縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2006年12月 4日

十二月二日(土)

昭和は、すっかり遠くなった。なかでも、昭和三十年代が懐かしがられているらしい。意外な気がしないでもない。

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映画「ALWAYS 三丁目の夕日」は、昭和三十三年、東京タワーがまだ建設中のころの東京の下町が舞台だ。昨年封切られ、大ヒットしたそうな。
今ほど便利でも裕福でもなかったが、人々は来るべき21世紀を夢見ながら、ひたすら前に突き進んで生きていた。(サイトのイントロダクションから)そんな素朴な住人たちのかもし出す人情ドラマが、先日、金曜ロードショー20周年特別企画として、日本テレビ系で放映された。

昭和三十三年。家々に三種の神器テレビ、冷蔵庫、洗濯機がまだめずらしく、塾に行かずにすむ子供たちが泥んこになって遊ぶ横丁や原っぱ。
そこに暮らす善意のひとたちの悲喜こもごもの人情エピソードが、いとしく せつない。懐かしい。あのころはよかった、と涙の共感を呼び、200万人を動員する大ヒットとなって、2005年の日本アカデミー賞を総なめした。
ビッグコミック連載開始から30年以上を経た西岸良平の原作(総発行部数1400万部もすごい)を最先端のVFX技術で映画化したという大作だ。

だが、昭和三十年代の企業戦士?の一兵卒だったぼくは、漫画にも映画にも疎いせいで、うかつなことに、この話題の作品については、まったくなにも知らなかった。

「携帯もパソコンもTVもなかったのに、どうしてあんなに楽しかったのだろう。」このキャッチフレーズが泣かせる。
どうも、ぼくら兵士の主戦場だった昭和三十年代が、ぼくよりも、やや若い層に、懐かしがられているらしい。そうだったかなあ。
そういえば、ぼくが郊外の公団住宅で所帯を持ったのが三十五年。団地の各階両隣の皆さんとのあったかいお付き合い、すっかり忘れていた。

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みんな元気で毎日が楽しい何かがある時代だった。(夕日町オフィシャルガイド)
「どうしてあんなに楽しかったのだろう?」
といわれてみると、へえと、がくぜんとしたのだが、同時代の空気を吸って生きたぼくにしてみれば、正直言って、くすぐったくも、面映い気がしたこともいなめない。

あのころ、こどもだった人たちの思い入れは深いものがあるのだろう。映画のサイト「昭和語録」に、寄せられた感想をみると、昭和三十年以後に生まれた人たちからが多いようだ。あの戦争中と終戦直後の日本を知らないかれらにとって、ノスタルジックな遠い昭和は、甘酸っぱくいい時代に映るのだろうか。

高度経済成長前夜のそのころ、ぼくらは激しく変化する社会という戦場に駆り出された。
企業戦士というか、新兵として、がむしゃらに走り回った記憶がある。よく言えば、未来に、前向き、それもひた向きに。
ぼくらを負かしたアメリカが、追いつく目標だった。だれもがプロジェクト・エックスの一員のような昂揚した気分だった。
社会に出たぼくらは無我夢中で、振り返ろうにも、いとしく切ない思い出とは無縁に、突っ走ったのだろう。

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町を走るオート三輪の群れ、ミゼットのコマーシャル、
夜な夜ないりびたっていたトリスバー、おせじにも、アメリカ映画に出てくる景色ほど、かっこいいとは思えず、子供たちが夢中になって回していたフラフープも、ブームはすぐ消えたが、ぼくらは売るほうの側だった。
当時、小津安二郎の描く名作の世界も、うつくしすぎてまばゆく、あくせくゆとりのないぼくの目には、どこか現実と遊離したきれいごとのように映ったことを思い出す。

昭和二十年、国敗れ、ぼくらの親たちは、復員し、引き揚げ、廃墟から立ち上がった。感動的な「夕日の三丁目」の舞台は、十年前、そこはただ見渡す限りの焼け野が原だった。
「もはや戦後ではない」と経済白書が言い切る昭和三十年代へたどりつくまでに、朝鮮動乱をはさみ十年。
瓦礫からの日本経済の復興は、かれらの力だった。

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まったく偶然に、たまたま、乗ったタクシーで、あと二年で定年を迎えるという年配の運転手さんから、集団就職の思い出話をきいた。
同級生たちと就職列車に乗って、鹿児島からでてきたのが、昭和三十四年。当時住み込みの日当百八十円で食費など百十円引かれる。残らない。食事は、どんぶり飯の盛りきりだから、おなかがすいてすいてたまらない。ごくまれに、チキンラーメンに生卵を入れて食べたが、それがうまかったこと。
どんなに苦しくても五年間は我慢して勤める約束で、国に帰る旅費もなく布団をかぶって泣いたという。

それぞれの昭和三十年代を経て、今日のぼくたちの日本があるのだ。せつないほど懐かしいか、思い出したくもないか。それぞれの夕日。

「きれいだねえ。」
映画のおわりに、燃えるような夕日を鈴木オートの親子三人で眺めている。
「あたりまえじゃないか。」夕日を指差しながら主人公の少年がいう。
「明日だって、あさってだって、五十年先だって、夕日はずっときれいだよ。」
「そうだといいわね」「そうだといいなあ」
と少年の若い両親がうなずいて映画は終わる。

投稿者 nansai : 2006年12月 4日 10:57