縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2005年12月27日

十二月二十七日(火)

ワールドサッカー
思い立って、ごみためのようになってきたファイルを、年の終わりにのぞきこんでみた。文章や絵の思いつきを、どんどんほうりこむので、何年ものあいだ、深い暗い井戸のなかにたまりにたまっている。デスクトップからはなにもみえない。
のぞきこんでみたら、意外にも、新鮮なおどろきと発見がある。物忘れがはげしいから、昔のファイルをみると、ただただ、なつかしく、みずみずしい。ネットのありがたさは、このアーカイブ性にあると思うのだ。温故知新とは、このことだ。
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来年は、ワールドサッカーがドイツで開かれる。どうみても勝目がないが、盛りあがっている。ぼくも、戌年版をひとつつくってみた。イヌを走らせ、ユニフォームはガンバのにした。だが、見てのとおり、できは、いまいち。熱気が感じられない。

思い起こせば、4年前は違った。
午年の正月は、オリンピックのかげで、ワールドサッカーは、盛り上がりに欠けたように覚えている。
ぼくだけが面白がって、むちゃくちゃにウマ年にのって、馬たちを直立させ、ボールを蹴らせて、あまり出す当て先のない年賀状をつくった。チーム名は、駄馬にちなんで、「ダバーズ」とした。
年賀状で、なぜサッカーなのか、不思議がるひともいたなあ。
いま、四年ぶりに、かれらの英姿をここに。
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種明かしすると、ダバーズの面々の顔は、ワンパターンだ。みてください。馬面を変えないで、プレーによって変化させているのが、みそ。着せ替えのパズルみたいなもので、やってみると面白く病みつきになる。金魚のうんこのようにアイデアが次々と連鎖してでてくるから、絶好のひまつぶしになる。
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ゴール前で、股間を押さえつつ(タマが当たるといたいからなあ、死ぬかもしれない危険防止)、敵のフリーキックを阻止しようとしている選手は、ぼくとしては気に入っているのだが。
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この年も、冬季オリンピックがアメリカで開催された。ダバーズにも、トーチを掲げて走ってもらった。
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このBLOGにとって、今年のビッグニュースは、この縦書きフォーマットが、サンケイ・北海道新聞などやCNETなど専門誌ウエブにとりあげられたことだろう。
若い人たちが共同して、縦組みフォーマットを開発してくれた。北海道、大阪、東京の同志たちのコラボだ。
この「八軒家南斎らく描き絵巻」は、その型式サンプルとして、紹介されたが、内容が読まれた形跡はあまりないのが残念。

長い歴史を持つ日本語が、ネットの世界で、横組み一辺倒であってよいはずがない。日本文化の伝統が無視されている。漢字かな混じりの縦書きの表記法を千年以上も続けている日本文化を馬鹿にした話ではないか。もしアルファベットで縦組みにしたら欧米人からはものすごいブーイングをあびせられるだろう。

グーグルを探すと、「縦書き」についての関心が激増し、なぜ、ネットでは日本語なのに縦組みがないのだろうという声もあがってきた。
しかし、ぼくらの縦組み提案については、賛否いろいろのようだ。

若いユーザーたちは、へえ、国語の教科書みたい、とか、どう考えても縦書きの必要を感じないとか、横組みに慣れていて、縦組みを奇異に感じるひとたちもいるらしい。
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とりあえず、ネットの世界で日本語文章の縦組み表記の豊かな表現性を、少数意見であっても主張できたと思う。来年の展開が、たのしみになってきた。

投稿者 nansai : 15:21

2005年12月22日

十二月二十二日(金)

雪の日
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昨夜から、雪。上空にマイナス40度の寒気団が居座っているそうだ。豪雪地域の人は笑うだろうが、大阪で雪が積もるとたいへんである。交通機関が意気地なくそろってダウンしてしまい軒並み徐行運転だ。
よせばよいのに、今朝は、通院のため、降りしきる雪の中を、モノレールの駅に急いだ。駅を前にして、雪解けの横断歩道の真ん中で、不覚にも足をすべらせ転倒した。

