縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2005年04月27日

四月二十七日(水)


福知山線で、いたましい脱線転覆事故がおきた。
死者100人を越える空前の大惨事である。

まもなく原因追求と犯人探しが始まる。
組織内の責任逃れと損害賠償がからむから、カンカンガクガク決着まで争われ、草津線のときのように、とほうもない長い時間がかかるだろう。

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それも大事かもしれないが、問題は、次に事故が起きないように、これから、何を学習し徹底させるかである。
大惨事を誘発した複合?要因のうち、どれか、ひとつがたりなければ、事故はおきようがないのだ。
にもかかわらず、周辺の大問題が議論されるだろう。
上位概念としては、まず、JRの経営方針だ。私鉄と争う構想の不毛さ、続いて人事方針、運用戦略などなど。線路に隣接した区域内のマンション建設を阻止できない法制の不備、線路のカーブ設計の安全性。このような問題をあれこれ議論していると、時間がいくらあっても足りない。

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端的にいえば、市街地、つまり住宅密集地域のカーブでの速度オーバー運転を厳重に取り締まることだけで、このような事故は防げたはずだ。JR西日本は、事故発生の件数の多さと労務管理の難しさでは、大先輩のタクシー業界の教訓に学ぶべきである。タクシーにも貨物トラックにも、タコメーターがつけられ、運転状況を日々チェックしている。

70キロと計算され、定められた制限速度が正しければ、その厳守徹底こそ、一番簡単で確実な事故防止の第一歩であることはまちがいない。
しかし、一歩進んで、これは運転士個人の責任というより、起こるべくして起こったリスクを予測する「システム」に問題があったと思われる。
亡くなった若い運転士は、11ヶ月の運転歴しかなかったが、善良な好青年で新幹線の運転士が夢だったと新聞は報じている。
しかし、かれは、この仕事には不向きだったのではないか。適性テストで見抜けなかったJRに、労務管理というより、企業の存亡にかかわるリスクマネージメントへの配慮が著しく欠けていた。

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オーバーランなどの前歴と直前のビヘビヤーを見る限り、なによりも、580人という多数の人命を預かる運転士としての適性に欠けていた、といわざるをえない。だから、このような業務には、つかせるべきではなかった。
タクシー業界でも事故を起こすタイプは、限られるという。それも、ある特定の事故、たとえば出会い頭衝突とか、を繰り返すのが、常らしい。
いざコトが起きて、冷静沈着に処理できない、あわててパニック状態に陥りやすい性向の人は、ほかの仕事につくべきだった。
ぼく自身も似たような性格だから、それはよく理解できる。電車の運転士、ジェット機の機長とか宇宙飛行士には、ぼくはまったくむいていないし、適性検査ではねられるはずである。(ちなみに、ぼくは運転免許をもっていない。)

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JRに限らず公共交通機関の従業員は、多数の人命を預かるのだ。今回の通勤快速列車は、満員のジャンボジェット一機分以上の乗客を運んでいた。パイロットにはもっときびしい資格試験が課せられている。空と地上との差はあれ、安全を守る適性査定に、ぜったいに妥協があってはならないはずだ。
安全という掛け声をカラまわりさせてはいけない。
それを阻む何らかの内部「構造」をこそ、カイカクすべきだろう。通常は、雇用契約の際の取り決めに帰する。
それは、野球選手の場合も、教師の場合も、同じだ。
しかし、今回の場合は、500人以上の人命がかかっていたから、適性査定をめぐる雇用条件の厳格な取り決めが、個人の利害や労働交渉を超えて、社会と企業のリスクにきわめて大きく関係する結果となった。

この点で、JR西日本は、これからも乗客に対してきわめて大きな責任がある。安全は、人にかかっている。
通勤電車の乗客は、運転士を選べないのだから。

投稿者 nansai : 2005年04月27日 15:35

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