縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2005年9月30日

九月三十日(金)

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予定通り、阪神優勝。5‐1.巨人、ほとんど無抵抗のまま。岡田監督胴上げ、祝勝会のビールかけ。
一方、喜びきわまって暴徒と化したトラキチどもは、ミナミで、タクシーの屋根に乗ってぼこぼこにしたり、数は減ったが目立ちたがりは、大腸菌のうようよしているどぶ川にとびこんだりしたらしい。まったく懲りない面々で、ご苦労なことである。

今朝は、駅の売店で、スポーツ5紙をセットにした優勝記念保存版袋いり650円を買った。
しかし、ぜいたくをいうようだが、二年前にくらべると、感激がそれほどでもないのは、どうしたわけだろう。
雌伏した苦節十八年にくらべれば、ことしのは、優勝の重みが違うといわれれば、それまでだが。
当日の切符はペアで16万円したが、すぐ売れたという。優勝が刻々と近づくと、試合が終わらないのに感極まりもう泣き出している人もいた。

かつて下位を低迷していたころ、よそのチームが優勝祝賀会でビールかけの馬鹿騒ぎをしているのを、毎年、ぼくらは、覚めた目つきで、みていたものだ。
昨夜おそくまで繰り返し流れる阪神優勝のビールかけを、同じように、覚めた目で眺めている自分がいる。どうしたことだ。

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「いとしいダメ虎はどこにいった」。毎日新聞大阪版?朝刊は、気持ちよく、痛いところをついてきた。
「東京がなんぼのもんじゃい」昔ながらの阪神ファンは、いろいろな理由付けをして、勝てない阪神に肩入れしてきた。これから強くなってしまった阪神と、どうつきあったらいいのか。まぶしくて、戸惑いがかくせないのではないか、というのだ。

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反骨評論家の井上章一教授は、強いチームを応援してなにが、楽しいんや」と長年つっぱってきた。03年以後のファンは、物語に飢えている「付和雷同型や」とばっさり。02年以前のファンといっしょにしてほしくない、といいたげらしい。ぼくも井上説に同感である。おそらく北杜夫、山藤章二の諸先生も同意見であろう。

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海の向こうはたいへんだ。大リーグは、松井のいるヤンキースとレッドソックスの宿命の対決だ。シリーズ優勝を賭けて、倒すか倒されるか、真剣勝負がとことん最後まで続くらしい。遺恨のニューヨーク対ボストン戦は、地元では、すごい盛り上がりだろう。見ごたえあるデスマッチだ。
本来、巨人阪神戦こそ、宿命の東京対大阪の対決になるはずなのだが。今年は、あっという間に巨人が脱落し、俺竜中日がレースの途中でうずくまってしまった。拍子抜けとは、このことだった。

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この絵は、二年前に描いたもの。
悲願の合言葉が「勝ちたいんや」「ぶっちぎれえ」だったかなあ。あのときは興奮したなあ。

阪神優勝の号外は、大阪では奪い合いだったが、東京では、そんなものはいらないよとは道行く人に無視されているさまが、テレビでスナップされていた。当たり前だが、おかしいね。
野球も、サッカーと同じで、これからは地域密着でないと、生き残れない時代になってゆくのだろう。さっそく優勝パレードをめぐっては、大阪府と兵庫県が綱引きしているみたいだ。
その前に、日本シリーズでは、強いホークスに一泡ふかせて、セリーグのお山の大将でないことを、はっきり示してほしいものだ。

投稿者 nansai : 15:51

2005年9月28日

九月二十八日(水)の二

「エライこっちゃ」(サンスポ)とか、今朝のスポーツ新聞は、今夜の巨人阪神戦そっちのけで、いっせいに村上ファンドの阪神電鉄株大量取得を報じている。「阪神乗っ取られる」などとおおさわぎだ。おもしろおかしく、「V目前・・・岡田ア然」、「第三者に転売も」などという無責任な見出しもある。

