縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2006年8月31日

八月三十一日(木)

京阪の駅の階段をあがったところに、あたらしく大きな字で張り紙がしてある。
「引ったくり 注意」
やれやれ、こんなところにも、大阪名物引ったくりが出没するのか。じまんするもののほとんどない大阪が、引ったくり発生件数では、ダントツの日本一という統計だ。

ひとつアイデアが浮かんだ。おとり捜査である。ボランティアでもいいが、婦人警官によぼよぼの老婆に扮装してもらい、天満橋などしかるべきところを、うろうろさせる。わざと、ひったくらせるのだ。バッグには、パナソニック製かなにかの超小型ラウドスピーカをしのばせておく。

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おとりにひっかけるのだ。買い物籠をひったくらせて、婦人警官は、あわてずさわがず、すぐ遠隔操作スイッチを押す。籠からは、とてつもない巨大大音響で「ドロボー」と叫び声が上がるという寸法だ。あまりの音量に、ひったくりは、仰天失禁して、こけつまろびつ遁走する。これを、ときどきやると、ひったくらーたちのトラウマになる。戦意というか起業意欲を喪失する。ことにならないかなあ。くだらん。

投稿者 nansai : 14:21

八月三十日(水)

ああ、痛恨の一球。

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いい天気だが、今朝は、気分が悪い。
昨夜、守護神、藤川投手が打たれた。
ああ、あと一球!前日大勝の余韻覚めやらぬ第二戦は、2対1リードして後攻。勝利目前の9回、二死、ここで代打井上。どうってことはない。たちまち追い込んでツーストライク。150キロの剛速球。いけえ。
つぎの「この一球」で、ゲームセットのはずだった。うらみ骨髄、やられっぱなしの首位中日に連勝、というところで。あかん。
高めの球をセンターに、ホームランされてしまった。

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優勝はとっくにあきらめているが、阪神ファンには意地ちゅうものがある。それが藤川神話だったはず。藤川は、打たれない、打たれてほしくないというのが、トラキチの願いである。どの球団の主力打者たちも、直球とわかっていても打てない球速神話に、ぼくらは酔いしれていた。150キロを超える速球で、よその強打者がきりきり舞いという藤川ショーに、阪神お家芸の貧打拙攻の鬱憤をはらしていたのだ。それがノーマークの伏兵に打たれた。油断、それとも、慢心だったのだろうか。

でも、藤川は責められない。感謝脱帽である。あえて直球ばかり放らせたベテラン捕手の無策の配球ミスだと思う。巨人仁岡に本塁打されたときもいやな予感がしたのだが。

さて、これからだ。ぶんぶん投げるだけでは、もったいない。頭とデータを使って、緩急をつける(ほんのおしるしでいいのだ)配球を考えた省力投球を望みたい。そうなれば、選手寿命も延び、鬼に金棒だ。
藤川の恵まれたスピードに甘えすぎた捕手のリードを、ぜひ、早急に、カイゼンしてほしい。

投稿者 nansai : 11:47

2006年8月29日

八月二十九日(火)の二

オシミズムだ!
サッカー日本代表のオシム監督の評判がきわめていいようだ。Jリーグにそれほど精通していないぼくは、ジェフ千葉の監督の人物と実績はまったく知らなかった。ジェフ語録がテレビでも引用されて、門外漢のぼくも、うなずかされるところが多い。この人の似顔は、ぼくにも描きやすい。威風堂々、頑固で思慮深い牡牛に見立ててみた。

90分間走るサッカー、考えながら走るから頭が痛くなるサッカーをしろ、という。わかい頃数学者になりたかったかれの頭脳が編み出した複雑な練習メニューについてゆくのが、選手にとって大変らしい。でも、その努力は、かならず報われると、教え子のジェフの選手たちは言う。
経験に裏打ちされた含蓄のある言葉には重みがあり、考えさせられる。説得力とはこのことだろう。

用兵策でも人格でも、選手からこれほどカリスマ的に信奉されている監督は珍しいのではないか。体格では格差があるのだから、むしろ日本人の特性と強みを生かせとうれしいことをいってくれる。それは、俊敏さと組織力だ。これは、巨大な恐竜や翼龍と共存して生き延びた小さな哺乳類の戦いかただなと感じた。テレビの科学番組でみると、ねずみに似ている。