年の割には、恵まれている?ばつぐんの運動神経で、反射的に、右手をついてからだをかばったつもりだったが、仰向けにひっくり返った。下敷きになった右手を骨折しなくてよかったというのは、負け惜しみだ。
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キーボードを打つと、右手首が、しくしく痛む。ミスタッチの数も増えた。サロンパスではききめはなさそうだ。はれてくるといやだなあ。
といいつつ、手首をだましだまし、こんなあほな絵が描けるのは、マウスを動かすのには力がいらないからだ。
当分、クラブは握れそうもない。ゴルフは、絶不調だから、どうってことはないか。

投稿者 nansai : 16:56

2005年12月21日

十二月二十一日(水)

クリスマス

毎年クリスマスになると、日本でも、各新聞がきまって取り上げる心あたたまる定番のお話がある。
「イエス、バージニア」
そうだよ、バージニア。サンタさんは本当にいるんだよ。と続くこの見出しが、ことしも、全米の新聞にのるだろう。なんと百年前のニューヨーク サンの社説である。(いまもなお、ネットで調べたら、50万以上のサイトがあった。)

「サンタクロースはほんとにいるの、」
八歳の女の子に問い詰められた父親が、困って、新聞にはなんでものっているから、きいてみたらとかわした。バージニアは新聞社に手紙を書いた。
「編集長さま
わたしは八才の女の子です。ともだちのなかには、サンタクロースなんかいるものか、という子がいます。父さんは、ザ サン(新聞)にのっていたら、正しいんだといいます。お願いです、ほんとうのことをおしえてください。サンタクロースは、いるのですか?」

バージニア オハンロン 95番街西115

すると、サン紙の対応は、す早く、1897年九月21日の社説で、女の子のかわいい疑問にこたえたのだ。
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「バージニア、君のおともだちは、まちがっています。」
に始まるベテラン記者チャーチが頭をかかえつつ書いた社説は、新聞史上、最も多くリプリントされた。
「その子たちは、疑い深いこのごろ、疑ってかかる気持ちに毒されているのです。見えるものしか信じようとしません。自分のせまいこころで、わからないことは、何もないと考えています。おとなでもこどもでも、みんなの考えることなんかしれたものです。わたしたちのこの大きな宇宙では、人間は、ムシ、アリにすぎません。」という風に続く。

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「そう、バージニア、愛とやさしさと信心があるところ、サンタクロースはいるのです。
知っているでしょう、愛とやさしさと信心は、あふれています。あなたに最高のうつくしさと喜びを与えてくれるのです。
ああ、もしこの世にサンタクロースがいないとしたら、なんて悲しいことでしょう。バージニアがいないのと同じくらい悲しいことです。:::」

この文章は、何ヶ国語にも翻訳され、本、映画、新聞、ポスターにも、切手にも、登場した。
チャーチは、南北戦争の従軍記者。当時は、苦難の時代であり、社会に希望と信頼を伝えることの難しい時代だった。新聞の中でも、めだたない場所にのったチャーチの論説だったが、読んだ読者の心を揺さぶり、たいへんな評判を呼んだという。

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「イエス、バージニア」というやさしい呼びかけのわりには、百年以上前のチャーチの論調は、なかなか小難しく、八才の少女には、到底理解できそうもないのだが。
ネットで探していると、大昔の黄ばんだザ サンの新聞の切り抜きが出てきた。アメリカのネットのアーカイブの底の深さをうかがわせる。

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なにやら、アメリカで、今、進化論だけ教えることに反対しているインテリジェンスデザイン派の主張めいているが、これが伝統的な保守派キリスト教徒の価値観であろう。
ザ サンという新聞はすでにない。だが、百年以上前のこの文章は、英語国の新聞で、いまでも一番リプリントされる社説なのだ。

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投稿者 nansai : 15:11

2005年12月20日

十二月二十日(火)

