縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2006年2月28日

二月二十八日(火)

カンツオーネを聞く午後(予告)

友人に美声テナーがいる。かれの十八番「カンツオーネを聞く土曜の午後」が、来月二十五日土曜日に開かれる。会場は、隣りのイタ飯料理店「マリアン」だ。ぼくは、さっそくポスターをつくった。

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春を待ちながら、「ちょい悪爺さんテナー」のカンツオーネを聞く午後というわけだ。朗々と熱唱する主役をひきたてねばならぬ。
白髪のまじった鼻下のひげが、チャームポイントである。口の悪い友人たちがつけた愛称が、ゾウとかセイウチ。堂々、絵になる存在感だ。

三十名集まれば、レストランは、満員御礼だ。年齢(ちなみに古希)を感じさせない、ものすごい(ほかにも形容のしかたがあるだろうが)声量の持ち主だから、マイクはいるまい。壁の額がはずれて落ちてしまう。学生時代から合唱界では名うての歌い手である。アマチュアながら、オペラもこなす。折からの合唱ブームで、払底しているテナーは、もてもての引っ張りだこらしい。本格的に先生についてレッスンもおこたらない。
歌い手は、全身が楽器なんだそうだ。
肺に空気をおくるフイゴにあたるのが横隔膜。ここを意識して鍛えるらしい。パバロッティも、じつは巨大なセミなんだ。
演目は、オオソレミオ、サンタルチア、ボーラーレ、カタリカタリなどなど。

ぼくはといえば、尋常小学校の二年で、音楽とはおさらばした。
しかし、いまも「朧月夜」の二部合唱が上も下も歌えるのは、その時期に白石先生に教わったからだ。まもなく戦争が激しくなり、敵性語という理由か「ドレミ」が教室から追放され、たしか「ハニホ」?といいかえるようになり、名曲鑑賞どころか、敵機の爆音を耳で聞き分けるのが授業だった。音感のにぶいぼくは爆音の差がまったく聞き分けられず、山カンもはずれて、音の才能のなさを、幼くして思い知った。
ま、そんなことは、ともかく、オンチのぼくも、土曜の午後、カンツオーネをききながら、春の憂いにひたることにしよう。
「なのはあなばたけえにいりいひ、うすれえ」か、歌は、いいねえ。上手に歌えたら、もっと楽しい。当たり前だ。

投稿者 nansai : 14:55

2006年2月15日

二月十五日(火)

TURINとは、トリノのことだった
TURIN2006と、アメリカの新聞サイトでみかけたが、ツーリンとは選手の名前かと思っていた。TURINが英語で、トリノとは、知らなかった。一度も訪れたことはないが、テレビ報道をぽかんとみていたら、いつの間にか「トリノ通」になった。
ここは、「チョコレートの都」だという。チョコレートがまだ王侯貴族の飲み物だった十七世紀末から、この町にチョコレート職人が集まった。
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エスプレッソに、ほっとチョコレート、生クリームを混ぜた飲み物がトリノ名物「ビチェリーン」だ。どの紹介番組でも、レポーターが、判を押したように「おいしい」と連呼する。
ニューヨークタイムズは、「トリノでは、メダルは、金よりも、チョコ色でなくちゃ。」とあおりたてて紹介している。ビチェリンという寒い日の飲み物は、熱いエスプレッソと溶かしたチョコレートに、つめたいクリームの層がかさなっているのを、すするらしい。ぼくは味わったことがない。エスプレッソと違い、海外ではほとんど知られていない。レシピは秘密だそうな。ニューヨークでも、本物のトリノ風ビチェリンは飲めないという。尻馬に乗って、ぼくもネットで写真を見つけたので描いてみたが、さぞ、あまいだろうなあ。

