縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2005年10月31日

十月三十一日(月)

ハロウイーンの絵を、ネットの資料を頼りに描いてみよう。まず、となりのイタ飯レストラン向きに。かぼちゃ仮面の提灯のなかに、ガイコツと大将がいる。イタリアで、ハロウイーンがどう祝われているかは知らないが、当店は、かぼちゃ料理週間として、パンやピザ、いろんなレシピに登場させているとのこと。
ハロウイーンは、欧米の楽しそうな妖怪まつりか、伝統と宗教上の由来があるようだ。こちらでは、商魂たくましいデパートでも、まだ、バレンタインデーのようには普及していない。プラスチック製のかぼちゃのちょうちんが、ひっそりと、デパートのお菓子売り場に並んでいるだけだ。客の関心は低いとみた。
大阪では、「おかしくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ」とユニバーサル遊園地では大騒ぎして、こどもたち盛り上がっているらしい、とテレビで。
アメリカでは、かぼちゃのちょうちんは、仮面を彫る材料として、アーチストにも、人気があるらしい。このごろは、似顔絵を描く注文があるそうだ。なまものだから一週間でくさってしまうのだが。
思い付きの和製のアイデアで、描いてみた。
丹下サゼンだ。
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投稿者 nansai : 11:42

2005年10月27日

十月二十七日(木)


日本シリーズは終わった。予想が、当たったのが残念。
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トラは、死して皮を残す。いよいよこれから検死がはじまる。
敗れても、なお、しばらくは、タイガースは、ぼくらに、さまざまのおいしい話のネタを提供してくれるのだ。
いわば、まないたのうえのマグロだね。うまそうだ。握って、煮て、焼いて、すみずみまで食べられて、あますところがない。
おたのしみは、むしろこれからなのだ。

「黒船がきた。ひょっとして日本の野球は眠りを覚まして変わるのではないか。」
『ハゲタカファンドが、球団買収でけちをつけたからや』
いろいろあるなかで、傑作は、あるスポーツ新聞のユーモラスなコメントだ。
「苦境に立つプロ野球全体の将来を考えると、ロッテは、やりすぎ。これから復活の盟主となるタイガースをあんなにたたきつぶしてはいかん。甲子園では負けてやって、千葉まで人気をつなぐべきだ。」ぼくも、ここまでは思いがいたらなかった。
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トラキチは、甲論乙バク、二つに割れる。
『岡田監督、それでも続投でっか』(サンスポ)
「なんでや、あの投手起用に納得がいかん」とする、オカダ用兵への疑問視派と、「ようやった、待たされたセリーグの日程が不利やから、責められんわ」というけんめいな擁護派だ。関西系スポーツ紙も評論家も、二分される。タクシーの運転手にいたるまでだ。ケンカになったりするから気をつけよう。

「負けるべくして負けた虎」として、矢野のリードに根拠なしと、野村克也楽天次期監督はいう。「捕手不在のシリーズ」であり、投手起用では、」監督不在のシリーズ」だったと、ばっさり。そのとおりだと、テレビのトークショーでは同調する向きも多い。概して、森,梨田のシリーズを経験した捕手たちの声は、辛口できびしい。
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罵詈雑言のなかにも、知性あふれるトラキチのメッセージも、いくつか新聞紙上で発見した。

「昔思えば これくらい何の」(朝日)
今にして思えば、上場騒動がふきつな予感だった、とぼやきながら、ノンフィクション作家の後藤正治は書いている。
完敗のこころの傷をいかに癒すか。ファン歴およそ半世紀、馬齢を重ねたオールドファンにも取り柄があるとすれば、敗北戦に強いということだ。
「思えば、長く日本シリーズなど無縁の歳月をおくってきた。美酒は20年に一度で十分、今生の喜びはもはやないと覚悟した日もあったではないか。それを思えば今日の事態、なんとあろう。」
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作家の小川洋子は、「やはり最後は感謝でしめくくろう」(デイリースポーツ)と書いている。
『こんなにも弱いタイガースを見るのは久しぶりだった。タイムマシーンで十年前へ逆戻りしたかのようだった。ここで絶対に打たれてはならない、というところで浴びるタイムリー。みじめなエラー。私はいつしか、なつかしさの感情を覚えていた。もしかしたら毎年毎年、最下位で、愚痴をこぼしながら、たまの勝ちを心底よろこんでいた昔のほうが、幸せだったのではないか。』とぼやきながらも、こう、しめくくる。
野球の神様には、私などには及びもつかないお考えがあるのだろう。「ああ、二〇〇五年の日本シリーズ、屈辱的な負けを喫したことには、こんな意味があったのか。きょうのこの日のために、あの四連敗があったのか。」そう思える日が、きっとくると。
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投稿者 nansai : 17:49