八軒家船着場界隈

『大水都史をデジタルで編み、後世に伝える会』なるNPOを立ち上げると、大風呂敷をひろげてみたら、マリアン経由で、ご近所でも、ぼつぼつ話題になり始めてきたらしい。ひっこみがつかなくなってきた。

先日も、すぐ近くの石町にお住まいのAさんがわざわざたずねてこられ、お話を伺うことができた。昭和四年生まれだそうで、戦前の八軒家界隈を鮮明に記憶されている。以下は、初めて聞く生き証人Aさんのお話のごく一部だ。

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戦前昭和十年ごろは、天満橋の南詰め、ここらあたりに、水上警察署がありましてね。大川の水際には船を引き上げるための穴がぽっかり開いていました。
ほら、捕鯨母船の図南丸の船尾に鯨を引き上げる穴が開いていましたな、あんな感じでした。

わたしたちこどものころは、上流から土左衛門が、よう流れてきよりましたんや。どんぶらこ、どんぶらこという按配でした。あちこちの川で身投げする人が多かったのとちがいますか。わたしら悪がきたちは、天満橋の上から水上警察の船が川の中流に出て死体を引き上げて、船ごと、例の穴から収容されるのを眺めていて、それっと、警察署まで走っていったものです。検死の様子はみせてもらえ ませんでしたがね。

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ここ八軒家に水上警察があったとは、初耳だった。このような歴史の断片のような聞き書きを、ぜひ入力してアーカイブしておきたい。またゆっくりお話を記録させていただきたいものだ。

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投稿者 nansai : 18:23

2005年12月16日

十二月十六日(金)

仰木さんのこと

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「仰木監督急死」と、テレビニュースでみておどろいた。肺がんだったらしい。この春は、自分の不治の体調をわかったうえで、火中の、オリックス監督を引き受けたのだ。シーズンを戦い抜いて、ついに力尽きて斃れた。戦死ということだろう。
三月五日、このサイトから、エールを送ったことを思い出した。オリックスのファンでもなく一面識もないぼくだったが、同年輩のよしみで、あえて火中のクリを拾おうとするかれを、はげましたかった。斎藤別当実盛の死出の旅路である。「グラウンドで倒れても本望」という決意のコメントが印象に残った。がんということは知らなかった。

ここに、三月五日のバックナンバーを再録して、ご冥福を祈りたい。

70歳を超えて、第一線で指揮をとるオリックス仰木監督に声援を送りたい。かつてのヤンキースの名監督ケーシーステンゲルにあやかってほしい。キャリアは、波乱万丈。晩年、かれは、5期連続ワールドシリーズに勝った。たしか75歳まで、最後はメッツで毀誉褒貶さまざまのエピソードを残し、現役を勤め上げ、名誉の殿堂入りしている。おそくまでバーに陣取り、気のきいた警句、キャッチフレーズを乱発するので記者たちに人気があったという。PRに優れている点では、よく似ているようだ。

これは、仰木バッファローが、宇宙ロケットのように鼻息を噴射して、天高く舞い上がろうとしているところだ。ロケットの推進エネルギーは、太陽電池ならぬ「老人力」の鼻息だ。バカ力ではなく知恵の鼻息だ。
でっかく伸ばしてポスターや応援旗にすると、いいと思うよ。(そうだろう、だれもしないか。)何となく地味なチームカラーだから、ばりばり元気がでるアイデアにしたんだが。
がんばろう、老将仰木へのはなむけにしたい。70歳台の熱い連帯のあかしとして。


投稿者 nansai : 19:38

2005年12月15日

十二月十五日(木)