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ファンはみな戦々恐々だが、村上氏自身は、関西出身で、阪神電車に乗って通学し、タイガースファンだったらしい。だから、めったなことはしないだろうと、たかをくくっている見方もある。しかし、甲子園にあこがれ道頓堀でそだったミスタームラカミが、少年時代の夢を実現するために、阪神を買収したなんてことはあるはずがない。
大株主は、(それも、海外のファンドマネーらしい)阪神をよくしたいとこころから願う慈善事業者でもボランティアでもないだろう。
海外から資金を集めているファンドは、年利10%から20%の見返りを期待するのだから、約1000億円ともいわれる投下資金がにっこりできるには、どういう計算があるのだろうか。

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資本というものは、勘定高く、ドライで、移り気だ。しばらくはカトリーナ台風のごとく暴れまわって、そこそこに大もうけしたら、おそらく、向きを変え、つぎの餌場、中国にでも、とんでいってくれるのではないか。

2リーグ分裂前は、プロ野球の勧進元は、電鉄が主で、大阪は、阪急、近鉄、南海、阪神、全国区では、これに国鉄、東急、西武、西鉄という面々だった。これに、新聞社が、読売、毎日、中日、西日本、映画会社は、東映、大映、松竹などなど、うたかたのごとく、あらわれては消えていった。

さて、21世紀のタニマチは、金満ファンドご一統となるのだろうか。オリックス、楽天、ソフトバンク、ホリエモン、ムラカミなど、IT産業、それも、つまりは、金貸し企業だ。

投稿者 nansai : 17:00

九月二十八日(水)の一

ぼくのようなものでも、勝手に思い込み、向きになって何か語りたいことがあると、つい熱が入ってしまう。饒舌にくどくど書きつらねてしまうのは、これまでのウエブでは、このましいことではないとされる。漢字かなまじりの長い日本文で、横組みにすると、読めたものではないからだ。そこで、僕が今ここで試みている縦書きの文章が、読みやすいはずなのだが。

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本来の、絵巻もの、ないし、絵日記のような、文字の少ない「らく描き帖」をまたはじめようと思う。
ぼくが、鼻歌まじりで、こうやってマウスを動かして絵を描くのは、たんにストレッチかジョギングをしているようなものだ。
この猫は、松下のプラズマテレビのコマーシャルで、小雪が、猫のポーズをとっているシーンにヒントを得た。

テレビの美術番組をみていると、古今東西の巨匠たちは、修行中に、みな名作をけんめいに模写していることが紹介されている。
そうだ、どんな天才でも、模写が、勉強なのだ。絵の師匠についたこともなく、美術の教室や学校でならったことのないぼくも、自分のほれた作家の絵をなぞり、まねすることはできるし、楽しい。上達できるかどうかは別だが。
もちろん、アマチュアのぼくの模写は、美術館にキャンバスを立てて何日もかけて行う本格的なものではない。新聞、雑誌、本、ちらしで発見した絵や写真をまねて、ラフスケッチしてみるだけ。

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ここだけの話しだが、ぼくの今のお手本のひとつは、スタインベルグだ。ニューヨーカー誌の表紙を長く描いていた。うまいなあ、いいねえ、かれの画集を買ってきて、あかずに眺めているところだ。
この虹色のへんなネコや、トラキチのおっさんは、その影響下にあるというと、なにをえらそうにと笑われるかもしれない。ねずみ使いのぼくごときが、仰ぎ見て、とてもまねできるような水準ではないからだ。でも、いいんじゃないの。

投稿者 nansai : 16:56

2005年9月26日

九月二十六日(月)の二

成功裏に閉幕した愛知万博。入場者が当初の予想を大きくうわまわって、延べ二千二百万人を突破したそうだ。うれしい誤算だったという。ぼくも、初夏の一日半、うろうろ場内を歩き回ってきた。
地元来場者のリピート動員が、かぎだった。地元中京地区の盛り上がりは尻あがりにすごく、リピータが50%以上だったらしい。

