縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2005年9月26日

九月二十六日(月)の二

成功裏に閉幕した愛知万博。入場者が当初の予想を大きくうわまわって、延べ二千二百万人を突破したそうだ。うれしい誤算だったという。ぼくも、初夏の一日半、うろうろ場内を歩き回ってきた。
地元来場者のリピート動員が、かぎだった。地元中京地区の盛り上がりは尻あがりにすごく、リピータが50%以上だったらしい。

そのリピータぶりも、はんぱではない。ひとりで20回はざらで、毎日来た、100回きたという老人もいた。これは、優待パスなど、地元動員戦略が大成功したのだろう。週末は、家族連れも多かった。
大阪万博も、やはり地元が大半だった。ディズニーランドも首都圏、関東一円のリピーターが集客の源泉だ。
万国博といっても、万国から客を招くのは難しいのは、過去開催されたEXPOの歴史をみればわかる。二十年前、ぼくがおとずれたニューオーリンズのEXPO河川博は、地元客が集まらなかったのか、破産してしまった。
人が人を呼んだ。口コミと優待パスが、このような予想を上回る入場者数をもたらしたのだろう。
これだけ人が集まれば、それは、万博というより、祭りだし、主役は、人である。人が行くから人が行く。万博会場は、お伊勢さん、善光寺、メッカとなったのだ。

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くわえて、老いもわかきも参加した地元ボランティアのはたらきは、見逃せない。
会場あちこちでくりひろげたボランティアたちの献身的サービスが、さして新鮮味も魅力もない展示企画を補って、おおいに力があったと思う。日本のローカルにまだ残っている親切、もてなし、世話焼きの気持ちは、長蛇の列が取り巻くパビリオンの外にあって、展開された誇るべき無形の展示物だったと思う。ぜいを尽くしたパビリオンも内部には入れなければ、ただの倉庫か空洞にすぎない。
愛知万博の隠れた主役は、地元ボランティアの人海サービスだったのでは。

しかし、成功のものさしを、たんに、入場者数獲得競争とすれば、それはちょっと待ってほしい。

愛知万博も、5%しか海外からの観客は招致できなかったし、国内でも、地元の名古屋、中京地区いがいでは、それほど関心を呼ばなかった。閉幕を報じていた東京のテレビ局の番組でも、ゲストやスタッフで、訪れていない人が多かった。

19世紀型のパビリオン主義は、とっくに崩壊している。万博も、100年前のパリやロンドン時代とくらべ、情報のあふれる21世紀では、変容せねばならない。
内容を外には見せないサーカステント型のパビリオンに、マンモスやロボットをみるために、炎天下、羊のように従順な観客が並ぶ図式には、進歩がない。
遠方から来ても、めぼしいパビリオンは、六時間八時間待ちの長蛇の列。大阪の万博でもそうだったが、待たされる万博は、もうたくさんという意見も多い。遠来のイチゲンビジターは、不案内なまま、広大な敷地の中をうろうろするばかり。

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テーマのはずの環境問題は、あまりに「漠然としすぎてわかりにくい。万博という政治ショーで、いったい、何を訴えたいのかまで、詮索するのはやぼというものかもしれない。半年という期間限定の「アミューズメントパーク」に終わってしまうことはないだろう。
何の予備知識もなく、会場を回ったぼくには、環境という理念はつかみとれなかった。分別ゴミ箱やロボット、木材をやたらと使った回廊、電気自動車など、個別のトピックだけでは、人類の課題は説明しきれない。
里山も、日本の田舎に行けばどこにもある光景で、切り倒された切り株がいたいたしかった。
大阪万博テーマの「人類の進歩と調和」が浮きあがっていたのと同じだ。
ふつうの観客は、目に見えて理解できる具体的な事物にしか反応しないのだ。年配のひとたちは、すなおに世界の隅々からきた人たちとのふれあいを楽しんだ、とテレビのインタビューに答えていた。

投稿者 nansai : 2005年9月26日 18:15