2004年10月15日
十月十五日(金)
ダイエーがついに白旗を掲げて、産業再生機構に身をゆだねることになった。三年前の大手術を先送りしたツケだろう。
いまにはじまったことではないが、状況はロシアの学校や劇場の人質事件ととてもよく似ていた。ダイエーは、二兆円あまりの天文学的な負債を人質にして立て篭もっていたようなものだった。かつては、銀行が間をとりもってさしいれをしていたがついに落城。まわりも、予想される犠牲があまりに大きすぎて、解決に二の足を踏んだ結果、今日に至った。時の氏神である。
政府は、空洞化した一本の巨木より、この国の金融秩序の「森」全体を救おうとしたのは当然。日本特有の先送りに逃げるのを避けた。竹中のロードマップのスケジュールどおりの進め方は正しい。
プリンターが修理から帰ってきた。しらべてみたがなんともなかったということだが、クロネコと連携したエプソンのドアツードアサービスは合格。大満足。ナイスプレーだ。このように宅配便が、精密機械の運搬、将来は結線までも、できるようになると、デジタルに難儀する高齢者時代には福音だ。
身辺雑記ならぬ、パソコンでの身辺雑描。身の回りはすべてお絵描きのテーマになる。暇つぶしには、適している。
突然だが、これは、ぼくがマウスを捕まえて、おとなしく仕事させているところだ。こちょこちょと、ねずみを操って、ぼくは描いている。

さて、このねずみ使い爺さんのごつごつした手は、女性がマウスを握っている手の絵に、ちょっと手をいれたものだ。以前描いたままマイドキュメントにしまいこんでいた。爪から赤いマニキュアを除き、ぼくの手をじっとみながら、しわを付け加えた。ペイントのおかげで、この間五分もかからない。
男が大声で何か叫んでいるところを描こうとしたのだが、ぼくにはこれが案外むずかしかった。指が顔にくっついて、口の周りを掻いているようにみえてしまうのだ。手の描き方は、どうもうまくゆかない。

つぎは、能のお面。ある雑誌の「能の面が秘めた無限の表情」というページから、軽率に、スケッチ。ちょっとへんな顔。幽玄なお面というより、妙になまなましい表情になってしまった。失敗。

こうして身近な雑誌や新聞でみつけた題材を、かたっぱしから、メモ代わりに描くのも一興だ。描く対象は、テレビや新聞雑誌、そこらじゅうに転がっている。
写真を見て一生懸命写生したつもりでも、デッサン下手がさいわいして、結構、ゆがんだりして似ても似つかぬが、味?のある絵が出来上がるのが楽しい。へたがいいのだ。文字通りの、「稚拙派」が誕生だ。
若いころからずぼらなぼくにはスケッチブックを抱えて風景の写生など、とてもできない。サンショウウオのようにじっと動かず洞窟の奥に潜んで、パソコンにこつこつ描いている。

このワンちゃんも、雑誌の表紙の写真から。彼が全速で走っている
ところをストップモーションでスケッチするのは無理だろう。
フランスの爺さんのモチーフは、恐れ多くも、佐伯祐三の「郵便配達夫」からいただいたもの。似て非なるものだが、これも、雑誌の切り抜きから。雑誌にのっていたキャメルの箱も、しみじみ凝視すると、これも絵になる。

投稿者 nansai : 2004年10月15日 00:00