そのリピータぶりも、はんぱではない。ひとりで20回はざらで、毎日来た、100回きたという老人もいた。これは、優待パスなど、地元動員戦略が大成功したのだろう。週末は、家族連れも多かった。
大阪万博も、やはり地元が大半だった。ディズニーランドも首都圏、関東一円のリピーターが集客の源泉だ。
万国博といっても、万国から客を招くのは難しいのは、過去開催されたEXPOの歴史をみればわかる。二十年前、ぼくがおとずれたニューオーリンズのEXPO河川博は、地元客が集まらなかったのか、破産してしまった。
人が人を呼んだ。口コミと優待パスが、このような予想を上回る入場者数をもたらしたのだろう。
これだけ人が集まれば、それは、万博というより、祭りだし、主役は、人である。人が行くから人が行く。万博会場は、お伊勢さん、善光寺、メッカとなったのだ。

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くわえて、老いもわかきも参加した地元ボランティアのはたらきは、見逃せない。
会場あちこちでくりひろげたボランティアたちの献身的サービスが、さして新鮮味も魅力もない展示企画を補って、おおいに力があったと思う。日本のローカルにまだ残っている親切、もてなし、世話焼きの気持ちは、長蛇の列が取り巻くパビリオンの外にあって、展開された誇るべき無形の展示物だったと思う。ぜいを尽くしたパビリオンも内部には入れなければ、ただの倉庫か空洞にすぎない。
愛知万博の隠れた主役は、地元ボランティアの人海サービスだったのでは。

しかし、成功のものさしを、たんに、入場者数獲得競争とすれば、それはちょっと待ってほしい。

愛知万博も、5%しか海外からの観客は招致できなかったし、国内でも、地元の名古屋、中京地区いがいでは、それほど関心を呼ばなかった。閉幕を報じていた東京のテレビ局の番組でも、ゲストやスタッフで、訪れていない人が多かった。

19世紀型のパビリオン主義は、とっくに崩壊している。万博も、100年前のパリやロンドン時代とくらべ、情報のあふれる21世紀では、変容せねばならない。
内容を外には見せないサーカステント型のパビリオンに、マンモスやロボットをみるために、炎天下、羊のように従順な観客が並ぶ図式には、進歩がない。
遠方から来ても、めぼしいパビリオンは、六時間八時間待ちの長蛇の列。大阪の万博でもそうだったが、待たされる万博は、もうたくさんという意見も多い。遠来のイチゲンビジターは、不案内なまま、広大な敷地の中をうろうろするばかり。

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テーマのはずの環境問題は、あまりに「漠然としすぎてわかりにくい。万博という政治ショーで、いったい、何を訴えたいのかまで、詮索するのはやぼというものかもしれない。半年という期間限定の「アミューズメントパーク」に終わってしまうことはないだろう。
何の予備知識もなく、会場を回ったぼくには、環境という理念はつかみとれなかった。分別ゴミ箱やロボット、木材をやたらと使った回廊、電気自動車など、個別のトピックだけでは、人類の課題は説明しきれない。
里山も、日本の田舎に行けばどこにもある光景で、切り倒された切り株がいたいたしかった。
大阪万博テーマの「人類の進歩と調和」が浮きあがっていたのと同じだ。
ふつうの観客は、目に見えて理解できる具体的な事物にしか反応しないのだ。年配のひとたちは、すなおに世界の隅々からきた人たちとのふれあいを楽しんだ、とテレビのインタビューに答えていた。