耐震偽装、ねずみ一匹ではない
「私一人でできることではない。」と姉歯元建築士は証言した。不十分ながら国会喚問で、耐震偽装問題の全容が、おぼろげながらみえてきた。
計算書のデータ偽造を直接おこなったのは、元一級建築士だが、そうさせた取引の連鎖構造は、単純だったように見える。入れ子構造になっている点では、日本の山林を荒廃させた松枯れ病に似ている。(松くい虫、マツノマダラカミキリが犯人だと思ったら、そいつは運び屋で、病原は、マツノザイセンチュウだった。)
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今回は、耐震偽装に直接手を下した犯人は、姉歯氏とされているが、かれをねずみとすると、かれの体内には、建設会社、経営コンサルタントの法令違反・安全無視の強力コストダウン・ウイルスのカプセルが埋め込まれて、外からの指令どうりに動くしくみになっていたのがみえてきた。
今回のコンサルタント連合は、ビジネスホテルのばあい、建設コストをできるだけ抑えて、投下資金を年利12%に回せる計画を、客にすすめていたという。
人命にかかわる重大な違法であっても、コストダウンに協力しなければ、ねずみは、仕事からはずされるのだ。
業界では、「経済設計」といういいかたがあるらしい。
むだをとことん排除するトヨタの「カイゼン」と、どこが違うのかと居直るむきもある。
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コストを、どこで切り詰めるか。このばあい、それが外から見えない鉄骨だった。コストを切り下げるのに、地震に耐えるぎりぎりの安全基準も無視して、禁断の構造設計に手をつけて、鉄骨の数をへらし細いサイズを使う。
しかし、プロとして、それをやっちゃおしまいだ、というのが、耐震基準無視だったのだろうが。

骨を抜き壁を薄くして安全を無視する(詐欺行為そのものだ)と、販売促進上も有利になるのは、皮肉なことだ。見た目のインテリアからみれば、柱が細く、部屋空間が広々とお買い得に見える。おおきな家具がゆったり置けると、構造には疑いを持たない未経験の素人客に、好評を博すのは当然。
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今回の業者連合は、安全を無視して、震度5か、6で倒壊の確率の高い建物を、地震が起きるまでは「ばれない」という、自分たちにまことに都合のいい暗黙の期待のもとにどんどん建てたに違いない。
万が一、地震で倒壊しても、大都市での被害は、広い範囲で同時多発するから、個別の無数の物件の安全基準違反がさかのぼって問われることはないという見通しを持っていたのだろう。ここがこわいところだ。
とにもかくにも国の審査が通り、建ちあがってしまえば、もうばれるわけがない。内部告発は、想定外だったろう。

かれらは、阪神大震災では、震災後に、建物、道路など倒壊した物件の手抜き工事の摘発など、総括されていないのを見守っていたのだろう。あの時は、大混乱の中、一日も早く復興を急ぐという名目で、原因究明に時間がさかれないまま、大急ぎで倒壊した建築物の廃墟が撤去されたのではないか。結果としてうやむやになり証拠隠滅になってしまったと考えられる。
ならば、くやまれる。もし、あれほどの犠牲を払って得た歴史から、なにも学習できなかったとすれば。

今回も、さっそく自民党中枢から、業界寄りの声が聞こえてきた。
「今は、たいへんなときだ。犯人捜しなど、振り返るゆとりはない。前向きに被害者の救済に取り組むべきだ。さもないと、業界が疲弊破綻してしまう」と。
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今回のコンサルタント連合の首魁企業は、全国に数十社に及ぶ同じノーハウを奉ずる同志集団を形成しているときく。この危険なコストカッター連合が、もしマツクイムシとしたら、だいじょうぶかなあ、慄然とせざるを得ない。

自分の経験だけでは価値判断できない商品を選ぶとき、政府の規制基準も100%信用できない。改めて得た教訓は、平凡だが、つぎのようなものだ。
一、目先や見た目にまどわされないこと。安物買いの銭うしない。お買い得には注意、なにかがある。
住宅、マンションやリフォームなど、ふなれな買い物のための消費者教育は、社会の義務になろう。
二、最悪のリスクを予測せよ。安全への投資は高いが、長い目で見れば、結局は安くつくものだ。そのための費用と時間は、自分で負担せよ。コストに織り込んでおかないとやばい。保険もそのひとつ。

