縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2005年04月02日

四月二日(土)

「暮しの手帳」が創刊されて半世紀以上たった。
最近刊行された「暮らしの手帳」保存版「花森安冶特集」をぱらぱらめくっていて思い当たった。そうか、五十年前、ぼくの師匠にあたる人がいたとすれば、じつは一度も会ったことのない同誌の編集長花森安冶その人だったのではないか。

当時、地方の学生にとって、「暮らしの手帳」は、高くて買えなかったから、町の貸し本屋で借りて読んだ。昭和二十年代のおわりごろのこと。

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ふつうの表現で日常のことをわかりやすく説明しようとする日本語の文章に始めて出会った。「やくたいもない」とか、ぼくにとって新鮮な関西なまりのよどみない言文一致の文章に強い影響を受けた。
編集長花森安冶の見事なまでのワンマンショーで、内容のユニークさはもちろん、誌面のすみずみまでが、いま風にいえば、イラストレーション、カット、タイポグラフィのお手本の宝庫だった。
不遜にも、絵を習ったことのないぼくも、ああ、花森のようなユニークな細い線のカットを描きたい、あのタッチなら、なんとなくぼくにも描けそうな気がしたのを覚えている。そう思っただけで、なにもできなかったのだが。
万能の編集者花森安冶は、主演、脚本、監督とワンマンでこなすチャップリンのような存在だったろう。あのころすでに外国雑誌を購読し「ニューヨーカー」誌がお気に入りだった。欧米の文化がだいすきで、タイプライターに憧れていたそうだ。タイプライターが自在に打てたらいいなあと思っても、当時は、習うのもたいへんだった。いまなら、かれは、パソコンをすぐさま使いこなしたに違いない。

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聡明なかれなら、しろうとにも描ける「MSペイント」のすばらしさをすぐ理解するだろう。
パソコンのおまけについているソフトを利用しない手はない、無料なんだから。紙も絵の具もいらない。かんたんにマウスで絵が描けるよ、と、大笑いしながら「暮しの手帳」で特集を組むかもしれない。
MSペイントでのドローイングは、まさに花森安冶風のイラストレーション向きなのだ。「ニューヨーカー」誌の一流作家に負けない作品だって、かれなら、このバカちょんソフトを駆使して、たやすくモノにしただろう。

テレビもゲームもない頃「講談社の絵本」やのらくろ漫画をながめながら大きくなったぼくは、学校がほめてくれるような絵をていねいに描くことは挫折したが、エンピツの線描きで、友達のノートに、絵本でおぼえた戦争や武士の絵のようなスケッチを描いてやり、得意になっていた。先年も同窓会で同級生の一人が五十年前のぼくのらくがきノートを持ってきてくれ、ぎょっとした。

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正直、ぼくは、還暦をはるかに過ぎるまで、パソコンで自分に絵が描けるとおもっていなかった。若いころから正式に師について絵を習ったこともなく、学生時代も美術部のようなクラブに属したことはない。
ふりかえってみると、地方の学生だったぼくにイラストレーションやデザインへの眼を見ひらかせてくれたのは、終戦直後、貸本屋でみた「暮しの手帳」だったのだ。学生のぼくは定期購読者でもなく、時々手に取るだけだったのだが、この雑誌の強烈な個性に魅せられたのだ。

その後、ぼくもパソコンに出会い、文章は書いていたが、絵はプロの仕事とかんがえていた。自分にも、普通のパソコンで簡単に絵が描けるのを知ったのは、60歳を半ば過ぎてからだ。動機は、年賀状である。
ある夏、初心者向けのパソコン誌「ぱそ」をながめていたら、ペイントで簡単な絵が描けるという記事がのっていた。作例は、あまりにへたなサカナの絵で、これなら、 もうちょっとましなのが描けそうだと思った。

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しろうとは、何を描くか。何を描いていいかわからない。
ここで、みなつまずくところなのだ。

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が、ぼくは、花森イズムで、その手の勘には自信があった。望むところだ。
技術はへたでも、描く対象なら、そこらじゅうにころがっている。

そうだ。若いときなじんだ「暮らしの手帳」の花森安冶タッチで、思いつくまま自由に、描けばいいのだと。

投稿者 nansai : 2005年04月02日 16:07

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