投稿者 nansai : 18:15

九月二十六日(月)の一

大阪の電車では、「優先座席」の表示が車内のあちこちに見られる。だが、乗客に、これほど関心を呼ばない表示もめずらしい。若者は、完全に無視だ。中高生などの若い女の子には、ユーセンの意味がわからないのだろう。たしかにわかりにくいが。
いまどき、満員電車で、うとうと居眠りしながら、ケータイに目を走らせながら、自分が座れるという既得権を手放す大阪人がいたら、お目にかかりたい。
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「優先座席」って、なんのこと?電鉄ごとに、口先だけだが、いろいろな説明がされていて、それを読むのが楽しみである。英文表示ではPRIORITY SEATとある。なんのこっちゃい。この座席を必要としている方にお譲りください、だそうだ。老人、妊婦、病人やけが人とおぼしきピクトグラムでしめしているが、ようわからん。
ときどきみかける車内の説教広告も、むなしい。
 さ、どうぞ、譲り合いが美しいとか、大阪は心の優しい町だとか、なにをとぼけたことをいわうとしているのか。
そもそも、大阪で交通道徳を説くのは、どだい、無理というものやおまへんか。甲子園球場で駐車場を探すようなものだ。でも、それはかなしい。

新聞のコラムにのっていたのだが、筆者の古野さんが、病身で年長の友人の手紙を紹介している。
「大阪は人情の厚い町やと思ってきた。
杖を突いて歩くようになって、どうやら浪花の人情は錯覚やったなと気づいた。
東京のほうが親切や。山手線、地下鉄で杖をついていると、たいてい席を譲ってくれる。それも若い人が多い。
大阪はどうや。まず代わってくれない。優先座席に若い女がでんと座って、化粧してる。」(大阪日日新聞)
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しんどそうな人に、この席、どうぞ

ふと、思いついて、ぼくも、「優先座席」のPRポスターをマウスを動かして考えてみた。歳末、配達にくたびれたサンタ爺さんは、満員電車で、よろよろとつり革にぶら下がっている。座らせてあげようという趣旨だ。
効果は、ま、ないだろうが。

そこにゆくと、「女性専用車」は明快だ。男性は乗るなということがはっきりしている。
間違えて飛び乗ったりすると、ぼくなどは、先客の鋭い視線を感じて、座席から飛び上がり、すたこら遁走する。せんだっては、中年のおばさんからやさしく、「ま、いいじゃありませんか」とひきとめられたが、ありがたく、辞退した。

投稿者 nansai : 17:52

2005年9月21日

九月二十一日(水)

ひとり暮らしの84歳のおばあさんが飼っていたオスのインコが、ある日突然行方不明に。
だが、しばらくして、幸いにも、近くのマンションのベランダにとまっていたところを保護されていた。(この絵はオウムです。)

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迷子インコの身元がわかったのは、翌日、なんと、みずから住所氏名を名乗りはじめたことから、
「モリオカシ、コンヤチョウ、マルマルマンション、トダ・チロタン」
チロタンは、一人暮らしのおばちゃんにとって大事な話し相手で、昨年からいろんなことばを教えてもらっていたそうだ。無事帰宅できてよかったなあ。チロタンには、迷子札役のケータイは持たされないし。

今朝の新聞に載っていたいい話だ。

投稿者 nansai : 11:18

2005年9月19日

九月十九日(月)

上方落語のアイデアには、とんでもない奇想天外なのがあって驚く。NHKの「日本の話芸」で桂南光が演じていたが、「胴斬り」というニヒルで物騒な演題がある。

舞台は、堂島川と土佐堀川にはさまれた中ノ島。
江戸時代ここらあたりは、諸大名の蔵屋敷が軒をつらねていて、諸国の侍がうろうろしていた。町方の手のはいりにくい蔵屋敷の中間部屋が、ばくち場になっていたらしい。
すってんてんになった男が酒の勢いも手伝って、道を聞いた田舎侍にからみ、悪態をついたあげく、かーっと、痰をはきつけた。
怒った侍、「許さんぞ、そこ動くな。エイッ」と腰をひねると、ずばーっとみごとな胴斬り。

