縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2006年9月 4日

九月四日(月)

タブーについて語るのは、いつの世でも、難しい。
人の考えには、とてつもなく大きな幅、意外なほど深いミゾがある。もっとも、深くは考えていない人(選挙権は持っている)が、大半なのだが。
「私は子猫を殺している」。
こう切り出した坂東真砂子さんの日経にのせた猫殺しエッセーは、誰をも仰天させ、誰にもわかりやすいテーマだった。

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新聞紙上では音なしだったが、果たせるかな、ネット上では、おもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎになった。
あちこちで臨時魔女裁判が弁護士なしで開廷された。タヒチ在住の本人が予期したように、鬼とののしられ、罵詈雑言の十字砲火が浴びせられている。
いや、すごいものだ。覚悟の上で、タブーにちょっかいをだした坂東さんにとっては、逆さ張り付けは、本望。思う壺か。

ぼくには難解な文章だが、要するに、彼女はじぶんの飼い猫に不妊手術するにしのびないし、そもそも人間は、メス猫の「生」、発情期にセックスし子猫を産む幸せをうばってよいのか、ということらしい。でも、子猫の野良猫化は、社会の迷惑という認識に異存はないという。

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メス猫は半年で母親になり、一度に5,6匹の子猫を産む。
飼い主としては、当然面倒見切れないから、貰い手をさがすか、捨てるかだ。捨て方がむつかしい。?坂東女史のように勇気がなければ、情がうつらぬように、できるだけ遠くに持っていって捨てる?自分で手をくださずに、役所に処置をたのむ。イヌネコで年間40万匹が処置されるらしい。
だからといって、生まれた子猫をすぐ殺してもよいのかと、ここで、非難が一段とヒートアップする。

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しかし、そもそもだ。イヌや猫を人間がペットとして行動の自由を束縛するのはいかがなものか、所有の傲慢だと彼女はいう。
うーん、そうではあるが、この生きにくい世のなかで、信じられるのはペットのお前だけだと、孤独な人や寄る辺のない高齢者の精神安定剤の役をはたしているばあいもある。
元野良猫の、ぼくのイエネコもそんな存在である。
環境庁のご指導のとおり、(配布のパンフに飼い方が載っている)異性に会うこともなく、外にださずに、イエの中で居場所を自由に転々としつつ、家族に猫かわいがりされて、生きている。一日の大半は動かず眠っているようだ。首に鈴をぶらさげ、猫じゃらしに走り回って飛びついているが、不憫といえば、そうかなあ。ソニーが製造を中止したロボット犬も、アメリカの老人ホームで人気だとか。
ペットは、現代では、家族の一員になってしまったのか。傲慢な人間に、意向をきかれもせずに。

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子猫を殺した告白は、魔女狩りで憎悪の的となっているが、問題の根ははるかに深く、重く受け止められねばならない。こうして平成版の生類憐み論争が繰り広げられているのは、いまの日本があまりに平和だからか。
しかし、子猫殺しも大問題だろうが、いまもなお、この国にいろいろ存在するタブーを根深いタブーのままに、くさいものにふたして葬ってはいけないと思う。自由闊達に議論できる国であってほしい。

殺すという行為が、人に向けられることは、重い。
昭和六年以降の戦争の実相を語ることは、兵士にとってタブーだったのだろう。
昭和十二年の中国の上海戦線で、なにが起きたか。
90歳に近い元兵士たちが、孫たちにきかれて、口を開き始めている。NHKの9月2日放送の「祖父の戦場を知る」は見ておきたい番組だ。「孫たちへの証言」は、大阪の出版社が毎夏戦争体験の手記を集め19冊を数える。最近孫世代からの投稿が増え初めた。番組は、「自分はたたみの上では死ねない」といった祖父の戦争を知ろうとする孫たちを取材している。

投稿者 nansai : 2006年9月 4日 15:21