縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2005年02月08日

二月八日(火)

ぼくは、正式に絵を描く勉強をしたことはない。先生についてデッサンを習ったこともない。つまり、我流である。習ったとしてても、じまんではないが、ぼくの性格では、長続きせず挫折したに違いない。友人たちもそういう。

ぼくの尊敬するアメリカの素人画家モーゼスばあさんは、七十二歳で油絵を始めた。リュウマチで手が不自由になって、刺繍絵ができなくなり、すすめられて油絵を始めたという。
農家の主婦だった彼女は誰にも習わず、自分の記憶をたどり、ふるさとバージニアの十九世紀ごろの田園風景を描いて、あまたの名作を残した。百歳過ぎまで絵筆をはなさなかった彼女はパレットを使わず、板の上に、絵の具チューブに直接筆をつけて描いていたらしい。
以上は、先日のNHKの日曜美術館でみた。
こんな話を聞くと勇気がわいてくる。手順、手続きはどうでも、何を描くかだ。僕はゴルフでは失敗したが、お絵描きは、モーゼスばあさん流でゆくことにした。

もうひとつ、こころ強く思ったことがある。それは、彼女が、新聞やカタログの写真をたくさん切り抜いていて、それを、自分の心象風景を描くときのデテール描写の参考にしていたことだ。ぼくのやり方と同じではないか。

ぼくのお絵描きはほとんど即興のでっちあげだが、ときどき、テレビや新聞雑誌に載っている画像をみて、あ、いいな、正確に描きたいと思うことがある。みたこともないし、そらでは描けないテーマの場合だ。

たとえば、皇女紀宮の研究テーマとされるカワセミだ。形も美しいし、ダイビングしてえさをとる姿勢が絵になる。皇居には生息しているらしいが、ここらあたりでは、ふだんお目にかかることがない鳥だ。
そんなとき、チラシでもパンフレットからでも、気に入った写真を発見したら、破いてとっておく。ぼくは、サーチエンジンのグーグルのイメージから、探して描くことが多い。

ところが、いざ描こうとしても、シロウトの悲しさで、うまくかたちがとれないのが常である。
デッサンの心得がないから、どうせ正確に写生できるわけはなく、どうしても、似ても似つかず、ゆがんだり狂ったりする。よくしたもので、そこがいい。ひいきめにみると、下手なりに、いい味にみえてくるものだ。ひとりよがりだ

この外国産かえるは、科学雑誌にのっていた写真を見て描いた。名前は忘れた。
が、おもしろい。

投稿者 nansai : 2005年02月08日 12:19

All Rights Reserved, Copyright (C) 2005, Contentsfarm Ltd & SKYARC System Co., Ltd,