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イメージがわいてきたぞ。オシムに率いられて新生日本代表は、忍者か、こまねずみのごとく立ち回り、相手を幻惑しつつ、戦ってほしい。背の高い巨人のあいだを、すばしこくフェイントをかけながらパスをつなぎ、背の低い日本選手がゴール。というシーンが見られそうだ。韓国や北朝鮮のスタミナに負けない持続力のあるチームは、確実にできそうだ。

投稿者 nansai : 11:04

八月二十九日(火)の一

八月某日
思い起こせば、二十世紀の「平和」というスローガンは、ハトとかオリーブの葉とか、きれいごとのポスターの図柄にしかみえず、どうも現実味がないように思われてならない。

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61年前の総力戦に敗れた日本の昭和二十年を思い起こせば、あまりに抽象的だ。実情にそぐわない。61年前の暑い夏、国体の護持のために、日本国民は、一億玉砕を覚悟するように、政府から指導されていたのだ。

終戦。市民をまきこんだ大量殺戮そのものの戦争が終わった、原爆の威力はまったく理解できていなかったが、空襲で逃げまどわなくてもよい。もう殺し合い(日本が制空権をうしなってからは戦争末期は、一方的殺戮と破壊だったが、)しなくてもよい。その安堵感をなんと表現するか。平和という言葉に置き換えても、そらぞらしい。

レバノンでもイラクでも、きれいごとのスローガンよりも、もう殺しあわない工夫が、切実に大事なのだ。
どんな大義があろうとも、とりあえず、殺し合いをやめることだ。61年前の戦争指導者の一部は、その動きに最後まで反対した。そのため、100万人以上の無用の死者を出した。

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戦争が終わって、負けてというべきか、なによりも、うれしかったのは、夜、明かりがともせたことだ。灯火管制の必要がなくなった。空襲におびえずにすむのだ。電灯の笠にかぶせていた黒い布を取り去る。電球の光で部屋が明るく照らし出される。それがどんなにうれしかったことか。

投稿者 nansai : 11:00

2006年8月22日

八月二十二日(火)

魂は、ろうそくの炎のようなものだろうか。鎮守の森の木のように、そもそも魂は、一柱、二柱と数えられるものなのだろうか。
神道の教義では、祀られている魂の集団があるとして、そこからある部分の集団を、わけて祀ることはできないとしているそうだ。炎を、別のろうそくに移すことはできるのに。

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だれがきめたのだろう。どうも経典や教義にもとづいた神学論争を経た決めごとでもなさそうだ。
奇妙なことに靖国をめぐる議論は、ここに端を発している。A級戦犯の合祀の是非は、政治問題である。
ぼくは皇国史観の真っ只中で少年期をすごしたが、神道の神さんの世界の約束事には心得がない。分祀か合祀かについても、興味がない。だが、神さんの祀り方についての約束事の解釈で国内で目くじら立てて言い争い、それでアジアのもめごとの火種にするのは、生産的でないと考える。難問だらけの日本に、そんなヒマはないはずだ。

毎日新聞八月七日に連載された「靖国-戦後からどこへ::揺れる分祀論」に、いろいろと教えられた。
どうして「分祀」という考え方が許せないのか、不思議に思っていた。
分祀とは、ある神社の祭神をろうそくの火を移すように別の神社でも祭ることを指し、靖国からA級戦犯の御霊14柱を別に移すには、246万柱すべてをいったん廃祀することになるからだめということらしい。そんなことをだれがきめたかといえば、神社本庁で、教学研究所というのがあって、そこで決めるという。法王庁か、野球のコミッショナーのような存在か。
毎日新聞の取材によれば、担当の坂本国学院大学神道文化学部教授が、分祀否定見解を執筆した。しかし、坂本教授もいまは困った立場に立たされているようで、「これについて私は語れない。もし語ったらいろんなものが壊れてゆくだけです。::私は単なる神社本庁のプロパガンダをやっている男に過ぎない」と、述べていると、毎日新聞は報じている。
A級戦犯の合祀は、78年に、東京裁判を否定する松平宮司が、独断で敢行したといわれている。すでに故人となった一人の宮司の行動が、今、政界をゆるがせている。おかしなことだ。

靖国問題で、首相は心の問題だというが、それは立場を換え被害者の身になった「心の問題」は、また別だろう。アジア各国の戦没者は二千万人を越えるといわれる。アジアの人たちの感情を逆撫でして、居直ってしまい、ひっこみのつかぬ状況は、まずい。

