2005年03月06日
三月六日(日)
昭和二十年三月九日、たった一晩の無差別空襲で東京下町の10万人が焼死した。NHK特集は、きわめて抑えた控えめな表現で、この史実を特集して放映した。六十年もあとにである。2百機のB29が低空で進入し高性能焼夷弾を三十万発以上投下した。木と紙で作られた家がひしめく下町の密集地にである。
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日本国民の戦争継続への志気をそぐためという作戦計画だった。
同じような無差別爆撃を受け壊滅したドイツのドレスデンでは、ことし、旧敵国からの寄付も受け入れて聖母教会の復元がなり、大々的に式典が行われた。市民への無差別爆撃の是非も取りざたされている。
わが国では、東京、大阪、神戸などの各都市への焼夷弾無差別爆撃が、原爆のように、大きくとりあげられることはなかった。日本国民は、とくにゲームに明け暮れる若い世代は、この史実を知るべきである。
当時の政府は損害をひた隠し、八月無条件降伏するまでに、空襲で40万人の市民が犠牲になった。
写真の記録はまったく残っていない。近年になって、生存者も高齢化するにつれ、当時の生き地獄のありさまを、記憶を頼りに、絵をえがいてもらうというこころみが各地でおこなわれているという。東京大空襲のNHK特集でも、そんな数枚の絵が紹介された。あの日のすさまじい光景が、いまもなお、生き残った老人たちの脳裏に鮮明に刻まれており、絵の上手下手には関係なく活写されていて、息を呑む思いでみた。
田舎にいたぼくらはこのようないたましい大損害を知らず、陣地構築に駆り出され、超高空の成層圏を美しい飛行機雲をひきながら飛ぶB29を他人事のように眺めていたのだ。
投稿者 nansai : 2005年03月06日 10:16


