首が回らなくなった。その晩も酒を飲んだから、自業自得かもしれない。

09062201.jpg

首が痛いと、ベッドに横たわるのが、どっこいしょと一苦労だ。まず仰向けになるのが一大事である。首が痛いと、ベッドで頭が微妙に左右に動かせない。激痛で寝返りが打てないのにまいった。
枕にアイスノンをおいて、ぼんのくぼを冷やそうとするのだが、後頭部がそこに軟着陸できない。枕の上10センチから着陸態勢にはいり、おそるおそる頭をおろそうとすると、あいててて、激痛が走る。

久しぶりで訪れた整骨の先生は、これはかなりひどい。安静にしてアイスノンで冷やせという。テレビ医学番組では、首の痛みは、腫瘍とか思わぬ重大な原因によることがあるとか。
ぎょっとして、整形外科でレントゲンをとってもらっら、
少し頚椎の骨の間がせばまっているようだ。すりへって経年変化なのだろう。いまのところ、しびれもないし、首の牽引をしましょうということになった。

09062202.jpg

一週間たって、ま、大事に至らず、ぼくの首は何とか元に戻りそうになってきた。

かくかくしかじかと、整骨の先生に報告したら、むっとされた。両方の治療を併用することは相成らん。という法律があるといわれた。いつもは人当たりのいい若い先生だが、どっちの治療法を取るかとせまられ、びっくり。
整形外科の首吊り料金は一回320円、整骨治療は500円、どっちも10分足らずで済む。後期高齢者医療保険で、半分は公の負担(すんまへん)だが、効果のほどは、首痛バージン?のぼくにはわからん。

首脳とはよくいったもので、首がいかれると、集中してことにあたれない。タイガースや麻生内閣のように死に体になってしまうのが、よくわかった。
脳は首がささえる。落ちたものを拾うとか、真横のテーブルの新聞をとろうとする、そんな何かごくささいな動作も、すこしだけ首を動かさないと、どうにもならない。
うつむいて、何かに集中することができない。だらしない話だが、このていどで、本を読んだりパソコンに向かう気力が失せるのには驚いた。

日にちグスリは、よく効く。整骨か牽引か、治療法に悩むより早く、激痛も取れ、ぼくの首は元通りになりそうだ。痛みが取れ首が回わせるようになると、周囲がよく見える。だんだん、自分のすがたが、カエルにみえてきた。懲りないカエルだ。

09062203.jpg

投稿者 nansai : 13:04

2009年06月05日

09060501.jpg

六月一日 500年前の硝煙立ち込める古戦場が、すぐ前の公園だったとは、知らなかった。

09060502.jpg

ここら一帯は、今から500年前、楼の岸と呼ばれ、砦が築かれていた。石山合戦で、織田信長軍の本願寺包囲戦の舞台だった。包囲は、十二年に及んだ。秀吉の大阪城の築かれる前だ。

「楼岸 夢一定 蜂須賀小六」)は、直木賞作家佐藤雅美の時代小説だ。「ろうのきし ゆめいちじょう」。
09060503.jpg

秀吉につかえ、戦国乱世の過酷な抗争をしたたかに生き抜いた蜂須賀小六正勝という人物を主人公に据えた。小六は、墨俣一夜城の築城で名を知られている。
石山合戦では、「楼の岸」で戦って名を上げ、晩年はこの地に屋敷を構え、寺を建てた。

楼の岸とは、大川のほとりの砦の位置からきた地名である。大阪市中央区京橋三丁目あたりだ。
なんと、うちの事務所の北側すぐ目の前の北大江公園付近が、その砦の跡と知って驚いた。
1570年石山合戦当時、土塁の上に櫓を建てた砦が、上町台地の突端に築かれた。楼とは、やぐらである。

09060504.jpg

この上から敵軍を監視し、鉄砲を楯のかげから撃ちかける。
戦国時代の城の攻防は、こうした砦を建てて、持久戦に持ち込む戦法が盛んに行われた。鉄砲櫓は、双葉社から刊行されている「信長戦記」などに、コンピューターグラフィックでいきいきと見事に復元されている。綿密な資料にもとずく、CG作家成瀬京司氏の力作である。信長戦記など、成瀬CG作品を載せたムックは、アマゾンで入手できる。

