縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2006年03月02日

三月二日(木)

耳からヒモをたらす習慣 
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水道管を二つに割ったようなリンク上?をすべるから、ハーフパイプというのだそうな。思い出したくもない日本惨敗のトリノのスノーボード競技。大音響のロックが会場に流れている。
顔がアップになると、アメリカ代表の選手たちのかぶっているフードから、細いヒモがのぞいているのがみえた。なんだろう。そのコードは、ユニフォームの内ポケットのアイポッドへつながっているのだと、後で知った。

スノーボード競技では、アメリカチームが、男女ともに金をとった。
選手には、平常心を保つコミュニケーションのためのジャケットが与えられていた。ウエアには、ケータイと音楽端末のIポッドをしまう内ポケットがつくってある。イヤフォンは抜け落ちるから、フードのなかにスピーカーがステレオでセットしてある。心理戦に勝つためのいたれりつくせりだ。

選手は、競技直前まで極小型の音楽プレーヤーから、自分好きな曲を聴き、心を静め、そして、高めてゆく。
優勝したハンナ・ティータ選手は、ファイナルラン直前、踊っているように見えた。恋人のバンドを聴いていたのだ。

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ケイタイで、ぎりぎりまで母親と会話できる。「じゃあね、ゆくぞお」という具合だ。最後まで平常心が保てる工夫がこらされていた。

オリンピックの金メダルは、公式スポンサーではなくて、一円も出していないアップル社がとったのだ、すごいビジネスチャンスをものにしたと、あちらのメディアは報じている。

若いころから、ウオークマンやIポッドのような音楽鑑賞キカイとは、ぼくは、無縁の人間であった。
セントラルパークでジョギングしながら、音楽をきくがらではない。電車の中で、隣の若者のイヤフォーン越しに、しゃかしゃか音がもれてくるのにはマユをひそめる口だった。

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ところが、ふとした縁で、SDカードに録音された音楽をイヤホーンできく超小型の機械、つまり最新版ミュージックプレーヤーを入手するはめになった。ぼくの知っているウオークマンよりもはるかに小さい。
親指のつめほどのSDカードには、 128メガで、延べ94時間録音できる。

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意外や意外、これが極めて快音?快適だ。オンチに近い老いたぼくの耳にも、いい音だとわかる。周囲の誰にも気兼ねせずに聴ける自分専用のリスニングルームである。
そして実に軽い。シャツのポケットに入れたことをわすれてしまうほどの、たった50グラム。
そんなある種の引きこもり部屋にはいりこみ、外界の雑音を締め出して、マイペースで歩けるわけだ。

地下鉄の駅で歩く人間は、二種類だ。耳の穴からヒモをたらしている人と、耳の穴になにも入れていない人だ。
節をころっと曲げたぼくは、耳の穴からヒモをたらす部族に帰化することにした。
初めて気づいたのだ。50年前の古い曲をCDからアットランダムにいれて、いまぼくが何を聴いているか誰にもさとられずに、好きなだけボリュームを上げてあるきながら聴くのも、なかなかオツなものだと。だれのめいわくにもならず、きわめて自己中心的な閉鎖空間が生まれる。

人気のない京阪電車のプラットフォームのはしで、むかしむかしのリズムに合わせて、つま先が動く。ついステップをふみたくなる。パブロフのイヌだね。他人が聴けばカビくさい半世紀も前のメロディにのって、条件反射でからだが動く。
われながら心配になってきた。あの歳で耳からひもをぶらさげている。挙動があやしい。「ちょいワル」ではなくて、あたまのへんな爺さんに思われはしないか。

ほかのヒモたらし族の様子をうかがうと、なにを聴いているのか、若者たちは一様に無表情で沈うつな表情をうかべている。

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ヘッドホンで浮世から隔絶された世界にいながら、かれらが墺々としてたのしまない風情であるように見受けられるのは、どうしたことか。
もちろん、年配者では、耳からのヒモたらしは、ほとんど見当たらない。

ぼくは、寝る前にベッドで腹ばいになって本や雑誌をを読むくせがある。どうせすぐ寝てしまうのだが、このときも、ヘッドホンから低く流れるジャズピアノなんかいいねえ。
何をいまさらと笑われるだろう。食わず嫌いで、そんな風に、音楽をヘッドフォンで消費する習慣がなかったぼくには、おそまきながら(おそすぎるかな)新鮮な体験だ。これも、扱いが超かんたんになったデジタルの進歩の恩恵だと思う。

ある日、毎月通院している大病院の待合室に、ぼくは目立たぬように、耳からひもをたらして、はいってみた。ここは、明らかに場違いな雰囲気だ。診察を待っている高齢者たちは、当然、だれひとりヒモたらしはいない。みな一様に黙然と大型テレビを見上げている。
同じ患者でも、こちらは、別室感覚で、軽いピアノジャズを聴きながら、(聴いていることを誰にも悟られずに)穏やかな気分である。いいのかなあ。
しかし、身の回りにこのような自己中心環境を張り巡らすことには、異論もあろう。だいいち、耳にイヤホンをさしこむと、なにもきこえず、高齢者は危なくて、道が歩けない。

投稿者 nansai : 2006年03月02日 14:30

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