2005年10月26日

十月二十六日(水)

日本シリーズは、悪い予想が的中した。手も足も出ない岡ダルマ監督だ。
敵を知り己を知れば、百戦危うからず、という。相手を知らずなめてかかった感のある第一線井川先発ではあった。打線は不動で、投手は予告先発。阪神の情報は敵につつぬけだった。

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いいたくはないが、どうも、敗因は、情報の差、頭の差らしい。そこのところを、日刊スポーツ東京版は、
『また的中、ボビー魔術の裏に、緻密データ』という大見出しに続けて、
『高い信用度、選手の狙いズバズバ』
同紙千葉修広氏は、「ボビーの頭脳プポ氏 阪神の分析完了」と報じ
「阪神はすでに丸裸」だとしている。なんということだ。大リーグ流のデータ野球に翻弄されてしまったのではないか。
以下は、関東系新聞の受け売りだ。(大阪のスポーツ各紙は、こういう角度で取材していない。)

ロッテは、統計アナリストのプポ氏を中心に、プロジェクトチームで、阪神の公式全試合のデータを蓄積分析したらしい。プポ氏は、メジャー時代からバレンタイン監督の腹心として行動をともにしてきた。
阪神の今季の全146試合、全プレー、全投球。『最低百時間以上は見たね。』とピボ氏。

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同氏は、『毎日ミーティングだよ。攻撃陣もそうだけど、投手だって二日で被安打9.主軸の前に走者を出さないし、赤星には野手の間にうたせない。完ぺきだろ』という。

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「ボビーマジック」とはなにか。
バレンタイン監督は、日替わりの打順を組む。相手投手との相性やカウント別の打撃成績などにくわえ、7回以降限定の得点圏打率など細部にわたる記録が、かれの頭には、インプットされているという。
相手の配球について「直球にの次に直球がくる確率」など、投手別に詳細データが提供される。
『対戦数の少ない相手との短期決戦でデータ分析は重要事項』と、森元西武監督はいう。大リーグ流のプボ氏のデータは、ぼくなりに夕刊紙からの又聞きで危機感をつのらせ、以前のこのブログ(五月十六日で書いておいたのを思い出した。

実践経験豊かな野球評論家たちは、テレビ中継でどうしてロッテの選手は、あの低い球を平然と見送ることができるのか、すごい、不思議だと首をひねっている。シリーズに入ってまだ時間がないのに、もう投手の配球のくせを盗んでいると感心している評論家もいた。
それは違うのではないか。阪神の全試合を百時間かけてプロジェクトチームが分析した結果の、選択と集中らしい。データ分析により、投手の配球パターンが読まれているから、ボールになる球はすて、狙い球をしぼり、待ち、きたら、思い切りスイングする。これが可能なのだ。

三試合で三十点とられたということは、配球のパターンが完全に読まれていることだろう。これで管制塔の矢野が、パニックになり、制御不能になった。過去の日本シリーズシリーズでも 西鉄三原監督が、和田捕手を急遽ベテランの日比野捕手に代え、巨人の水原監督が途中で藤尾に代え森捕手を起用した。
ベンチも錯乱したのか、第三戦は、球種かまわず、初球からいけ、と、指示し、選手は、打てない球を打たされてしまった。

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「阪神よ、意地を見せろ、」とスポーツ紙は絶叫する。ぜひみせてもらいたいものだ。

が、ことしは、もうしかたがない。七転び、八起きや。ぼくらは負けなれている。

来季に備えよう。
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巨人ヘッドコーチは、マジックの元祖三原監督の弟子だ。かれはいまバレンタイン流データ野球を取材しているらしい。巨人も、必死だ。データ解析戦争になるだろう。
データ整備とそれにもとづく仮説が立てられるブレーンと指導者が、近代野球には必要になってきた。千本ノックなど、もう往年の名選手の過去の成功体験だけでチームを率いることは、不可能になった。