09060506.jpg

次の川辺の写真は、対岸の大川北岸から、「楼の岸」跡を望んだところ。

09060507.jpg

ここ「楼の岸」は、12年間も、信長軍に包囲され篭城を余儀なくされた石山本願寺一揆勢への西国からの援助物資の陸揚げ地でもあった。

天正4年、この砦をめぐって、本願寺顕如軍と織田信長軍の鉄砲傭兵隊の間で激しい銃撃戦が展開された。
5月、ここ楼岸砦から門徒一万ばかりが数千の鉄砲を手に押し寄せてきた。51歳の蜂須賀小六は、先陣を切って門徒勢につっこみ、つぎからつぎへ槍をくりだしつき伏せた。敵の首を一番多く上げ、「楼岸一番の首」とたたえられ、信長の目に留まり、褒美にと陣羽織をぬいで恩賞にあづかった。

09060508.jpg

この時代、本格的に鉄砲を集団で使用したのは、三段撃ちで名高い「長篠の戦い」といわれているが、5年さかのぼるこの地の銃撃戦が本邦最初ではないかとの説もあるそうだ。

織田、豊臣と、はげしい有為転変の世を生き延び、晩年、小六正勝は、大阪城外の楼の岸に屋敷を構え、淀川を借景とした。御殿山屋敷という。

佐藤雅美「楼の岸 夢一定」は、死期の迫った小六が蜂須賀家の将来を案じつつ息を引き取る、つぎのシーンで終わる。

大阪城築城にあたり、淀川の両岸に植えた木々が青々と色づいて、目にまぶしい
「体を起こしてくれぬか。久しぶりに淀川を眺めてみたい。」
と突如、「うおー」と刀槍をあわせる何万もの雄たけびが耳朶によみがえった。
「死のうは一定、しのび草にはなにをしょぞ。一定かたり おこすよの」は、信長の気に入りの小唄だった。
小六は繰り返した。
「死のうは一定‥」

死ぬのはなりゆきで、ぜひもない。一定語りとは、誰かが語り継いでくれようか。

蜂須賀小六正勝は生前に寺院の建立を思い立ち、美濃国の安住寺が兵乱のため退廃しているのを大阪に移して、楼の岸に再建した。いまの八軒家あたりだろう。
その安住寺は、その後慶長9年大阪の陣で焼失、天王寺へ移されたという。
本願寺は、秀吉の時代に、京都に移るが、残された大阪の門徒は、ここ楼の岸に念仏をあげる坊舎を建てた。のちの津村別院である。


投稿者 nansai : 16:21

2009年05月27日

五月二十七日(水)

ようやく狼が来なかったことにみな気づいたようだ。

09052701.jpg

日曜日の午後誰もいない万博道路。一人の女性ランナーがマスクをして一心不乱に走っていた。マスクをしてまで走るひとををはじめてみた。ビールスをだれかに感染させる?、誰かから感染させられる?せきやくしゃみのしぶきが飛び散るのを防ぐのがマスクの役目だろうに。
日本人のマスク信仰は根強いものがある。
何だ、普通の「流感」と同じじゃないか。当局は気づくのが遅かったのか。
それは感染者の多く出たアメリカでは、調べて早くからわかっていた。マイルドだし、わが国ではあれほど騒いでほとんどが治り、死者もゼロだ。
そもそも日本でも年間100万人の季節性インフルエンザは発生する。約一万人が合併症でなくなるのだが、ぼくらは、インフルエンザ注射をして、淡々と対応してきた。

アメリカのネットでは、意外なほど扱いが冷静だ。全米で感染者の数はふえ、一部の学校は閉鎖されているが、たいしたことにはならず、死者(合併症がほとんど)の数は少ない。
政府広報の情報量が、具体的で豊かで克明だ。啓蒙のためのパンフレットやポスターがネットでPDF化され、すぐどこでも印刷できる体制だ。

