2005年04月18日
四月十七日(日)
カラオケの持ち歌のほとんどないオンチのぼくだ。だが、人気のない道などひとりで歩いていて、つい口ずさんでいる歌が、ニ、三ないでもない。そのうちのひとつが、なんと、「海行かば」なのである。戦時下、半世紀以上前におぼえた悲壮な調べだ。
夜、公園のそばを通りながら、無意識に、「うみーゆーかば」と声低く歌っている自分に気づいて、あ、と思うことがある。
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うみゆかば みづくかばね
やまゆかば くさむすかばね
おおきみのへにこそしなめ
かえりみはせじ
戦時下の少年の頃、ニユース映画にはしょっちゅう悲しげなこのメロディが流れ、歌っていた。出典は万葉集だろう。
現代語に訳してみると、
海で戦って死ねば、死体は海水に浸かって浮かぶだろう。
山で戦って死ねば、打ち捨てられた死体は草に覆われるだろう。
天皇のおそばで死ぬのだから、決して後悔はしないぞ。
戦意高揚のためか、戦場の死屍累々のさまを、たんたんと歌い上げている。なんともリアルな描写である。芭蕉の「夏草やつわものどもの夢のあと」よりも、すごい。
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歌の意味が完全にわかったら、一億国民、戦意が昂揚させられただろうかと思う。戦後のアメリカ軍撮影のニュース映画では、ガダルカナルやインパールで、万葉集に描写されたのと、同じ悲惨な光景が何度も映し出されていた。
いまは、もともとの歌詞の意味が風化し昇華されてしまい、少年の頃覚えたメロディーだけが、しつこくぼくの耳の奥に残っている。
数少ないが、もうひとつのぼくのレパートリーが、「ツー ヤング」だ。
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ツーヤング ツーリアリー ビーインラブ
ゼイセッド ザ ラブズワード
ア ワード ウイブ オンリーハード
途切れ途切れに、覚えていて、リラックスしたときなど、いまも、知らず知らず、くちずさんでいる。
これも半世紀前、はやったナット キングコールのバラードだ。
LP以前、ステレオ以前の「電蓄」できいた化石のような名曲だ。
当時は、ほとんど意味わからずに原語?で覚え歌っていた。少年の自分は、録音機のように意味抜きの音声だけを記憶していたのだ。あの頃は記憶力はよかったからな。
早いもので、今年でナットキングコール没後40年、アメリカでは、かれの栄光の日々をしのぶイベントが企画されているらしい。
このごろ、「ツー ヤング」と、つい口をついてでる古い歌詞の意味が、始めて、わかるようになったことに気がついた。年をとり英語が多少わかってきたせいだ。なんと何十年後に。
「ツーヤング」には、まわりから恋愛を反対されているハイティーンのカップルの控えめな抵抗の気持ちがうたわれていた。
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まわりは、お説教ばかりだ。まだ早すぎるよ。お前たち。
まだ早すぎるよ、お前たち。ほんとの愛なんて。
愛なんて、ことばの上だけ。お前たちは、聞きかじっただけのだ。
わかるわけがない。愛の意味なんて。
ふうん、こういう意味だったのか。いまさらと奇妙な感じがするが面白い。
でも、ぼくらは、決して早すぎはしない。愛は、わかるんだ。
この愛は、これからいつまでも続くぞ。
そして、いつか、周りの人も、きっと思い出すよ。あのとき、ぼくたちは、早すぎはしなかったのだと。
いま、若者にむかって、「ツー ヤング」なんて忠告すれば、大きなお世話といわれるのが、落ちだろう。大人の説教など、とても考えられない。むかしの歌から、当時のアメリカ社会での男女の交際の事情が浮かんでくる。
思えば、小学校三年生からは「男女席を同じうせず」の時代だった。「ツーヤング」と周りから言われる環境になかったし、同窓会には女性がいないのだ。
敗戦後怒涛のように流れ込んだアメリカ文化、とくに映画は、「文化の泉」といわれた。若く餓えていたぼくらは、変わり身はやく、映画館に通い、戦時中あれほど親しんでいた軍歌とあっさり決別し、アメリカ文化に、あっという間に洗脳されたのだ。
投稿者 nansai : 2005年04月18日 12:32