投稿者 nansai : 15:48

2005年10月25日

十月二十五日(火)

拝啓 郵政公社社長殿

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メールもケータイもきらいなぼくは、古い友人たちと封書やはがきで文通をたのしんでおります。先日の日曜日、さしたる用事でもないのですが、長い手紙を書き上げて80円の記念切手をはり、家から500メートルもありましょうか、遠いポストまでてくてく歩いて投函しました。
数日たって、もうそろそろ返事がとどいてもいいはずだと思っていたら、いつのまにか当家の郵便受けに逆戻りしていました。「10円不足」のフセンをつけて。便箋一枚分、重かったのか、差し戻しです。家内があわてて10円切手をはって、あらためてポストへ。規則は規則かもしれませんが、10円の不足料金徴収のために、コストがかかるユニバーサルサービスもごくろうなことです。
ぼくは、たいした用事でもない手紙のやりとりに、決まった料金で配達サービスを利用させてもらっています。郵便事業の赤字を考えると、こころぐるしいかぎりです。でも、料金不足10円のために、お互いの時間をロスしました。便箋一枚分の「過積載」の追加料金10円を見逃すほうが、経費の節減ではないでしょうか。公社にまだ残っている「官僚主義」なのかな。

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それに、安い料金の恩恵にあずかっている、ぼくがいうのもへんですが、21世紀の手紙の配達は、もっと値上げしないと、郵便事業は維持できないのではありませんか。ぼくの出す手紙が配達してもらえないようになりはしないか、心配です。
先日ロンドンにエアメールで手紙を出すのに、窓口で料金をきいたら、同じくらいの重量で、たった110円でした。物価に比べて安いなあと思いました。これではやってゆけないのではないでしょうか。窓口に並べてあったタイガースの絵葉書セットが、900円でした。どこかへんだねえといったら、局員の人も笑っていました。

郵便物や電報の物流コストは、いくら合理化しても、人が配達するかぎり、決して安くなりません。その赤字を埋めるために、公社が、不得手な金融サービスで穴埋めし、国家財政を妙にゆがめることにはしないでほしいと思います。

投稿者 nansai : 10:50

2005年10月17日

十月十七日(月)

TBSの買収騒ぎで、蜂の巣をつついたように、またまた、テレビとインターネットの融合の可否が議論されている。しかし、これは、いいことである。
日本の民間放送は、報道というより、エンターテーンメントというコンテンツを、視聴率で量り売りし、広告で食ってゆかざるを得ない。融合か否か、いろいろあって、どうするかは、カラスの勝手であろう。
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むしろ、国営放送に近いNHKこそ、テレビとネット融合を一刻も早く、はかるべきである。
テレビとネットの融合によるオープンな情報提供体制で、視聴者という名の国民の知的水準を、一挙にたかめることができるはずだ。
たとえば、NHKスペシヤル「明治」「地球大進化ー46年人類への道」「ローマ帝国」「NHK世界美術館紀行」「プロジェクトX」などなど、内容の濃い大作ぞろい。いずれも、放映されたあと、再編集され、紙か、DVDに姿をかえ出版販売されている。
映像のいいコンテンツは、文字情報に再編集入力すると、一粒で何度もおいしい思いができる。ずるいよ。これを、ネット向けに再編集し、アーカイブしておけば、視聴者は学校や自宅のパソコンから常時アクセスできるのだ。

語学や料理のテキストなどもこうすれば、役に立つ。出版物という紙媒体に落とさずに、ネットにアーカイブしておけば、膨大な情報量が年々集積でき、視聴者はパソコンで利用することがかんたんにできる。
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NHKの制作し蓄積するコンテンツは、一部の関係者しか利用できない大学などの教育機関よりも、国民各層にむかって、はるかに有効な伝達普及力を持つ。経済、科学、医学、語学、教養、国際、政治に関する膨大かつ深遠な情報の集積である。法律で聴取料の徴収をみとめられているからには、NHKのすぐれたコンテンツは、国民のバーチャルな意味での資産なのだ。