元軍国幼年のぼく自身は、分祀か否かについて、深い関心はない。日常生活では、神主さんもお坊さんも、おおらかに、受け入れていて、細かいタブーは教えられていないし強制もされていない。アラブの宗派間の争いをみるにつけ、この日本は、宗教的には、自由な国である。
ここのところは、ひとつ、神社本庁におかれても、神さん側の面子も都合もあろうが、教義とか、かたくるしいことをいわず、あんじょう、丸く治めておくれやすと、お願いしたいものだ。

靖国神社の存在そのものに、先の戦争への反省がないと見る国もあろう。分祀なんかではすまされないということか。

ならばと、不謹慎ではあるが、ぼくは、いいアイデアを思いついた。
東の靖国とはべつに、アジアを見渡して鎮魂不戦の記念施設を、西の大阪につくろうではないか。
東西本願寺など、仏教にイニシアティブを取ってもらうのも一案。これまで、310万人の戦没者の霊を慰めるのに、仏閣はなにをしていたのだろうか。大寺院の建立、大仏さんや観音さんのモニュメントもいい。

また、無宗教で、パリの凱旋門やエッフェル塔のような記念建造物を構築するのも一案だろう。千年先を見据えて、国を越えて、先の戦争の全犠牲者を弔う記念碑を建てるのだ。
満州、中国、ガダルカナル、インパール、サイパン、硫黄島、広島、長崎、東京、大阪::それぞれの戦場被災地から、いささかの土を運びいれ、メモリーの塔を建てるのはどうか。いまだにたくさんの遺骨が収集されず、山野にうちすてられたままだときく。
平和史観にもとづく、かなりの規模の戦争博物館もつくりたい。藤田嗣治の戦争絵はぜひかざりたい。資料はすべてデジタルアーカイブし、他国の公文書館とも情報を公開しあいたい。
地盤沈下にあえぐ大阪は、こうした施設の勧請に手をあげるべきではないか。場所は、北摂がいい。JR吹田操車場跡地が最適である。万博公園と手をつないで、あたらしくアジアに向けて、たくさんの人を呼び寄せ、戦後61年平和を保った、若い日本のメッセージを発信したいものだ。アジア各国の若い人たちとの交流とコミュニケーションが喫緊の課題だ。隣の国々が恐れている軍国主義とは、日本は、まったく無縁の国であることを知らせたい。こじれにこじれた靖国問題がのどに刺さった骨であるならば、こうしたノーテンキで前向きな考えは、とりもなおさず、国のため心ならずも命を失った英霊の願うところではないだろうか。


投稿者 nansai : 13:02

2006年8月16日

八月某日

「敗北は、最良の教師である。」
もちろん、オカダ監督の言ではない。日本サッカーの救世主と目されているオシム監督の語録からだ。それも、緒戦に勝ってからぽつり、いいこというねえ。含蓄がある。
ああ、阪神が、ぼろぼろだ。先発投手が火だるまとなり首位中日に十一対一で破れ、マジック40が点灯した晩、見ていられなくなって、テレビを消した。

ときどき、気が向くと、昨年は何度も出た阪神特集雑誌を取り出し、マウスを動かして選手の似顔絵(のようなもの)を描いてみる。ページをめくりながら、いいポーズを探す。豆粒大の写真を見て描く。気分で描くからタッチがばらばらだ。

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藤川ついに登録抹消。恐れていた最悪の事態だ。ぼくは前々から、サンテレビで、木戸前二軍監督のテレビ解説が気になっていた。阪神OBだが、よいしょ迎合せずに、クールで的確な分析をする。かれは、何度も「このままでは、球児がつぶされる」と遠まわしにだが、阪神首脳陣の場当たり的な投手起用を非難していた。そのとおりになった。
ことしはもういいから、ゆっくり筋肉をもとどおりにほぐし直して復帰してほしい。
野手出身の監督は、投手をついつい酷使してつぶす傾向があるのではないか。

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藤川をこのままつぶしてしまっては、取り返しのつかない球界の大きな損失だが、過去、速球派の救援投手の寿命は短く、何度もこういう憂き目にあっている。連日連夜登板するのだから、二年と、もたないのではないか。
伝説的速球で救援し、打者を牛耳るかずかずの名場面は、いまもぼくらの脳裏に焼きついている。
語り継がれる伝説もいいが、一日でも長くしぶとくマウンドに立ってほしいものだ。