投稿者 nansai : 15:34

2005年12月 9日

十二月九日(金)―二

トラキチのための賀状(続き)
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だれに頼まれるわけでもないが、タイガースファン向きの賀状つくりは愉快だ。こんなばあいのアイデアは、デジタルむきで、おもしろいから、それこそなんぼでも、できるのだ。アイデアとは、当たり前なことを、組み合わせることだから。
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まず、イヌ年にちなみ、これまで、おりおりに雑誌など見て描いたワンちゃんどもを、マイドキュメントから招集する。少々乱暴だが、かたっぱしから阪神の帽子をかぶせてゆく。不満そうな仏頂面をしているのもいるが、委細かまわず、似合わなくても、かぶらせる。トラキチの制帽なのだから。ご協力願わなくては。

いいぞ。なかなか似合うじゃないの。あけましておめでとうございます。
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投稿者 nansai : 14:22

十二月九日(金)―一

トラキチのための賀状
今年を振り返って、うれしさも中ぐらいなりか。
タイガースファンとしては、リーグ優勝は思わぬボーナスだったが、うーん、屈辱の4たて食らった日本シリーズは、残念だった。
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さてと、気を取り直して、トラキチ諸氏のための年賀状のアイデアでも考えてみることに。在庫のなかから、いろいろと引っ張り出して、手を加えてみた。
賀状のコピーとしては、こんなのはどうかな。

新春トラ吉
六甲吹雪やあ

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このところ ずーっとトラ年 いい気分
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「ことしこそ
日本一や」と、ことしまた

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この猫がなんとか
虎になった夢

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イヌ連れて優勝願う初詣
頼みます片足あげて祈願かな

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七転び八起きの
われもトラの春

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投稿者 nansai : 13:11

2005年12月 8日

十二月八日(木)

 「大東亜戦争」開戦の日
昭和十六年十二月八日払暁、ハワイ真珠湾で、空母から飛び立った日本の雷撃機が、まさに戦艦アリゾナにむかて魚雷を投下しようとしている。あれから、半世紀あまりの歳月が流れた。
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今年も、きょう、また「大東亜戦争」開戦記念日がやってきた。日本が、ハワイ真珠湾に奇襲攻撃をかけ、太平洋戦争の火蓋が切って落とされた日である。
その日から数えて、空襲で本土が焦土と化し、外地の植民地をすべて失い、300万人以上の同胞が命を落として、敗戦するまで、わずか、三年足らずのことだった。終戦の日、ぼくは、中学二年生になっていて、本土決戦に備えて海岸陣地の穴掘りの手伝いをしていた。

米英と戦争を始めたことを、小学校4年生だったぼくは、朝礼で校長から説明された。子供心にも大変なことになったと思った。
わが国は、ABCD包囲網に囲まれて隠忍自重の末、ついに堪忍袋の緒がきれて、やむなく立ち上がったのだと教えられた。
小学校でも、この戦争は、欧米列強の植民地支配からアジアを開放する東洋平和のための、正義の戦いだ、とたたきこまれた。聖戦である。
わが軍は、かしこくも天皇の統率し給う「皇軍」であり、われわれ国民は、天皇陛下の赤子であり、戦いにのぞんでは、天皇をお守りする「シコ」(自分を醜いとへりくだって言う意味)のミタテ(盾)であるとし、大君のそばで死のう、かえりみることはないと「海行かば」を歌った。日本語では聞きなれない文言は、みな万葉集や古事記からとったボキャブラリーだ。
「ミタミワレ、イケルシルシアリ、アメツチノ、」栄えるときにめぐり合わせた、ぼくらはどんなに幸せなことかと、すらすらと「小国民」は唱えたものだ。独裁者に感謝する北朝鮮のいまとかわるところはない。

戦時中、たしか毎月八日が、「大詔奉戴日」と定められた。大詔、つまり天皇のくだした宣戦の詔勅をかしこみ戴いて、戦争への決意を新たにする日というわけだ。
なぜか、毎年、日本のマスコミは、八月十五日はとりあげても、ほとんど、この日について口を閉ざして語ろうとしなかった。若い世代は、近代の歴史認識がないに等しい。靖国問題もくすぶり続けている。