ネットの持つアーカイブという機能こそ、鍵だ。
もうひとつは、映像音声コンテンツと文字記号情報との融合だ。NHKの幾世代にもわたって集積される膨大な映像情報が、文字情報と統合化され、収集編集され、必要時に、だれにでもいつでも引き出せる形が望ましい。ピラミッドやルーブル美術館、エンパイアステートビルとは違う意味での、これは、インフォメーションアーキテクチュアだ。鉄筋もガラスもコンクリートを使わないバーチャルな、いわば、国民のネットライブラリーがNHKの日常活動から、つくりあげられる。これこそ、土建国家に21世紀の公共投資である。
問題は、NHKが、長年にわたりテレビ制作で集積した膨大なコンテンツをネットにはまったく載せていない。、
道路公団のように内輪のファミリー出版企業で、本や雑誌、テキストを有料(それも高価な)で販売している。NHK制作のコンテンツは、視聴者のものともいえる。まず無料に近いかたちでネットで編集し公開すべきだろう。視聴者が聴取料を支払ってNHKに構築された膨大な情報は、もっと安価に国民に還元されるべきではないか。ネットを活用すればたやすいことだ。

紙やディスクの活用も大事だが、障害と限界があり高くつく。無尽蔵に集積編集できるネットのアーカイブ機能を使わない手はない。
ブロードバンド時代には映像情報も、ネットでやりとりできる。NHKが国営に準ずる民営機関であり続けるなら、コソクな身内を潤すようなクロスメディア販売よりひろく国民が無料で利用できるようにネットでのコンテンツ公開にふみきるべきだろう。
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この点では、BBC英国国営放送がすすんでいる。たとえば、テロや第一次大戦、地震などの、ニュース特集にしても、番組放送後のネット上いつまでもアーカイブされている。BBCのネット活用を見習ってほしい。

NHKは、BBCにならい、まず。放送出版ネットという、メディアのかべを超え、こわさねばならない。
わかりやすい例でいうと、「恐竜絶滅」「人類の祖先誕生」などの「先史もの」は、NHKは、いい仕事をしている。
「進化論」を学校で教えることに一部で否定的なアメリカで放映したら、大騒ぎになるかもしれない意欲作だ。
BBCは、このような科学番組をネットにのせている。

NHKのデジタルなアーカイブ(情報資料館)には、図書館、百科事典、大学、病院、法律相談、もちろん災害ニュースの最新または過去の一連の情報が集積できる。国民は、教室、オフィス、自室のパソコンか、テレビで、瞬時に必要な情報を検索できる。

ぼくはNHKのすぐれた語学教育番組に注目している。発音や情景は、日本の教育環境では伝えられない。
たとえば、ぼくなら、テレビ語学番組とタイアップして「NHK版英語大辞典」を編集し、ネット上で公開する。もちろん無料だ。これから外国の言葉を学びたい視聴者に提供してほしい。たとえば、英語の発音、成句、構文、長めの例文をとりいれた英語の辞書は、紙ならば重くてもてないし、めくれないはずだ。ネットなら、いともかんたんだ。ネットの辞書は、画像が動き音声がきこえる。外国の風景や人物の顔も歌声も、ブロードバンドなら、すぐに目の前でみききできる。ネットなら、ネイティブの正しい発音がきける。図書館にでかけなくても、何回もくりかえして。
こんな字引があれば、外国語が苦手な日本人の能力はカイゼンされるのではないか。

投稿者 nansai : 14:39

2005年10月14日

十月十四日(金)

最近号のタイム誌は、「すてきな長生き」特集だ。ぼくはネットでみつけた。表紙の白いひげの老人は、ウエイル博士という有名な健康ライフスタイルとビジネスの提唱者。かれの指導するダイエットも紹介されているらしい。
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特集で興味ふかいのは、「だれが素敵に長生きしているか」を問うネットによる人気投票だ。
人生を有意義に生きた、5人の60歳以上のアメリカ人が、候補に選ばれている。
ポール ニューマン(80歳)、ロバート レッドフォード(69歳)、ローレン バコール(81歳)、マーサ スチュアート(64)コーリンパウエル(68)など、往年の映画スターや作家、政治家など、老いた有名人の写真が並び、「いちばんすてきに生きているのはだれですか?」をネットの投票で選ぼうというわけ。懐かしい銀幕でお目にかかったスターも、花の色はうつりにけりな、いつのまにか、爺さん婆さんだ。さて、投票の結果は?