開会式の90分ショーは、その国の文化を紹介することとオリンピック憲章にあるらしい。NHKの中継では、いつものように、会場の雰囲気にあてられ興奮してほめまくっていたが、海外の報道は意外に冷ややかなのもあって面白い。なんでもありのショーは、シリーな面は理解を超えているというのだ。突然オノヨーコがでてきたり、フォーミュラカーが轟音とガソリンのにおいとゴムの破片を撒き散らしつつ、スピンさせたり、まったくイタリア人気質にはついていけない、というコメントもあった。遠慮がない。

ぼくは、真赤なボディースーツに身を包み、炎を噴射するヘルメットをかぶって、時速七〇kmで疾走する花火男たちに度肝をぬかれた。
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すごいアイデアだ。氷上ではないので、炎のブレードランナーだ。しかし、日本人の体形だと、背中に火がぼうぼうの「かちかち山のたぬき」にみえてしまうかもしれない。

投稿者 nansai : 14:32

二月十五日(水)

老梅や穢き迄に花多し    虚子

高浜虚子没年の句らしい。晩年の虚子は、どういう思いで、老梅をみつめていたのだろう。先日の日経「春秋」欄に引用されていて、あ、と息を呑んだ。

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「寿命の尽きんとする老梅が、にぎやかに大量の花をつけることへの、感嘆と戸惑いを呼んだ句だが、老いを実感する身にはぐさりと突き刺さる表現である。」
と小泉内閣の末期の無用なあだ花論争へと続く。ぼくからみれば春秋子はまだ若いとおもわれるのに、老いを実感とか。
いやだねえ。「穢き迄に、花多し」か。五七五のなかに「穢」の一字は、際立ってえげつない。
ま、しかし、この期におよんでは、こちらは、じたばたせずに居直ることに。文人画を気取って、筆のかわりにマウスで、老梅を描いてみた。
梅の散りぎわが、桜のように潔くないと見られているのも、またよしとしよう。老いた梅の幹は黒々として、古来、鉄幹と呼ぶそうだ。
テレビをみていたら、七十歳の四世坂田藤十郎は、芸が枯れるということは考えられないという。みずみずしい、すごい自信だ。演劇の世界では、杉村春子も、森光子も、たいしたものだ。

家の近くの万博庭園は、まもなく、梅のほころぶ季節だ。

投稿者 nansai : 12:21

2006年2月 1日

二月一日(水)

◎かぶり寿司
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鬼の登場する節分は、わが「でたらめ描き」の絶好のテーマである。
さて、近くのコンビニでは、「まるかぶり寿司、レジにて予約受付け」を月末で締め切った。
節分に恵方に向かい、たいしてうまくもない、のどにつまりそうな巻寿司を願い事しながら丸かぶりする。関西の一部での奇習が、あっという間に、全国区で根付きつつあるのだろうか。
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一本370円で、三本パックなら、60円おとくの1050円。もれなく福豆がついている。
チラシには、読めない小さな文字で、克明に巻き寿司の中身の説明が書いてある。いわく、穴子、玉子、高野豆腐、かんぴょう、おぼろ、椎茸、きゅうり、しめて7種類の具がはいっているのだ。
あまりに巨大すぎて食べられないという向きには、べつに、ハーフサイズのもあって、こちらは海鮮恵方巻と称して320円。
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ネットでは「この奇習の発祥は、いつごろからか」の詮索がかまびすしい。
ぼくが二十年前に、ある老舗のすし屋の二代目にきいたら、つれなく、「さあ、すし屋のわたしでも、きいたことがおまへん。たぶん色町の風習と違いますか」という答えだった。
一昨年だったか、朝日放送の取材で、1829年創業の本福寿司の70年前の貴重なチラシが発見された。先代らが当時遊郭ではやったのを縁起物として発売したことがはっきりした。売り上げの低迷する二月対策に、江戸から明治の花柳界の遊びを商売に結びつけた先人はえらいやっちゃ。
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昭和40年代に養殖で生産が急増した海苔業界が、丸かぶりに目をつけ、テレビで放映されてブレークしたというのだが、あまり印象には残っていない。
決定打は、なんといってもコンビニの全国展開で、毎年倍増というからすごい。ことしは、どうかな。
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投稿者 nansai : 15:16