縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2004年10月18日

十月十八日(月)

いまでは郵便局のポストの「郵便」という漢字はもう「ゆうびん」とは読まれなくなったのではないか。郵便ポストにも、カタカナではなく、POSTと書いてある。
〒マークは、不朽の名作だ。逓信省の「テ」に由来しているときいている。郵便もひらかなで表記したりいろいろなようだが、21世紀は、氾濫しすぎのローマ字をやめて、カタカナ「ユ」のマークはどうだろう。大きなお世話の、頭の体操だ。

ところで、郵政民営化の問題は、たんに郵便局のサービスの問題ではないと、納税者の立場から、思う。
津々浦々のぼくたち国民から、いともかんたんに集金できる郵便局が、貯金と簡保で吸い上げる天文学的カネの行き先こそが問題なのだ。
これまで郵貯簡保の資金350兆円。GDPの70%のほとんどが公的セクターに流し込まれたそうだ。
運用先をどこにするのか、どんな事業に投融資するのか。かつて日本の貿易黒字に憤るアメリカが、「内需拡大を急げ、」と、やいやい言い募ったのを思い起こそう。
うろたえてカネがあまってあまっての運用は、民も官もどうしてよいかわからず、土地と道路、ハコものや橋、飛行場しか、投資先が頭に浮かばなかった。そこへ、狂ったアリたちが群がったのだ。それはすさまじい光景だった。

かくて、あのバブルを招来し、結果は、こうなったのだ。ぼくのはいっていた愛すべきこじんまりとしたゴルフ場も、狂って倒産し、会員権は紙くずとなった。いつの世も、人間は、インフレ錬金術の奴隷である。むかしのオランダではチューリップ、ついさきごろまで、日本では、土地だった。
田中角栄の言い出した日本列島改造という、もともと無理な大義名分はくずれ、冷戦が終わり経済がグローバルになると、地方が誘致しようとした工場は、中国にいってしまった。

郵便局が集めて、有り余るカネの貸出先は、どうしてきめたらいいか。郵政が買う国債は逆流して、かつての財政投融資的カネのながれをまた引き起こしてしまいそうだ。
戦後日本の政治は同じ過ちを何度も繰り返してきた。官僚制を温存する議会制民主主義下の集票主義では、もっとも効率的な国益にかなう投融資は、むずかしい。
政治家も官僚も、運用の資格も能力も怪しいとなれば、財政投融資の効率的運用は、それこそ私心の欠落したウルトラ スーパー コンピュータでしか、優先順位をつけられまい。それに近いシステムがつくれるか。

いつものことだが、木を見て森をみない議論が、政治家とマスコミにあおられて、この国では山火事のように広がる。「森」や「山」の問題は、遠すぎて、広すぎて、衛星のように高いところから、距離を置いてみないと、全貌がみえてこない。解決法が条件により多岐にわたるから、難しくわかりにくい。だから、議題としては、うとまれるのだ。

民営化はサービスの問題だけではない。郵政職員の失業転業の問題だけでもない。問題へのレッテルの貼り方がおかしかったから、議論が拡散した。

困るのは、落としどころが安易に捜し求められ。幕引きがいそがれることだ。関係者の面子が勘案され調整される。大きすぎる難問は、一時思考停止のまま、先送りされる。
近くの郵便局がなくなると不便とかの、身近な「木」の問題は、都会であれ地方であれ、選挙民には、一見切実で、わかりやすい。へたくそなコピーライターのような、全体の国益を見ない論旨が、まかり通り、一部のずる賢い扇動政治家に利用されるのだ。

ぼくの描く絵は、ペイントを立ち上げて、パソコンの画面を覗き込みながら、手元のマウスを操って描くのだから、絵といっても、サイズの制約がある。絵のフレームは泣いても笑ってもパソコンの箱のたて横の幅の範囲だ。いわば、ミニ絵ともいえよう。

ペイントで描くこのような小さな絵は、楽器でいえば、ハモニカを吹いて好きなメロディーを演奏するのに似ている。ちょっとコツをつかめば、誰にもそこそこ音が出せる。ハモニカでも、オーケストラの演奏のまねはできる、というところか。
知らず知らずのうちに、興が乗り描きこんでしまい、こみいった複雑な構図になる場合がある。ペイントは、その部分を拡大できる。八倍までOKだ。はじめから出来上がりサイズの構図を想定して、小さく描きこんで、あとで拡大することになる。
三年前にぼくの描いた「九・一一」をみてください。

このごろのプリンターの性能の向上で、こんな絵でも、結構かなり拡大に耐えるのでびっくりした。ポスターサイズにも大丈夫だ。どんな絵でも、さいきんの大画面テレビやプロジェクターで、大きく映し出したりすれば、額に入れて飾るのとはまた違う楽しみ方が生まれてきた。
このように、小さく描いて大きい構図に仕上げる可能性は、でっかい。すごいと思う。これは、アートかも。

しかし、ペイントの場合、ふつうは、狭い画面に、かんたんな小さい構図をさっと描きあげるほうが多い。字数の限られる俳句作りのような感じだが、どうだろう。数多くつくれる。

この絵は、ブラシで大雑把にあたりをとって、エンピツで輪郭をとり、なかをペンキで塗りつぶしたもの。
ペイントでも、いちばん気楽な、おすすめの描きかたである。出来上がるのがとにかく早い。

ペイントでこんな絵を描くことは、つまり、線でいいかげんに輪郭をとって、ぬりえをつくり、自分ですきなように塗りつぶすことだ。少々色がはみ出しても平気だ。へたでいいのだ。かえって、いい味になる。しかも、それが、瞬時にかんぺきにできるのが、すばらしい。こどものころから、ずぼらで不器用だったぼくにはじつにありがたい。くわえて、いろんな多彩なかたち、色がだいたんに試せる。失敗を恐れる必要がない。しまったと思ったら、即、やり直しがきき、別案にトライできるのがうれしい。夢中になれるから、疲れることがない。

投稿者 nansai : 2004年10月18日 00:00

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