投稿者 nansai : 14:50

2005年10月12日

十月十二日(水)の四

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東京や京都、奈良。神戸にくらべても、わが地元大阪は難波京のむかしより、歴史の長さでは、ひけをとらない。
しかし、大火、戦災、乱開発をかさね、大阪の地上には、歴史をしのばせるよすがは消えてしまった。わずかに街角や橋のたもとに残されている石碑だけが、ものいいたげにたたずんでいる。
大阪は、観光という面からは、魅力のない都市になってしまった。タクシーの運転手が観光客をどこに案内すればよいか苦労するといっている。

ここは、八軒家船着場だ。平安時代から、船で、京都と大阪をつなぐ交通の要衝だった。三十石船で有名だが、いま往時をしのばせるものは、階段あとと一本の石柱のみ。残された錦絵でだけ、江戸時代の殷賑ぶりをうかがうことができる。このような資料は、博物館、大学、古本屋、個人蔵書など、あちこちに眠っている。これを、21世紀によみがえらせたい。

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というわけで、このところ「大水都史をデジタルで編み、後世に伝える会」(理事長石原浩)なる長ったらしいシステムを立ち上げるべく、ああでもない、こうでもないと、有志たちと想を練っているところだ。
「大水都史」とは、だいそれた名称だが、「水の都」大阪の史実をデジタルにアーカイブしたいという狙いである。日本全国いたるところの都市で「水都」の名乗りをあげている。
つまり、この町に刻まれた1500年もの歴史は、世界のほかの都市のごとく建造物や彫刻など証明するものがうしなわれ、史実は石碑などに残された文字でしか伝えられないのだ。
いまやデジタルの時代だ、石碑もいいが、書籍や博物館のようなかたちでなく、無限の収蔵スペースのあるネット上に、資料を収集編集してゆくシステムが、有志や市民の参加でつくりあげられないかという提唱だ。

お役所しごとではなく、あくまでも、ボランティア、とくに、これからは、高齢者ウエブライター、エディターたちの献身的努力に大いに期待したい。たとえば、古本は、うもれた史実の宝庫である。市民や観光客に知らせたい史実を探し、絵にせよ写真にせよ、紹介し文章にし、入力する。こんな手間の要る仕事は、元気なシニアの独壇場になるだろう。後の人に引き継ぐ値打ちがあると思う。
無尽蔵に情報を収集し、ブロードバンド時代にふさわしい後世に伝える編集の基本の枠組みを提案したい。これは、立ち上げたバーチャルなすがたは、目に見えないが、建築や都市に似ている。デジタル専門家の協力を得ながら、あとあとこつこつと、手弁当のボランティアの編集者やライターが、力をあわせて立ち上げてゆける仕組みをさがす。歴史は毎日作られる。これから何十年かかっても終わることのない作業になるのでは。

投稿者 nansai : 15:44

十月十二日(水)の三

松井のいるヤンキースは、地区プレーオフでエンジェルスに敗れてしまった。残念。ワールドシリーズに出られない。テレビでみていたら、ヤンキースタヂアムの応援席に、グリーンのゴジラの絵を描いた旗を広げて声援している人がいた。それにヒントを得て、「打て、マツイ!」
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何を描こうかな。こんな風に、らく描きのネタをさがすのは楽しみだ。別に締め切りがあるわけではない。
歩きながらも、無意識に気をつけている。道に落ちているなにかを拾い上げるのと似ている。
つぎの絵は、公園の掲示板に張ってあったポスターからいただいた。題して、「大坂歌舞伎展」。大坂であって、大阪でない。ネットでたしかめ、マウスを動かしてスケッチした。江戸か明治か、おそらく歴史に残る名優なんだろうが、歌舞伎にくらいぼくには、この役者がだれなのかわからない

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役者の顔の彫りを深く見せるためなのか、伝統わざのくまどりは、なぞってみると、奥が深そうだ。「上方役者絵を描いてみよう」と、大阪歴史博物館では「わくわく子ども教室」が開催される。

投稿者 nansai : 15:39

十月十二日(水)の二

アイデアを、夜中にふと思いつくと、かならず忘れてしまうから、気が向いたら、湯川博士のように、枕もとのメモに描きつける。せっかくの思いつきが、思い出せなければ、しゃれにならない。にげたサカナは大きいというが、思い出せないアイデアは惜しいとくやまれるからだ。なんだ、あとでみると、たいした発想でもないのが、ほとんどだが。