ことしは、戦後60年、戦争を引き起こした日本人が総括してしかるべき節目の年である。
しかし、ことしも、大新聞で「開戦の日」をとりあげたのは、朝日新聞の社説と天声人語だけであった。NHKは、昨夜の「そのとき歴史は動いた」で、真珠湾攻撃と山本五十六を、二晩特集した。
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奇襲攻撃を受け大損害を出した当時のルーズベルト大統領は、烈火のごとく怒り、かつ恥じて、この日を「ザ デイ オブ インファミイ(屈辱の日)」と呼んだ。「リメンバー パールハーバー」が高らかに叫ばれ、米国民の戦意を高揚した。
真珠湾では、沈没した戦艦アリゾナの海上記念館では、当時の生き残り兵士が集まり記念式典が行われる。何も知らない日本の若い観光客が遠巻きにして眺めている奇妙な風景。
真珠湾攻撃や戦艦アリゾナについてのウェブサイトは、現在、グーグル上でも、9百万を優に超えるおびただしい数だ。永遠に語り継ぐべき一部始終を物語る資料が、アーカイブされている。ルーズベルトの演説も、なまの音声が聞ける。真珠湾に沈んでいる戦艦アリゾナからは、六十年以上たったいまも、重油のあぶくが浮いてくると、ウエブサイトは語っている。この日の卑怯な不意打ちを、当事者たちは、決して忘れないと誓っているかのようだ。「ザ デイオブ インファミイ」は、9・11の際、また引き合いに出された。あのとき、アメリカ人に真珠湾を思い出させたのだ。

はたせるかな、開戦後、しばらくは勝った勝った、と元気がよかったが、まもなく制空権を奪われ、連合艦隊も壊滅し補給路を断たれては、戦う前に餓え、万事窮した。情報戦でも歯が立たず、太平洋海域全線で敗退した。物量で負けても精神力で勝つといきまいたが、神風特攻も有為の若い命をむなしく散らせただけにおわった。

昨夜のNHK『そのとき歴史は』でも、真珠湾の奇襲で成功した山本五十六は、入念な演習を行い秘策を練ったが、最後まで開戦には反対だったという。しかし、事前に戦いの成算をきかれ、『半年は暴れてみせますが、あとは』大君のために死ぬだけだという趣旨の歌を残していたそうだ。意外だった。
戦いに利あらずとみて、山本は、最後は前線に死地をもとめ、ニューギニア上空で戦死するのだが、次々に倒れてゆく部下に顔向けできないだけでなく、近代の総力戦で惨敗したときの国民の犠牲を思えば、それを潔さとはいえないと思った。もはや戦争に美学はない。

この国では、後世に、史実はきちんと伝えられているのだろうか。歴史から学ぼうとしているとは、とうてい思えない。
「ウイキペディア」という一般からも書き加えられる自由編集のネット百科辞典がある。太平洋戦争や真珠湾攻撃については、英語版では客観的にみて史実が豊富かつ克明に説明されている。日本語版は、なぜか、編集不能の状況で、内容も貧困で、文字数もきわめて少ない。
大戦の評価をめぐって、もめているのだろうか。

ネット上の海外の膨大な史実を垣間見て、ぼくは、昭和六年から、昭和十六年までの、日本が大陸進出した国策の是非を、日本国民は学習し冷静に総括すべきだと思う。どちらの立場にたっても、正義など怪しいかもしれないが、冷厳な史実はふまえて、議論すべきであろう。
日本だけでも、三百万人以上の尊い人命(アジア全域では二千万人以上といわれている)を担保に入れた、「正義の戦い」など、許されるはずがない。
忠義とか国体とか、生きて虜囚の辱めを受くことなかれ、に代表される、軍人勅諭的価値観により、軍人だけでなく、死ななくてもよかった民間人の命が奪われたのだ。国家神道をよりどころにした大戦中のあの心理状況は、どこか、現在なんらかの原理主義を奉じている国々と共通したところがある。