09052702.jpg

説明のイラストも、鼻の頭のむずむずして赤いゆるきゃらを登場させた。とぼけてユーモラス。
当局も、手洗いはしっかりと、せきやくしゃみは手か袖でおさえるように、という広報を繰り広げている。せきもくしゃみもティシューでおさえればよい、あとはくずかごにすてましょう。袖でおさえてもいいというのが、至れり尽くせりというか、ご愛きょうだ。

べつにマスクは特別の場合以外は、強制されていない。日本は、薬局でマスクが売られていないと、買い込もうとしたみんなパニックになった。マスクをしていないと変な目でみられるのは、徳川時代と同じ。

まえまえから、あまり正しく解明されていないらしいのだがスペイン風邪のようなパンデミックが、恐れられてきた。国立感染症研究所は警鐘を鳴らして、きのどくに毎年狼少年だった。地震の予知に似ていた。
ペストやエボラ熱など、恐怖映画の影響があったのか、大臣が深夜テレビで警告するさわぎになった。水際で食い止めねばならぬ作戦は、映画のシーンにはなっても、検疫はどだい不可能で絵空ごとだったのだろう。関西の医療も崩壊寸前となった。
今回の関西を襲った豚インフル騒動は、一人橋本知事がオトコをあげ、張り切りすぎた大臣たちはあほみたいだった。
まるでイソップ物語だが、あとあと小説の絶好のテーマになるだろう。
ニューズウイークは、早くから「オオカミは来なかった」特集をしていた。

投稿者 nansai : 16:09

2009年05月20日

五月二十日 おひさしぶり。お帰りなさい、タイガース。

歯がゆい。とにかく打てない。
覚悟はしていたが、とうとうあの懐かしい「だめトラ」が帰ってきたのだ。ならば、テレビ前に陣どって罵詈雑言を浴びせつつ、得心して観戦できる。

甲子園の切符は、三月開幕と同時に完売したらしいのだが。同じチームが、昨年の今ごろと比べて、こんなにも違うものか。
豚インフルのせいで、恒例の風船あげも禁止だとか。

09052001.jpg

球界最高年俸を誇る持ち駒が豊富?すぎたのか、粗悪な輸入選手に目移りした。
野球選手としてはメスをいれた後期高齢選手に、あまりに頼りすぎだろう。新聞の見出しにはなるが、しょせん賞味期限切れの英雄神話に酔ったのだ。生身のベテランだからいくらがんばっても、シーズンを通じて鉄人などいはしない。

若さには勝てない。昨年、屈辱の逆転負けした巨人の生えあがりの無名若手選手たちをみるがいい。
桜井、林など、チャンスを与えて、若い(もう若くもないか)能力をひき上げはぐくむことを忘れていた。試合運びがとんちんかんで、檜山や藤川の出る幕が作れない。
無表情な真弓新監督は、まだチームが掌握できていないのだろう。名店の居抜きの雇われマダムのようだ。

09052002.jpg

今シーズン、くやしいが、だめトラぶりを楽しむには、デイリースポーツが面白い。
「記者席からの視点、岡田の法則」というコラムがある。技術論にうるさい前監督が、はがゆそうに具体的に敗因を指摘している。
「いずれもベンチの支持が徹底されていないし、遅い。」などと、なかなかベンキョウになる。

投稿者 nansai : 17:56

2009年04月27日

四月二十日 クサナギ君のこと。なんぼのもんや。

深夜、ぐでんぐでんに酔っ払った男がひとり。なぜか、だれもいない公園で全裸になって奇声を発した。
通報されて、逮捕され牢屋に入れられた。麻薬を疑われたのか。

09042701.jpg

大騒ぎになった。全裸の酔っ払いが、有名な芸能人だったからである。
NHKがニュースのトップで報道した。芸能界ニュースとワイドショーで食べている民放は、一斉に走り出し、もちろん全局、繰り返し報道した。
酔っ払って裸になった。それがなんぼのもんや。報道も、ええかげんにせい、というのも大人気ない。
こんなご時勢に、新聞もテレビも、もっと報道すべきニュース価値は、ほかに山ほどあるだろうに、と思う。