昨年の打点王今岡の抜けたことが、こんなにひびくとは。秋にはカムバックして打てるだろうか。

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投稿者 nansai : 18:03

八月十三日(日)

上海便り」。(佐藤惣之助詞)。七十年近く前、こんな勇ましくない、のんきな軍歌?が、はやっていた。

拝啓 ごぶさたしましたが、
ぼくもますますげんきです。
上陸以来きょうまでの
鉄のかぶとの弾のあと
じまんじゃないが、みせたいね。

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いまでもネットで探せば、軽いメロディーがパソコンのスピーカから流れ出てくる。この歌での「上陸」とは、昭和十二年中国上海への上陸作戦のことだ。
この悲壮感のまったくない気楽なメロディーを、幼いぼくは好きで、いつの間にか覚えていた。

今夜、NHKの放映した一時間番組NHKスペシアル「日中戦争」は、同時代にほとんどシンクロして生きたぼくにして、ショックだった。なぜ戦争は拡大したか―は、日本国民必見の重いドキュメントだ。
歌の文句とちがい、上海上陸は、鼻歌まじりの気楽な戦いではなかった。金沢の第一師団は、頑強な抵抗に会い、上陸以来半分の死傷者を出した。軍部が信頼し同盟国なはずのドイツが中国に軍事顧問を派遣し、上海周辺の陣地構築を指導していた。最新鋭の武器を蒋介石軍に売り巨利をはくしていたという。ヒットラーの二枚舌だ。意外だった。

八年間の戦争で、いったい何が起きたのか。なぜ無謀な太平洋戦争に突入して、どうして310万の日本人の命を失ったのか。中国人の犠牲者は一千万人とも言われていると、NHKスペシャルは、淡々と述べている。このような重い歴史の現実をぼくたちは知らされていなかったし、戦後は、戦時中のつらい史実を、振り返ろう、とも、後世に伝えようともしなかった。きびしい歴史に向き合おうとしていなかったのだ。
一時間のこのドキュメンタリーは、あれほどまでに無謀な戦争の大きななぞを解く手がかりを与えてくれた。もちろん、その一端に過ぎないが。
南京の虐殺についても、兵士の証言と、第一師団の戦闘記録に、殲滅の命令が出て、6千6百人の銃刺殺の報告が載せられているのを報じた。
NHKは、戦後61年にして、後世に恥じない立派な仕事をしたと思う。先回のNHKスペシアル「硫黄島」も、必見だ。玉砕の美名のもとの死んでも死ねない絶望の戦いの実態を生存者の涙の証言により、暴いてあますところがない。

なぜ戦争の拡大が抑えられなかったか。厳正な史実にもとづいて、あの無謀かつ無責任な戦争がなぜ起きたか検証せねばならない。戦後60年過ぎて、各国の公文書館で公開され閲覧を許され始めた。これを機に、史実を直視し、うやむやにせず、歴史にまなぼう。今後の日本の国のすすみかたに反映させねば、懲りずにまた繰り消しかねない。
歴史の法則に学ぶこと、これが真の意味での「悠久の大儀」であろう。過ちを繰り返さないために、こころして学ばなければ、心ならずも国のために倒れた人たちに申し訳ない。

宝塚線の痛ましい事故を引き起こしたJR西日本の管理責任が問われている。犠牲者107人だった。
300万人の戦争犠牲者を出した戦争責任は、あえて問われずにいるが、指導者たちの「業務上過失致死」で、すませてよいわけがない。国民に対する戦争責任に、A級も東京裁判も、関係ないと思う。

読売新聞が、「昭和戦争」を検証しようとしている。タイムリーないい試みだ。
ぼくは、この戦争を昭和6年からの満州事変、盧溝橋に端を発する「支那事変」と、米英に宣戦布告した戦いの質の違いを認識すべきだと思う。なによりも、いったい何が起きたのか、史実に向かい合い、知ることだ。知ることにしり込みしてはいけないと思う。解釈は、後世の歴史家にゆだねるとしても。

靖国問題で、テレビは、プロレスのバトルロワイヤル状態になった。立場をことにする敵味方討論では、双方が突如激昂したりして、場外乱闘となり正常な議論ができない。日本人同士も、歴史について、あまりに情報不足で判断の資料を共有していないから、話し合いで分かり合える域を超えているように思える。


投稿者 nansai : 17:54