2005年04月06日
四月六日(水)
四月二十九日の「みどりの日」が、再来年から「昭和の日」に変わりそうだ。戦前は「天長節」と呼ばれた。昭和天皇の誕生日だった。
朝日新聞の社説は、復古主義ではいけないと述べているが、ぼくは、昭和天皇をしのぶ日であってはいけないと思う。戦前の「明治節」のように。
さっそく、「昭和の日」のシンボル案をデザインしてみた。昭和の前半は真っ黒だった、後半は、バブルにいたるいきさつも、記憶に新しいから、みなで考えてみよう。
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愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶといわれる。昭和では、愚者も賢者も筆舌につくせぬ痛い目にあった。何がおきたのか。学習せねばならない。かつての「明治節」のように、治世の賛歌であってはならない。
思い起こせば、戦前、昭和の小国民として国民学校で教育を受けたぼくらは、「御民われ生けるしるしあり。あめつちの栄えるときにあえらくおもえば」と、毎日うたい、このような昭和の御世に生を受けたことを幸いと思えと指導された。北朝鮮のいまの金体制を、戦前の日本を知るぼくらは、笑えない。
昭和二十年敗戦、無条件降伏。
わずか十数年で、領土を失い、広島では数秒で14万人が亡くなり、300万人の同胞が命を落とした。日本は、指導者たちは、いったい何をどう間違ったのか。
はたして昭和の歴史にIF(もしも)はなかったのだろうか。
その歴史を、中国や韓国に教科書をチェックされ指摘されるのではなく、日本人が、みずから、学習せねばならない。日本人たるもの、歴史認識は、試験に出る出ないの問題ではないことを認識しよう。
そういえば、昭和天皇がなくなったとき、若い運転手さんの話を聞いて仰天したことを思い出す。日本がアメリカと戦って、特攻隊機がアメリカの軍艦に突っ込んでゆく古いニュース映画を始めてみて驚いたというのだ。
十二月八日の開戦記念日に、ハワイで戦艦アリゾナの記念式典に空爆を受けて生き残りの軍人が整列しているところに、なにもしらないノーテンキな日本人の若いカップルたちがのぞきこんでいたりしているという。その日は、アメリカの新聞は、毎年、「屈辱の日」としてしっかりとりあげているのに。
昭和の日の制定はけっこうだが、八月十四日の敗戦記念日と十二月八日の開戦記念日もあわせて、歴史を学習する日としてほしい。正しい歴史認識のためには、おびただしい史実という情報の公開が必要だ。
テレビも公共放送を自認するなら、それこそ、ネット上で歴史をアーカイブして、歴史情報館をつくり、365日、国民だけでなく、世界にむかって、お互いのことばで、めいめいの歴史認識を確かめ合うこともできると思う。
もう鉄筋コンクリートの古文書館よりは、バーチャルに無尽蔵に資料が収集でき、即座に検索できるインフォメーションアーキテクチャが必要だ。情報構築物の建設はバーチャルだが公共工事だ。
民間放送も、ふところにゆとりがありそうだし、あんなに買収騒動でカネを積むなら、記念行事などの際ブロードバンドで歴史の史実アーカイブにまわせないものか。これは、視聴率の問題ではない。日本の百年の計だ。
投稿者 nansai : 2005年04月06日 13:12