人を傷つけたわけでもなく、公然わいせつというが、深夜でだれもみていない。立ちしょんべん程度の、軽犯罪?大新聞なら、社会面の最下段へ載せる程度の事件?なのだ。

「お酒を飲みすぎてわけがわからなくなりました。
もっと大人にならなければ」と、処分保留のまま釈放されたクサナギ君は、たどたどしい口調で神妙に記者会見で反省の弁を述べた。人気絶頂で、有能、誠実なかれは、もう三十三才らしい。「大人」とは、いくつ以上の年齢をさすのかな。

この国の「国民」は、芸能人が大好きだからか、騒ぎすぎになる。視聴率がうなぎのぼりになる。人材不足の政党からは、芸能界から、選挙にも担ぎ出される。それこそ、いいかげんにしてほしい。

「怒りではらわたの煮えくり返った」鳩山総務大臣が、またしゃしゃり出た。クサナギ君は「最低の人間」だと決め付けたという。別にクサナギファンでもないぼくだが、テレビでみて、これにはむっとした。

09042702.jpg

失礼だが、自民党閣僚のあんたには、いわせたくない。かつて身内の中川財務大臣の国辱的酩酊事件をかばったやないか。

総務大臣のはらわたは、なんで煮えくり返ったか。
地デジのキャンペーンキャラクタにクサナギ君を起用していたので、作ったポスターなどがパーになってしまうということかららしい。

痛快なのは、鳩山総務大臣の公式ホームページ。ネット上は、正論の嵐のような反撃だ。ぼこぼこにされている。むっとしたのは、ぼくだけではなかったらしい。

反論を隠さず載せているのは正しいのだが。もし鳩山大臣がネットを克明に読んだら、読み物として、血の気が引く内容だ。
もうあんたには投票しない。自民党の盟友、中川財務大臣の国際的「泥酔」をかばったのに、なんちゅうことを言うのだという鋭い指摘もある。びびった大臣は、発言を取り消した。おそまつ。

09042703.jpg

すわ、クスリとかんちがいされたのか。これは、笑えてくるような小ネタだ。
伝えるべきニュースバリューとは、なにか。マスコミは、取り上げるニュースの優先順位を考えるべきだ。矜持というものがあるだろうに。望むのが無理かもしれない。
日本国民の、視聴者の、無邪気な、異常なまでの?芸能人好きに乗じようとする態度は、もういいかげんにしてほしい。

芸能人のこの手の事件?は、後を絶つまい。
ドジの代償として、有名税をどう払ってもらうか。「公然わいせつ罪」?の罰をどうしたものか。

ならば、いま政府が取り上げようとしている「社会奉仕命令」が、効果的で、おもしろい。
クサナギ君は、贖罪?のため、社会のためになる何かの行為をしたらいいのだ。まちがいなく大喝采だ。
罰のかわりの社会奉仕も、公園の掃除やらくがきの消去なんかではもったいない。
交通遺児の教育費援助でも、お年寄りに優先座席を譲ろうとか、飲んだら乗るなとか飲酒運転の防止でも、地デジ普及でもいい。なにか世のためになることに、クサナギ君の知名度で貢献してはどうか。

ポスターに出たり歌ったりメッセージ?ティシャツ(大きなお世話だが、デザインしておいた)売ったりして、その収益や印税を、寄付すれば、かれならすごい金額になるはず。公園にベンチか遊具を寄贈するのもいい案だ。

人気タレントのクサナギ君は、これまでも評判のよい好青年だったというが、社会奉仕のアイデアしだいで、逆境をはねかえし社会に貢献する好感度ナンバーワンになること請け合いだ。無償の社会奉仕で、ついていなかったエラーの後の満塁ホーマーをねらおう。