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切られたほうは、胴体がポーンと用水桶の上に載って、足だけが、ひょこひょこ、むこうに行ってしまう。
斬られた男のよめはんが、家に連れ帰られた二つになった亭主をみながら、「この人五体満足でも食いかねてるのに、これからどうしたらええのやろ、」と心配するのを、世話好きの友達がハローワークしてやる。
上半分を風呂屋の番台に、足だけを麩屋の麩踏みの職人として奉公させた。麩を作るとき、ひたすら脚で麩を踏むのだ。それぞれに適所適材で、双方の雇い主からも大いに重宝された。
と、こんな風に、これから、ぼちぼち抱腹絶倒の、胴と足のやり取りが始まる。米朝、枝雀、南光の桂一門のレパートリーである。足が懸命に麩を踏んでいるさまを、南光はざぶとんを麩にみたてて演じている。
このおかしくもニヒルなはなしは、だれによっていつ頃発案されたものなのだろうか。
高座をきくのがいちばんだが、「米朝ばなし 上方落語地図」(講談社文庫)にも紹介されている。

胴斬りにあっても、血も出ず、痛いともいわず、胴も足もぴんぴんしてまじめに働いている。落語だけのとぼけてバーチャルな世界だ。ぼくもマウスを動かして本邦初の挿絵を、勝手に描いてみた。

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蛇足だが、赤外線でとらえた胴斬り犯人の手配像も。
犯行に及んだ侍は、そのまま、「この川浪にぱっと放せば、面白やの有様や」と、謡いの「鵜飼」をうたいながらふりむきもせず、ゆうゆうといってしまった。と、「米朝話」にある。夜目遠目ではっきりしなかったが、この侍、腕も立つが、なかなかの学があったのだ。

投稿者 nansai : 11:20

2005年9月18日

九月十八日(日)

ヤクルト戦

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何十年ぶりかで、超満員の甲子園球場で野球を観戦した。
土曜日の、阪神ヤクルト戦。全席売り切れのプラチナカードが、ひょんなことで手に入った。なんでも、切符の持ち主が仕事でいけなくなったとかで、すみませんねえ、と、ありがたく押し頂いたもの。
鉄傘の下のイエローシートは、一塁側のいい席だ。雨が降っても、傘いらずはありがたい。

このごろ、阪神は、若手のエースがよく打たれる。この日も、はたせるかな、福原投手が打たれて、打線は、ゴンザレスというぼくのしらない投手に手もなくひねられてしまった。
甲子園にはドレスコードがあるらしく、ちいさいこども、おばさんも、若い女性も、ピンクや黄色のユニホームを着て二本の応援棒が標準装備だ。お客は、観戦というより、応援パフォーマンスが目的だ。
ここは、猛虎教団の、お祭り広場なのだ。

ユニホームを着ていなければ、雰囲気に乗り切れない感じだ。阿波踊りで、そろいの浴衣を着ていないと、よそものとみられてしまうのと同じ。阪神百貨店のグーズ売り場でなくても、甲子園駅前の土産物屋でも売っている。
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無気力な凡戦にもかかわらず内野席のタイガースファンは寛容でおとなしい。罵声をはりあげることもなく、静かにみている。
たまにヒットが出ると、大げさに、ワーッと拍手する。
それも、手をたたくのではなく、応援棒というプラスチックの棒をいっせいに、かちゃかちゃ打ち鳴らすのだ。
ぼくはそんなものは持ってないから、おずおずと手をたたくことになる。クラシックの演奏会にまぎれこんだみたいだ。

試合をみながら、妙なことに気がついた。
思えば、ぼくは、野球やスポーツを、テレビの前に陣取って、テレビドラマとしてみていたのだ。すなわち、望遠レンズでひきつけて、打者や投手の選手の表情やベース上のクロスプレー、ベンチの中の監督のしぐさなどを、クローズアップで手に取るようにみて、ぼくは一喜一憂する。野球のテレビ中継は、心理ドラマの野外劇場だ。監督や選手の一挙手一投足に、嘆き、ぼやき、みていられなくて席をはずし(ぼくならずとも阪神ファンには気の弱い人が多い)逆転などしようものなら、興奮して拍手する。
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ところが、信者たち総立ち超満員の現場で観戦すると、信仰の薄いぼくなどは、間が持てない。居場所がない気がする。
ビールいかがですかあ、の売り声や周りのファンたちの応援情景は間近でアップでみれるが、くりひろげられるゲーム自体は、遠くの風景をガラス越しにみているような感じを受けた。臨場感の迫力よりも、むしろ距離をおいて他人事のようにみてしまうのがフシギだ。阪神ファンだが、狂信的熱狂度の低いぼくだけの印象だろうか。せっかく甲子園にいながら、もったいない、バチがあたる。