なぜ、こんな恐ろしい間違いを起こしたのか。
われわれは歴史を学習したか。きょう開戦記念日から、なにか教訓を学び取り、後世に伝えることができるだろうか。
これほど甚大な結果をもたらす、将来のリスクをまったく読もうとしなかった国家指導者の罪は、重く、深い。
当時、戦争を指導立案した軍部が、同盟国ナチスドイツの勝利を過信したことも、開戦の理由のひとつだという説もある。そのときすでにドイツ軍はスターリングラードで壊滅していたのにである。やりきれない。
昭和二十年、頼みのドイツが降伏し首都が陥落しても、なお、本土決戦、一億玉砕を叫び、陣地の穴を掘り、竹槍で一人一殺の訓練をさせた。国体の護持でもめ、降伏を逡巡し先延ばししているうちに、空襲、原爆でさらなる犠牲が出た。米英との和平の斡旋を、相手もあろうに、ソ連のスターリンに託したのだ。

ことしも、日本のジャーナリズムのほとんどは、「開戦の日」の持つ意義についてふれなかった。残念である。靖国問題は、さまざまな感情の気流に煽られて、当分浮遊を続けるだろう。

投稿者 nansai : 14:07

2005年12月 1日

十二月一日(木)


「まんじゅう本」とは、「亡くなった人の遺した文章やその人をしのぶ文章などを本にして、近親やゆかりの人々に配るもの」(広辞苑)である。いわゆる「偲び草」だ。葬式まんじゅうからきている。古本に出回る、その手の自費出版ものを、古本に明るいむきは貶めてそう呼ぶらしい。
惜しまれて世を去った人を、残されたそれぞれがしのびたいという気持ちを大事にしたい。故人の知らなかった面をエピソードで知るのも、こういった文集のありがたいところ。
しかし、ウエブのうえなら、ことはかんたんだ。ほんとうに故人を愛した人たちのつくる「まんじゅう」ブロッグがこれから登場してもよいと思う。(イヌ、ネコのほうが早いかな)

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葬儀では、通常どこかのえらいさんの弔辞はむなしい。
サイトのうえでなら、これからは、だれでも親しい人の死に際して、ねんごろに自分なりの弔意を示すことができるのだ。
まんじゅう本といえども、編集には手間も費用もがかかる。
デジタルなら、この手の追悼本を編むことが可能になった。べつに出版しなくてもよい。ささやかな、こころのこもったサイトを立ちあげればよいのだ。浮世の義理で集まった、けばけばしい葬式よりも、よほど意義があると思う。惜しまれて亡くなった人にとって、何よりの供養である。

数年前に、ぼくたちは、友人の葬儀にあたり、職場でゆかりの人たちの文集の簡素なサイトを立ち上げた。もちろん縦書きで。
葬儀に参列できなかった、遠く離れた場所に住む昔の同僚からも、こころのこもった弔文が送られてきた。集まって、記名し、焼香するだけが、故人をおくることではない。ウエブサイト上は、時と場所を越えて、まったく別の静謐なこころの通う場が生まれたと思う。
故人をいたむのに、有志編集のまんじゅう本もいいが、しかし、だれもが寄ってきらくにデジタル入力できる「まんじゅうサイト」を推奨したい。

見方によっては、何の値打ちもない内容のこの絵巻も、ぼくにとっては、ぼく自身の、まんじゅうサイトなのである。

よけいなことだが、将来は、デジタルな世界での永代供養も考えられよう。単に、サーバーの費用をどのように負担するかなのだが。
(いま仏教寺院では、檀家離れに悩んでいるときく。墓も寺のそばに立てられる時代ではない。寺としては、死者の思い出や記録でなく、戒名と骨片を保存する仕組みだけを構築?しようとしているように見受けられる。)

投稿者 nansai : 16:53