あの鳩山総務大臣も、昨年法務大臣のとき「社会奉仕命令」の勉強会を持ったという。この際、名誉挽回に、実現提案に賛成してはどうだろうか。

投稿者 nansai : 11:50

2009年04月23日

四月二十日 花、見終わって

042301.jpg

造幣局の「通り抜け」が終わって、花見のシーズンもやっと閉幕である。
芭蕉の句に「さまざまのこと思い出す桜かな」。
さまざまのことが起きている。よくないことのほうが多いかな。
「ただたのめ はなは はらはら あのとおり」
一茶は、観音さまにすがるしかないとつっぱなす。

満開の桜の絵を描こうとしたが、あかん、どうにもぼくの手におえない。
絵に描き劣りするもののひとつに、清少納言は、桜をあげている。枕草子では、絵に描くとつまらなくなるものとして、なでしこ、菖蒲とならんで桜が、槍玉に。
実物の迫力にはかなうはずがない。あきらめた。

09042302.jpg

花見は、人見である。人、人、人。
この年になるまで、花の下の喧騒がいやで、花見をさけてきたが、いささか心境に変化をきたした。

「見納めてあと何回の花見かな」
と、花見には縁のなかったぼくの句。
ことしは、平日の午後、コンパクトデジカメを片手に、満開の桜の名所を、靖国神社と千鳥が淵、大阪城と大川端と、花を見るというより、駆け足で撮ってまわった。

昼間の花見は、大阪は、花にはそぐわぬ地味な服装をした中高年のおっさん、おばはんばかり。みなカメラかケータイで写真をとる。 花の下で飲んで騒ぐ人は皆無だった。大川では、ビニールのシートをしいてお弁当を食べている家族を見かけたが、すぐそばにホームレスのブルーのテントが並んでいる。なぜか同じ色だ。どうもねえ。花見のビニールシートは、ピンクの桜色にしてはどうだろうと余計なことを考えた。
これは「通り抜け」に急ぐ善男男女たち。なにしろ入場無料だからねえ。

09042303.jpg

中国語のアナウンスがひびく大阪城は広すぎて、城内では、桜が目立たない。由緒ありげな「桜門」も立て札は立っていたが、さびしい。
東京の花見は、さすがに若い人も外人も多い。千鳥が淵の桜は美しい。

09042304.jpg

靖国神社のごったがえす境内は、屋台や茶店で、天神祭りのようだ。

09042305.jpg

右翼の街宣車はいなかった。
悠久の大義に生きようとし南海に散った神風特攻隊、密林で植えて戦没した英霊たちは、このくったくのない天下泰平ぶりをどうみているのだろう。

09042306.jpg

投稿者 nansai : 15:47

2009年04月15日

四月十三日月曜日 満員御礼。八軒家寄席

土曜日夕方、先客万来を祈って招き猫君に羽織を着せて高座にあげたポスターがすごい人気で(残念ながらまっかなうそです)狭い店内が大入り満席となった。

09041501.jpg

北大江公園前のイタ飯レストランが、「八軒家寄席」に変身し、高座を急ごしらえでしつらえた。
ぐらぐらするので大丈夫かいなと心配だったが、えらいもんやねえ、たちまちお囃子のパーカッションで、狭い店内が、繁昌亭におとらず、うきうきした気分につつまれた。
やあ、よかったでえ。目の前で聞く真打の落語は迫力あるわと大評判。林家染二師匠の汗拭きながらの大熱演で、本命の「三十石夢の通い路」に「寝床」の二本立てを満喫できた。

染二師匠は、連日天満繁昌亭でトリをつとめる重鎮といってもよいプロ中のプロだが、50名入って満員の、こんな狭い席でも、手を抜かない。りっぱな賞をぎょうさんとっておいでやが、ここのお客が大事といわはるんや。たいしたものやねえ。いっぺんで、さして落語通でないぼくは、サインももらって、フアンになってしまった。

サイドディディシュで演じてもらった大サービスの「寝床」もこれまたよかった。寝床をとられたと、べそかく定吉どんの心境もよくわかるが、下手な浄瑠璃をきかせたいのに、みなに逃げられてしまう大家さんの気持ちに同情の念禁じ得なかった。

