2005年05月18日
五月十八日(水)
眼と花の世界。
ふとしたきっかけで、接写する魅力に、はまってしまった。
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ぼくは、このごろ、にわかに、デジカメでの接写にこっている。花でも、皿でも、人形でも、何にでも、とことんレンズを近づけてクローズアップで撮ってみることにした。以前買ったデジカメをひっぱりだして、チューリップのマークに、ダイヤルをあわせる。
そこに、老いた目にはこれまで見えていなかった、深海のように新しい世界が開けていた。ピントの合わせ方ではよく失敗するが、デジカメはすぐやり直しがきくのがありがたい。
出不精のぼくとしては、カメラをぶらさげて遠くへ出かけなくても、机の周辺、棚のうえ、窓辺、部屋とか裏庭とか、ご近所、裏山、身近なところに、被写体がうようよ発見できるわけだ。クローズアップの世界は、被写体から五センチとか、一メートルていど、眼と鼻の距離だ。初心者のぼくの技術では、動物や昆虫なんかより、動かない植物や静物がおもしろい。
これは、昆虫採集や狩猟に似ている。
路上観察とかで、知らない街の路上へさまよいでて、被写体をきょろきょろ探しながら、撮るのも面白そうだが、これはこれで、究極の狭小なレンズの範囲に、広大な宇宙が広がっていたことを発見した。
つまり、カメラをかまえて、極限まで接近すると、被写体の、モノにまつわる思いもかけぬ「物語」がみえてくるのだ。だから、花なら花を接写すれば、だれが撮ってもまちがいなく同じように写るのだが、そこに自分だけの思い入れというか、「物語」を発見できるかどうかだ。
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何十年も前に北欧で買った陶器のニワトリの首だけアップしてみると、これがいいかたちをしている。くちばしのさきが欠けていたりしていて、過ぎ去った年月を思い起こさせてくれる。愛知万博で買ってきたネパールの石版刷りした星占いカレンダー。三百円。接写すると、ファインダーいっぱいに、ウシやサカナや神様が現れるのを、シャッターぱちり。いくら撮ってもパソコンにいれておけば、かさばって整理にこまることがないのがいい。
小庭に植えようと妻が花屋で買って来た名も知らぬ小花。接写しようとレンズを近づけると、そこには無数のつぼみがびっしりつまっていた。ぼくの肉眼ではとうてい感知できない微妙精妙なデザインのデテールに気づく。きょう撮っておかなければ、明日は花が開いてしまい、まもなくしぼんでしまうだろう。
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ぼくのくせで、これまで、カメラなど買っても、新機能がついていても、ややこしそうだと、使いこなすのは最初からあきらめてしまっていた。新しいものには目がないのに、くわずぎらいだった。取扱説明書と首っ引きしていると、メカに弱いから、こんぐらがってしまう。クローズアップや動画も、そうだった。
こんどは、わかりにくい取り説を我慢して読んでみたら、そこには、目のくらむような世界につながる新しいひろい道が開けていたのに、やっと気づいたわけだ。
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投稿者 nansai : 2005年05月18日 13:18


