縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2004年10月28日

十月二十八日(木)

快晴。通院診察。

どこへいってしまったのか、多摩川のごまあざらしのタマちゃん。人気絶頂のころ、新聞の写真を見て描いたものだ。昔の人は、腰の矢立の筆で、さらさらとスケッチしたのだろうが、パソコンなら思い立って、すぐ、ペイントを立ち上げ、ちょこちょこ、とマウスを動かす。文人画や俳画などのさらさらタッチと相通じるところもあろう。

「絵はだれにも描ける」(NHK出版 )という本のなかで、谷川晃一さんが、つぎのようにいっている。

「絵には二つのタイプがあって、だれにも描ける絵とそうでないむずかしい技術を要する絵があり、後者のタイプの絵は、相応の技術研修がなければ描けないのである。

例えばバレーの公演を見に行く人の大半は、バレーの鑑賞に徹し満足して帰るが、自分でも舞台に上で踊ってみようと思う人は多くはいない。
むろん自分でも踊れたらいいなと思う人はたくさんいると思うけれど、厳しい練習に耐え、高度な舞踏技術を長年かかって習得し、しかも肉体的な美しさも要求される踊り手になろうと思う人は鑑賞者の仲でも稀有な存在である。

これに対し、サンバなど陽気なリズムのダンスを目の当たりにすると、鑑賞者は鑑賞者であるといつの間にか体が動きいっしょに踊りだすことがよくある。」
画家で美術評論家の谷川さんが「絵はだれでも描ける」と主張しているタイプの絵は、バレー型ではなく、サンバ型である。
前者は「型」を学ぶもので、後者ははじめから「型」を気にしない絵であると谷川さんは述べている。なるほど。

いわれてみると、ぼくの描く絵は、紛れもなく、サンバ型だ。
生来怠惰なぼくには「バレー型」」の厳しい長期にわたる修練にはたえられそうにもない。
ずぼらで出不精のぼくは、絵にはもともと関心はあったが、展覧会や美術展に足を運ぶことはめったにない。ルーブルにも国立美術館にも足をふみいれたことはない。

人に習うのが不得手なぼくの場合、師匠は、新聞、雑誌、カタログ、ちらしなどの印刷物だ。印刷された絵や写真やイラストが、ぼくの手本だ。今では世界中の雑誌やカタログが入手できる。もちろん、テレビ番組も、いい学校だ。
「見よう見まね」が、ぼくの流儀である。
きょろきょろ、落ち着きなく、いろいろなものに目移りするぼくは、集中力が必要な学校や塾には向いていない。
だが、気まぐれが、この場合幸いする。マスコミュニケーションの時代には、「見よう見まね」に必要な出会いが、無数にあるからだ。

先生についてきちんと学ぶのは不得意なくせに、あ、これ、いい
なと思うと、まねたくなる。そこがサンバ型なのだろう。
まねているうちに自然と「型」が身についてくるものらしい。まねぶは、学ぶといわれるのは、ここのところだ。
ペイント以前は、まねしたくても、ぼくが描くことが可能とはとても思えなかった。
いまは、デジカメでスナップするように、まねながらメモ描きできるようになったのは、うれしい。だから新聞の小さな記事や写真でも、そのうち描いてみたいと思えば、切り抜いておくようにしている。

このウサギのモデルは、今夜の朝日新聞夕刊の広告からみつけた。
あまりきれいな印刷ではないが、立ち上がって、両手?を前にたらしている、かわいいポーズに惹かれたのだ。
カメラの捉える写真のリアルなかわいらしさには、ぼくの腕はかなわない。逆光のウサギのやわらかいふわふわの毛を描写するには、ペイントの色数は足りない。が、すぐ、自分の手でマウスを動かして、こうして姿が残せるところが気に入っている。手軽にスキャナーで複写するよりは、なにか得をした気がするのだ。

投稿者 nansai : 2004年10月28日 00:00

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