このらく描きは、以前描いて忘れていたのを引っ張り出した。たしか雑誌を見て、恐れ多くも光琳の屏風絵か何かをメモしたものだ
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パソコンは、すてたり、保存したりが自由自在なところがいい。整理べたのぼくには助かる。ときどきはマイドキュメントで、古いらくがきをひっくり返してみるのも、アタマのストレッチかな。

あるとき、びょうぶのように紙を二つに折って、片側から光線が当たる絵を考えついた。おもしろくなって、何でもその手でやってみると、だいたいうまくゆく。すぐできあがるから、ひところは熱中した。
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投稿者 nansai : 15:32

十月十二日(水)の一

ここにきて、日本シリーズよりもおもしろくなってきたのが、タイガース上場騒ぎだ。
「村上タイガースなんて、とんでもない。許さん。八百長の温床になる。」タイガース株上場について、巨人のナベツネの一喝。
のっとられたらどうしよう。トラキチは、「よくわからんが、野球ファンとしては不愉快だ」という意見の人が多い。ぼくも、そのひとりだ。株価をつりあげて、売り抜けて儲けるのは、ファンドの商売だから勝手だが、阪神をよくするなどと、正義の仮面はかぶってほしくない。

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いいじゃないか、不採算にあえぐプロ野球界が活性化するかもしれないという覚めた声も一部にはあるが、さて、どうだろう。これまでの阪神経営陣のビへビアーには、野球を知らぬにしては、たしかにコソクなところがありはしたが。

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だが、村上ファンドの狙いは、球団ではないのだろう。
阪神球団は、ワイドショーの話題としては盛りあがるが、村上氏の陽動作戦にすぎない。
これは危険球でないまでも、胸元を鋭くえぐるシュートでのけぞらせ、つぎの外角球で止めをさすのが狙いだろう。つまり、ねらいは、阪神グループの不動産の含み益の吸い上げであろう。

どうせ売り逃げる。出来るだけ早く、高値で、買い占めて吊り上げた株を、どこかに、引き取らせたい。ファンドの目的は、それしかない。
いま、石油の値上がりなどでだぶついた金が、投資先をもとめて、世界中をさまよっているらしい。ファンドは、運用を任せてもらえば儲かりますよと、出資者に約束して預かったお金だ。年利10%以上といわれる。
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それも出来るだけ早い期間に有利に回収せねばならない。長期投資なんかまっぴらだ。せいぜい二年以内に?それまで待てないのではないか。ファンドとしては、巨額の資金を寝かせたまま、電鉄会社の経営に首をつっこむなど、とてもやってられない。ファンドとしては、儲かれば、白羽の矢を立てる投資先は、どこでもよく、阪神球団にロマンチックな思いいれとか愛着などまったくあるはずがない。

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そこで、ようわからんが、株の引き取り先として、阪神グループが引き取るのか、善意?の第三者お助け「ホワイトナイト」に引き取ってもらう選択肢はあるのかとか、先走った専門家の予想がテレビや新聞を騒がせている。
ファン投票にも、なんのかかわりもないぼくは、「ホワイトナイト」の絵を描いてみた。

投稿者 nansai : 15:23

2005年10月 5日

十月五日(水)

大阪市交通局は、大赤字なのに、働かない職員が高給をむさぼっている、けしからんと、いま市民から袋叩きだという。
ぼくは、地下鉄御堂筋線の座席を、一日二回、移動書斎として利用させてもらっている。これは、快適である。帰りの込み合う時間も、淀屋橋から乗り修羅場を十分だけ我慢、通勤客は梅田でどっと降りるから、あと千里中央までの30分、新聞や雑誌が、座ったまま、ゆっくり読めるのだ。「優先座席」の恩恵に浴したことは、一度もないが。
席など譲ってもらわなくても、ちゃんと座るこつがある。できるだけ、込み合う入り口から、「一歩でも奥に、」身をよじって倒れこむように、中に進むのだ。駅員のアナウンスどおりに、ラグビーの選手のように。

