縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2005年04月16日

四月十六日(土)


満開の桜も散った。
造幣局通り抜けのサクラもそろそろ終わりの土曜日、七名集まった旧制中学の在阪同窓会の面々。古希過ぎると、酒も控えめになり、盛り上がるということはなくなった。

死に支度 いそげいそげと さくらかな

どこから仕入れてきたのか、こんな句も披露されて、ぎょっとしながらも、実感だなあ、とうなづきあった。
昭和19年、地方の旧制中学校に入学し、すぐ学徒動員、敗戦、そして学制改革。

05042506.jpg

外地からの引き揚げ組あり、結 核で療養を余儀なくされたり、楽しいはずの青春前期に、お国の都合で振り回された連中だ。共学のチャンスにめぐまれず、当然ながら、同窓生に女性は一人もいない。

昨年まで座の中心で盛り上げてくれていたサッカー部出身のK君も、がんで帰らぬ人となった。前回も出席して、「ひさしぶりで、きょうはよく飲んだ」といっていたのになあ、あの時すでに:など、話しがしめっぽくなるのはしかたがない。妻に先立たれて、脳梗塞で寝たきりの身を、ふるさとから離れた病院の四人病棟で過ごしている友人の消息も報告され、一同しゅんとなった。

05042507.jpg

めいめい病気の経過報告か、孫自慢か。
今年の話題の特徴は、この年になって、長年連れ添ったカミさんだが、どうも話が合わない、とぼやくやつが増えたことだ。
昭和ひとケタだし、いまさらと思うが、価値観がずれているのに気づいたとしきりにいう。一日家にいて鼻つきあわせていると、そうなるのかなあ。
ボクシングにたとえれば、述べ三万ラウンドくらい対戦している相手だが、このごろは一方的にやられ防戦一方。戦意喪失のこのごろらしい。女性たちは、弁はたつし相手は記憶力に物言わせて、攻めてくるから、とうてい太刀打ちできない。いにしえの秀才たちも、いまや、白旗状態だ。ムダな抵抗はやめ、沈黙で抗議のポーズを保つだけだ、と意気あがらない。

05042508.jpg

突然、ひとりが、山本周五郎の「日本婦道記」。あの中に出てくる烈女節婦こそ、理想の妻の像だと言い出した。なにをいまさら、「忠孝」でもあるまいに、時代錯誤な、と思いつつも、うなずくオトコたち。
日本婦道記は、昭和十七年から昭和二十一年まで執筆された連作だ。その小説を、ぼくは読んでいない。

だが、ぼくたち同世代でこんな年の夫婦のあいだでも、価値観のずれが、こころの亀裂を生じているとは、戦後の民主主義教育の成果?かなあと、ある面でおもしろく思ったことである。

05042509.jpg

ぼくらより少しあとの世代は、年齢の差のない友達夫婦が多い。山本周五郎描くところの、武士の妻の鑑と、男女平等の平成の今日は、さぞ両立しにくいことだろう。

幹事氏の実感あふれる閉会のあいさつ。
「来年は、このなかでだれが欠けるかなあ。ま、がんばろうや。」

投稿者 nansai : 2005年04月16日 13:30

All Rights Reserved, Copyright (C) 2005, Contentsfarm Ltd & SKYARC System Co., Ltd,