縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2005年12月20日

十二月二十日(火)

八軒家船着場界隈

『大水都史をデジタルで編み、後世に伝える会』なるNPOを立ち上げると、大風呂敷をひろげてみたら、マリアン経由で、ご近所でも、ぼつぼつ話題になり始めてきたらしい。ひっこみがつかなくなってきた。

先日も、すぐ近くの石町にお住まいのAさんがわざわざたずねてこられ、お話を伺うことができた。昭和四年生まれだそうで、戦前の八軒家界隈を鮮明に記憶されている。以下は、初めて聞く生き証人Aさんのお話のごく一部だ。

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戦前昭和十年ごろは、天満橋の南詰め、ここらあたりに、水上警察署がありましてね。大川の水際には船を引き上げるための穴がぽっかり開いていました。
ほら、捕鯨母船の図南丸の船尾に鯨を引き上げる穴が開いていましたな、あんな感じでした。

わたしたちこどものころは、上流から土左衛門が、よう流れてきよりましたんや。どんぶらこ、どんぶらこという按配でした。あちこちの川で身投げする人が多かったのとちがいますか。わたしら悪がきたちは、天満橋の上から水上警察の船が川の中流に出て死体を引き上げて、船ごと、例の穴から収容されるのを眺めていて、それっと、警察署まで走っていったものです。検死の様子はみせてもらえ ませんでしたがね。

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ここ八軒家に水上警察があったとは、初耳だった。このような歴史の断片のような聞き書きを、ぜひ入力してアーカイブしておきたい。またゆっくりお話を記録させていただきたいものだ。

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投稿者 nansai : 2005年12月20日 18:23

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