2005年06月10日
六月十日(金)
遊びごとのようなお絵描きも、まだ始めたばかりだと思っていたら、いつの間にかもう七年目になっている。
ちなみに、37歳で夭折したゴッホの画業は、たった十年だったそうだ。すごいねえ。短いようで、十年という年月は、完全に燃焼すれば、あのようなエネルギーを創出するのだ。
こんなぼくにも絵を描けそうだと思ったのは、ある夏にパソコンのお絵描きソフト、ペイントと出会ったおかげだ。
以来、パソコンは上達しないが、ぼくも、けっこう長く 「絵のようなもの」を描いて、またもたと、楽しんでいる。
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幼稚園に上がる前の幼児が、ぶうぶうとひとりごとをいいながら、おもちゃの自動車を砂場で走らせているのと同じだ。ペイントで描くのは、自分の世界で、しょせん一人遊びだ。絵を描いているときのぼくのあたまのなかは、幼児にとっての砂場みたいなものだ。つぎは、何をして遊ぼうかなという、こどもっぽいひとりよがりのアイデアが勝手にわいてくる。
これは、寝ころがっている河童のつもりだ。実在しない動物だが、三頭身の頭でっかちに描いてみた。横長のパソコンの画面におさめやすいからだ。芋銭など古人は、こんな風には描いていない。
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ときどき、いいなあ、まねができない、ほんとうに、うまいなあと、しみじみ、見ほれるプロの絵に出合うことがある。アイデアがすごい、センスは天性のものかなあ、精進のたまものなのか、プロなんだから当たり前だが、あんな風な絵は、とても描けないと思う。
技と経験では到底かなうはずもないが、ずぶのシロウトが、めげてもしかたがない。
こちとらとしては、プロには、とても思いつかないドシロウトならではの視点が探せると思っている。下手でいい、下手がいいと慰められるが、それはまたべつだ。
シロウトなりに、誰も気づかないわき道、裏道、いろいろありそうだ。
テレビを見ながら思うのだが、お笑いの世界に突如湧いてくる若い素人のアイデアパワーは、たいしたものだ。既成の型にはまったプロには無理なユニークな切り口でつっこんできている。型破りは、アマチュアの特権かもしれぬ。これは新しいプロたちの誕生だな、と感心もし期待もしている。
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ところで、なまいきをいうようだが、お絵描きではシロウトのぼくが、プロに絶対に負けないとひそかに自負していることが、ひとつある。それは、即興描きのスピードだ。ウインドウズのペイントとマウスの組み合わせが必殺技だ。(プロの絵描きさんは、パソコンを使わない人が多いし、パソコンを使う人もほとんどがMAC派なのだ。いわんやオマケのペイントを使う人は皆無である。)
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うまい下手は別にして、そそくさと、あるアイデアを、かたちにして着色してプリントアウトして、またたくまに、一丁あがり。こんなことができるのは、僕が愛用するウインドウズの無料オマケソフト「ペイント」の実力である。
こんな一気早描きの、拙速パワーが、ぼくは気に入っている。こんな絵は、邪道なのかなあ。
でも、一気早描きには、いろんな可能性が秘められているように思うのだ。自分の描いた発想のつばさに乗って思わぬ世界に浮遊できるところが、自在なジャズ演奏に似ているとも考える。ぼくの場合は、残念だけど、からだをゆすりながら、ハモニカを吹くていどのテクニックしかないのだが。
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投稿者 nansai : 2005年06月10日 10:15