打ち取られた打者のいかにも無念そうな面持ち、ピンチに強打者を三振させた投手の小さなガッツポーズ。
テレビ画面なら、視線を釘付けにしてぼくは見逃さない。なに、テレビカメラが、先回りしてぼくらの視線をそこに誘導しているのだが。
球場を埋めつくした観客四万七千人がどよめき、照明で赤々照らし出された球場の隅にぽつんと座っていると、テレビではおなじみのそんな詳細な情報は、みえてこない。頼りは、やはり電光掲示板。ストライク、ボール、アウト、打率を確かめる。
そういえば、阪神を手玉にとったヤクルトのゴンザレス投手が、どんな球種を持ち、どんな顔をした選手なのかわからずじまいだった。

虚虚実実、はたして、なにが虚で、なにが実か。
いつのまにか、テレビの味つけになれてしまったぼくは、球場でのほんとの試合よりも、ブラウン管を通して演じられる中継ドラマのほうが、どきどきはらはら、感じられるようになってしまった。田舎のおふくろの手料理よりも、コンビニで買うカップラーメンのほうがうまいと思ってしまうのと同じだろうか。
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応援が楽しい。パフォーマンスで目立ちたい。ぼろ負けしても、六甲颪(おろし)を歌うまで、帰らない。甲子園では、タイガースファンたちは、若者もおばちゃんも、ユニホームを着込んで、屈託がなく、うれしそうだ。
案外ドライでもある。
ぼくの席の前に座っていた二人連れのOLは、おそろいのユニホーム姿で応援棒を振り回していたが、敗色濃厚になった八回には、ケータイで笑いながら話しつつ、そそくさと姿を消した。

野球の楽しみかたも多様化したものだ。
「なんや、井川も福原もぴりっとせんなあ」、など、負け試合の中身内容に、うじうじこだわるのは、おそらくぼくら古いタイプのおっさんファンだけなのだろう。

投稿者 nansai : 17:38

2005年9月16日

九月十六日(金)

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いつのまにか、ぼくは、お隣りのイタ飯レストラン「マリアン」のお抱え絵師となったみたいだ。
創業二十六年の当店は、公園のすぐそばにある。MARIANのネオンのローマ字看板は、しゃれすぎていて、だれにも読めない。ご近所で長年の常連客にささえられ、イタリア料理と地元の食材を生かすスローフードを志している。ワインだけでなく、焼酎も在庫豊富だ。

ここのオーナーシェフは、クマである。
ひげが濃い。剃らないから、ひげもじゃである。漫画「フクチャン」に出てくる書生のアラクマさん、といっても、古すぎて通じないか。

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絵のアイデアとして、ぬいぐるみのテディベアにひげを生やしてみたら、本人にそっくりになった。頼まれもしないのに、パソコンで肖像画!を描いてみせたら、気に入ってくれた。いまもプリントアウトされたクマの額が、壁にかかっていて、店内をへいげいしている。
お礼にと、ほかのお客さんには内緒であるが、お抱え絵師には、お昼の850円定食ランチに、こっそりおまけがつく。からだにいいトマトカンテン5切れと、エスプレッソコーヒー。毎昼、採算無視の破格のサービスなのだ。
感激したぼくも、クマいがいのヒト版の肖像を描いてお礼としたのだが、絵が下手で実物以上の好男子になってしまった。