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終点に近づくにつれて、空いてくる地下鉄は、座れさえすれば、テレビにじゃまされることもなく、わが家よりも集中して、本や雑誌が読める。地下鉄なら、終点で降ろされるから、本を読みふけっていて、乗りすごすことがないのがありがたい。JRでは、新快速で京都までいったことがある。
わが家のせまい書斎コーナーは、買ったまま山積みになった本がいまにも崩れそうだから、近寄らないことにしている。いつのまにか、古くなった本のかびのにおいがしてきて、それも敬遠の理由のひとつだ。

投稿者 nansai : 13:32

2005年10月 4日

十月四日(火)

このらくがき絵巻は、ながなが続けているが、何が目的で、いったい何をいわうとしているのか、いぶかしがる向きもあるだろう。なにやら絵と文が、お好み焼きのように、混ぜあわせてある。
でも、中身が、おいしくない、メリケン粉みたいに、味がない、と非難しないでほしい。中身がないからだ。
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これは、中身の味じまんではなく、だれでも、お好み焼きが作れることを知らせようとしている。大きなおせわだろうが。
お好み焼きの中身よりも、まずは、鉄板の熱し方、作り方が大事。つまり、日本語の文章の伝え方だ。日本文は、漢字かな混じり文だから、目に優しく、たてに組まないと、読みにくい。目の走りにくい横組みでは、おいしさが伝わらない、読むのをあきらめてしまう人も多い、ということを、このサイトでは主張したかった。
デジタル(というほどのものでもないが)お好み焼きのレシピをおぼえて楽しもう。(味は、めいめいの人生で手持ちの食材で。)

一、 あらためて、まず、文章は、ウエブでも縦書きにしなはれ。読みやすいし、読む人にも喜ばれることうけあい。わかりよい文章を書くと、気が晴れることもある。人に理解してもらえるときもある。


二、 かんたんに絵を描きたかったら、ペイントがおすすめだ。マウスもすぐに動かせるようになる。へたでも、おもしろい。平気だ。たいていのひとは、みなへただから。
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おなじへたなら、たのしんで描かねば、損損だ。

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三、 絵と文章をデジタルに表現することは、パソコンに人知れず残してよし、友人への絵手紙にしてよし、このようにBLOGにしてよし、いろいろ手をかけずに楽しめる。

四、 だれにでも、できるところがいい。体力も根気も、要らないからくたびれない。ぼくは、入院していたとき、よしなしごとをぐだぐだ書き記すことのありがたさがわかった。ほかになにもすることがなかったからだ。こんな絵でも、看護婦さんに上げたら、目をまるくして驚いて、ほめてくれた。

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五、 くりかえしていうが、だれにもできる。ぼくのような、ぐうたらで、あきっぽい人間にも。ぼくの年代でも、幼稚園時代に戻った気分になれるのだ。おえかきに、うまいもへたもなかったころだ。

投稿者 nansai : 13:11

2005年10月 3日

十月三日(月)

この、トラが堀内監督をまさに食べちゃうの図は、昨年マウスをこちょこちょと動かして、たわむれに描いたもので、巨人ファンからは、悪評さくさくだった。
ことしは、阪神が、あっけなく優勝してしまった。あわれをとどめたのが、巨人である。あわや最下位という、むかしなら考えられない屈辱の事態がおこったのだ。(往年の阪神なら、ごくふつうの事態だったが)

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四番バッターで一塁しか守れない、元強打者たちをFAで独占した布陣は、異常だったといわざるをえない。でも、これは、長島元監督の夢の野球ドリームワールドを、カネにあかせて、この世に実現したものだ。
いずれも、四番三番をまかせたいと、ほかのチーム垂涎の打者たちだった。その彼らをベンチに座らせて、のびざかりの生え抜きの若い選手の台頭をおさえこむということになった。堀内監督のせいではない。監督の座はひいてはいけない貧乏くじだったのだ。

トラの口から、あ、堀内カントクが、消えた!
トラがまちがえて、飲み込んだのか。

いや、責任を取らされたらしい。こんども、人事異動だったのだろうか。甲子園名物「蛍の光」の調べで送らねばなるまい。武士の情けだ。
堀内さん、今年はお世話になりました。
阪神の優勝は、ひとえに、はやばやと戦線からリタイヤしていただいた巨人軍のおかげです。

投稿者 nansai : 18:01