縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2006年9月21日

九月二十一日(木)

困ったことになった。
隣のイタめし食堂「マリアン」の大将が妙なことを思いついたのだ。店の奥に中古のパソコンをおいて、このらくがき絵巻を、いつでもだれにも、自由に見られるようにするというのだ。置く場所が店の隅っこだから、だれも気づかないかもしれないが。

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そもそも、この変則ブログは、ウエブで日本語の読みやすい縦組みを普及させたい、という高邁、かつ雄大なアマノジャク的動機から出発した。見た目が大事のスタイルシートだから、当然、中身に関心を持つ人はまれである。ブログといっても、変則で、双方向コミュニケーションに背を向けている。

じまんではないが、中身は、ほとんど蒸留水。毒にもクスリにもならないことは保証する。年寄りがわけのわからぬことをぶつぶつひとりごとをつぶやくように、即興の「絵のようなもの」を描きちらし、それに短い(つもりの)縦書きで文章をつけている。

いぶかしく思われても、絵にならなければ文章をつけない、という理屈に合わない妙なところに、ぼくはこだわっている。取り上げるテーマは世に掃いて捨てるほどあるから、本末転倒といわれても、下手でも、絵になるかならないかが、みそなのだ。
絵と文がつるみあい、ワルツを踊るのだ。ジルバもいいな。(ロックはわからない。)「平成の文人画」と、大きく出たいものだ。
プロのデザイナーが見向きもしないペイントで、しろうとのぼくがマウスを操って描くのは、いい気分だ。
いったい誰が描いたのか。ふふふ。年齢不詳の「変人二十面相」が、ぼくの世を忍ぶ仮のすがたのはずだった。

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こんな内容の薄いコンテンツでも、みてくれるひとがいないでもないが、ノー サンキュー、コメント主義である。ごくまれにわが意を得たようなのが出来たときは、風呂場で鼻歌のひとつもでるが、他人にきかせることではない。「へをひっておかしくもなしひとりもの」が、もともとの趣旨だ。

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イタめし食堂マリアンは、21世紀に向かい、スローフードの提供を誓った。店の壁には、ぼくの「絵のようなもの」のプリントアウトが、額縁におさまって、不ぞろいにならんでいる。スローフードを目指す店主の願いが、絵馬として飾られているのだ。

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古いパソコンが、奥のワイン棚のすみにおいてある。ここで見ようと思えば、このブログがみられるのだ。

客がみることのできるパソコンがおいてあるレストランは少ない。特定のブログをいつもみられるようにしてある店も事務所もないから、これは、たしかにアイデアだが、ぼくにとっては、なんだかへんなことになった。
落ち着かないのはどういうわけか。よくわからない。申し訳ないが、見てくれる人の顔がみえることのわずらわしさだろう。若々しいつもりのパフォーマンスが売りの覆面レスラーのマスクがずり落ちて、はげ頭を見られてしまうようなものか。

ここの大将は、ひげの濃いクマなのに、なかなかのアイデアマンである。パン屋も経営して、眠い目をこすりながら早起きしてパンを焼いている。よそにないトリノ風「グリシーニ」が後を引くと評判だ。

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数少ないぼくのタニマチだが、(ときどき、おかみさんの目を盗んで、ワインを一杯だけふるまってくれる)つねづね、いやみをいう。
「なかなか更新されませんなあ。」
「この絵は前にも見た」
「文章が長すぎる」などなど。
いちいちご指摘のとおりだ。

でも、バーチャルに書いたり描いたりするとき、特定の見る人、読む人を気にしすぎるのは、もともとの趣旨に反する。何かいわれても聞こえないふりをする、いわゆる「勝手つんぼ」が、ぼくの覆面スタイルだった。くさされるのもいやだが、ほめられるのもしんどい。頭隠して尻隠さずでいいじゃないかと居直れるのが、ブログだ。

しかし、まれにだろうが、店の奥のパソコンを覗き込む女性たちは、目が高いことが予想されるのだ。怖い存在である。まあ、この猫かわいいとか、反応が早い。(絵にかんしては、たいていのおじさんはめくらだ。)そうなると、無意識に、彼女たちのうけをねらおうとする気弱な自分がこわい。

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正体のばれたぼくは、愛想笑いしながら、マウスでのお絵かきがどんなにかんたんかを、この古いパソコンの前で得意げにマウスを動かして実演するようになるだろう。動物園で、絵が上手というふれこみのチンパンジーが、絵の具で紙と手をべたべたにしながら、めちゃくちゃ描きなぐって、幼児たちの人気をさらうように。
年賀状のマウスでの描き方(来年はイノシシだ)なんか教えてあげると、客寄せパンダならぬマウス絵ジーさんは、この町内の有名人になるだろう。
気の重いことだが、そうなれば、ここの大将の思う壺なのだ。

投稿者 nansai : 2006年9月21日 13:49