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これは、開店25周年記念のクマ氏の晴れ姿の図だ。
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立派な花束は贈らなかったが、この絵をお祝いとした。手抜きではないが、手軽すぎてすみません。
ぼくがマウスで描いた絵(のようなもの)が、額縁に入って壁にかざられているのは、ここだけだ。
だが、こんな絵に、高価な額縁はもったいない。
よくしたもので、近所に額縁屋があって、ときどき額縁のワゴンセールをやる。がらくた化した大小の版画などが、安く投売りされている。西日にあたっていた額縁から、はいっていた作品をはずして、複写したぼくのプリントアウトをいれる。申し訳ないような気がする。ごめんな。
当店の壁に照れくさそうにかけられた額縁が、なんだか、大小ばらばらでふぞろいなのは、そのためである。肩身が狭く、胸が痛む

ぼくは、クマのつもりで描いたのだが、お客の中には、「ねずみの大将のレストラン」と覚えている人がいるときいてガクゼンとした。いわれてみると、ふうん、ネズミかあ。クマよりも、灰色のネズミに似ていなくもない。
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投稿者 nansai : 15:40

2005年9月 7日

九月七日(水)

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いつの時代でも、大きくなったら、なにになりたい?とおとながきく。
昭和のひとけたの、ぼくの小さかった頃の童謡。
ぼくは軍人大好きよ、 
いまに大きくなったなら、 
勲章つけて、剣下げて、
お馬に乗って、
はい どう どう

「将来」とは、まさに来たらんとする、「未来」とは、いまだ来たらざる、ということだろう。
そして、大きくなった、ぼくら年老いたものにとって、それは、遠くにあって、さしてまぶしいものではなく、ごく手近かなふつうの日々のことになった。若いときに感じた不安やおそれも、そして、夢も希望も、いまさら、どうってことはないという、諦めか悟りに似た境地で、日々生きていける。

日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ
藤沢周平は、隠居した三屋清左衛門に、こういわせている。
かれの日記に「残日録」と名づけたゆえんをきかれて、日が沈むまでには、まだ時間があるだろうからという意だとこたえている。別に数えようということではないとも。

老人にとって「未来」はあるか、という設問にふさわしい絵を、さてと、ぼくの描きさしアーカイブのなかから、さがしてみた。はかなくマジックが点滅する近未来だ。

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投稿者 nansai : 15:56

2005年9月 1日

九月一日(木)

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阪神には見かけないアンダースローの、阪神にほしい投手である。
ロッテ マリーンズの右腕渡辺俊介選手だ。珍しい下手投げで、最初はプロの評価も低かったが逆境を乗り越えて、いい働きをしている。
球威は120キロしかでないが、からだを大きく前傾させて、マウンドぎりぎり、地上5センチのところで球を放す。右ひざは地面についている。「世界で一番低い位置」から投げるといわれている。12球団唯一のアンダースローだ。
下手投げ投手は、90年代には絶滅してしまったらしい。からだをひねるフォームのせいで、選手寿命が短いからだろうか。
むかしから、ぼくのごひいきは、アンダースローが多い。南海の杉浦、西鉄の武末、阪急の足立、山田もそうだった。
みな冷静で頭脳的な投球で、強打者をきりきりまいさせていた。日本シリーズのような大舞台に強かったと記憶している。だれでもいい。阪神にほしいなあ。

昭和34年、南海の杉浦投手は、日本シリーズで、王、長島を擁する巨人に四連投四タテを食わせた。打ち取られた長島の無念そうな形相を、いまも覚えている。史上最強のアンダースローだった。
シーズン中の記録も、想像を絶する。三十八勝してわずか四敗。勝率なんと九割五厘、52イニング三分の二の連続無失点だった。
シリーズ優勝直後のインタビューで、「ひとりになりたい」とつぶやいたと、「ソフトバンクホークスの歩み」に出ている。(鶴岡監督率いた南海と、その後のダイエー、ソフトバンクは、ぼくは、まったく違うホークスだと思っているから、ちょっと戸惑いを感じるのだが)

投稿者 nansai : 16:04