2005年12月01日
十二月一日(木)
「まんじゅう本」とは、「亡くなった人の遺した文章やその人をしのぶ文章などを本にして、近親やゆかりの人々に配るもの」(広辞苑)である。いわゆる「偲び草」だ。葬式まんじゅうからきている。古本に出回る、その手の自費出版ものを、古本に明るいむきは貶めてそう呼ぶらしい。
惜しまれて世を去った人を、残されたそれぞれがしのびたいという気持ちを大事にしたい。故人の知らなかった面をエピソードで知るのも、こういった文集のありがたいところ。
しかし、ウエブのうえなら、ことはかんたんだ。ほんとうに故人を愛した人たちのつくる「まんじゅう」ブロッグがこれから登場してもよいと思う。(イヌ、ネコのほうが早いかな)
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葬儀では、通常どこかのえらいさんの弔辞はむなしい。
サイトのうえでなら、これからは、だれでも親しい人の死に際して、ねんごろに自分なりの弔意を示すことができるのだ。
まんじゅう本といえども、編集には手間も費用もがかかる。
デジタルなら、この手の追悼本を編むことが可能になった。べつに出版しなくてもよい。ささやかな、こころのこもったサイトを立ちあげればよいのだ。浮世の義理で集まった、けばけばしい葬式よりも、よほど意義があると思う。惜しまれて亡くなった人にとって、何よりの供養である。
数年前に、ぼくたちは、友人の葬儀にあたり、職場でゆかりの人たちの文集の簡素なサイトを立ち上げた。もちろん縦書きで。
葬儀に参列できなかった、遠く離れた場所に住む昔の同僚からも、こころのこもった弔文が送られてきた。集まって、記名し、焼香するだけが、故人をおくることではない。ウエブサイト上は、時と場所を越えて、まったく別の静謐なこころの通う場が生まれたと思う。
故人をいたむのに、有志編集のまんじゅう本もいいが、しかし、だれもが寄ってきらくにデジタル入力できる「まんじゅうサイト」を推奨したい。
見方によっては、何の値打ちもない内容のこの絵巻も、ぼくにとっては、ぼく自身の、まんじゅうサイトなのである。
よけいなことだが、将来は、デジタルな世界での永代供養も考えられよう。単に、サーバーの費用をどのように負担するかなのだが。
(いま仏教寺院では、檀家離れに悩んでいるときく。墓も寺のそばに立てられる時代ではない。寺としては、死者の思い出や記録でなく、戒名と骨片を保存する仕組みだけを構築?しようとしているように見受けられる。)
投稿者 nansai : 2005年12月01日 16:53