09041502.jpg

大家さんの稽古を積んだ、せっかくの自慢の芸を、酒と料理つきでも、なんだかだ理由をつけて、誰も聞いてやろうとしない。でも、気の毒な大家さんは、腹をたてては、ときどきおだてられ、途中で結局みな寝てしまうのだが、ああ、旦那芸というやつは、番頭はんの見え透いたお世辞に弱いのが、あさましい。
そうや、この南斎の落書き絵巻と同じやないか。笑えんわ。他人事ではないわと、わが身につまされた。

投稿者 nansai : 17:22

2009年03月31日

三月三十日 郵便ポストは、絶滅危惧種か?
手紙は、郵便ポストがなければ生きていけないのに。
郵便ポストは、だれも手紙を入れてくれないから、おなかがすいて、死んでしまいそうだ。
このままだと、―どうなる?


09033101.jpg

手紙を出し忘れて、通勤途上の地下鉄淀屋橋近辺で投函しようと思った。
ところが、郵便ポストが、どこにも見当たらない。駅員にきくと、ここにはポストはないという。(一日何十万人の乗客が乗り降りするターミナル駅なのに)
駅員は、地図を見ながら、ポストは地上に上がって淀屋橋を越え市役所の近くにあると教えてくれた。
でっかい市役所の庁舎の前にもポストは見当たらない。ガードマンのおっさんに聞くと、やれやれ、はるか、あっちのクスノキの向こうにあるという。淀屋橋駅から、郵便ポストまで、500メートル以上はあろうか。

09033102.jpg

ぼくは、ポストの数がすくないのは、郵政民営化のせいだとか、いきりたって非難するつもりはない。
ビジネス街の集配体制は、遅滞なく日々整然とおこなわれているのだろう。
ぼくの心配するのは、むかしながらの手紙もはがきも、このままだと、消えてゆくのかなあ、という哀惜の思いである。ぼくにしてみれば、困ったことだ。

郵便ポストが近くになければ、手紙もはがきもやりとりは、むつかしい。大阪のような人口三百万人の大都市の中心に、郵便ポストがないのは困ったものだ、とぼやくのは、ぼくのような風変わりな一部のひとたちだけかもしれない。

しかし、メールですむことを、なぜ、めんどうな手紙やはがきにしたためるのか、とケータイから片時も目を離さない若い人たちは問うだろう。
無駄ではないかと問われても、日本にむかしからあった伝統的文化とか習慣の問題なので、こたえようがない。ほっておいても後世がきめてくれる。

郵便局もごくろうなことである。大の男(この頃女性も増えた)が手紙を配達して、80円、ぺらぺらのはがきにいたっては、わずか50円。
ときに、ぼくのような粗忽者が、料金不足の手紙を出すと、先方へは配達されずに、また費用をかけて当家の郵便受けに逆戻りしてくる。申し訳ないと反省する。
時流と経済原則に合わねば、手紙もはがきも、滅びてゆくだろう。
ユニバーサルサービスといったって、しょせん他人様の負担でしか、継続できないのだ。
吹けば飛ぶような軽量の郵便物の物流を、コストの高い人力にゆだねるのだ。実費に見合う集配量を徴収しないかぎり、サービスの継続生存は難しい。商売にならないのは、自明の理である。

09033103.jpg

とすると、手紙を書いて封筒にいれ、宛名を書き切手を張って、ポストに投函する、という古来のしきたりは、早晩、消滅するはめに陥るのだろうか。

人が集め配達する手紙もはがき新聞も、消えてゆく。
それで何の不自由も感じない若い層が増えている。
なんでも、ケータイで事足りるかれらは、新聞も読まない。それでいいのだ。しかし、それでいいのだろうか?と、異議をとなえたいぼくらもトーンダウンしてしまう。
そのうちに時代おくれの郵便ポストは、好事家の保存の対象となり、「郵政博物館」!でしかお目にかかれなくなる。

投稿者 nansai : 17:35

Syndicate this site (XML)

Powered by
Movable Type 3.21-ja

All Rights Reserved, Copyright (C) 2005, Contentsfarm Ltd & SKYARC System Co., Ltd,