縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2006年12月13日

十二月十日(日)

死んでたまるか。ジミンザウルスの再生復活

郵政改革への造反議員十一名の復党、道路財源の結末をみると、ああ、むかしながらの懐かしい自民党が、勝ち誇って帰ってきたなと思う。もともと、自民党という政党は、利権の肉食恐竜である。頭が無数の族議員にわかれている。ところが、このヤマタノオロチは、頭脳明晰でIQと経験に裏打ちされた知恵に長けている。各業界から栄養を吸い上げるたくさんの口と歯を持つ。

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小泉改革で、ついにこの首たちが縮み、斬られたと、ぼくら国民は快哉を叫んだ。のは、甘かったのだ。
郵政、道路、農水、厚生、金融、防衛、それぞれの族議員の集合体が、国民から集め借金した財源を奪い合い、官僚と利権を構築し分かち合う構造は変わらない。

この恐竜は、選挙のときだけ食事する。つまり、有権者(およそ半分は棄権するが)の票を掻き集めてむさぼり食って生きている。見返りに各地域の選挙区に利益を誘導せねばならない。地域の利益とは、過去を見ればあきらかだ。テーマパークでも公民館でもダムでも橋でも地下駐車場でも、大義名分はなんでもよい、口実を設けて土建土木工事をおこし、地元業者を通じて、カネ(つまり税金)をばらまく。その結果、たとえば維持継続に必要な計画はずさんなでっち上げ作文だから、運営はどうにもならず、大阪や夕張のような惨状となる。

民主主義の運用に欠かせないステップが、選挙だ。
市知事選、県会議員選、参議院選、当選するため、候補者は地元の利益誘導を陰に陽に、約束しせざるをえない。土建業などをはじめ期待の大きい業界は、支援の見返りを願って、自分のため地元業界のため選挙資金を投資することになる。ばくぜんと日本をよくするために見返りを期待せずに、献金する人も企業もいない。

こちらの恐竜は、コイズミ期の地殻変動になんとか耐えて絶滅を免れたところだ。たくさんあった首は、くわばらくわばらと、みなちぢめていたから外からみえにくかった。

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しかし、ジミンザウルス、いや、ゾクギインザウルス恐竜は、かんたんには絶滅しない。田中角栄が精密に設計した自民党の恒久集票マシーンを利用した利益還元システムは、各分野で政官民の緊密な協力のもとに、しっかりと日本列島に根付いている。そのシステムの保安要員が、目を光らせている族議員なのだ。かつての「抵抗議員」のレッテルは、もう剥げ落ちた。

世論調査で、党内融和をかかげ妥協を続ける安倍首相のもと、自民党が「古い自民党」に帰ると見る人は40%だ。残念だが、そうなるだろう。

「改革の敵は、党内にある」と朝日新聞の社説は指摘する。まったくそのとおりだ。
しかし、傷も癒え首の生えそろったゾクギインザウルスは、いごこちのいい日本列島の選挙区を、ゆうゆうと闊歩し続けるだろう。改革は、田中角栄のDNAを引き継いでいるから、この恐竜の体質に合わない。

民主主義は、まず選挙だ。が、地域という部分最適でない、全体最適をめざす「国益」を願って選挙がおこなわれるか。そこが、問題。とりあえず選挙に勝つ「目先の結果優先」主義は、候補者の人選に問題があれば尻尾が頭部を振り回すことになりかねない。こまったことである。
かねてから、相手はおばちゃんとみて選挙民をなめてかかり、自民党は、見た目で勝負してきた。プロレスでもお笑いでも、深く考えずに即席に擁立した候補者の人気だけに投票する単純な有権者たち。その一票をかすめとろうとする戦略だ。立法府で法律を作る常識も識見もない人たちで多数化をはかる似非民衆主義はこわい。
いってみれば、ジェット機のコックピットにずぶのしろうとを機長としておくりこむようなものだ。当選したら、たくさんの国民の命と財産をあづからねばならぬ立場なのに。

選挙以外に方法がないのだろうが、広く長い目で見た民主主義の結果が危ぶまれるのは悲しいことだ。日本に限ったことではないようだが。
民主主義は、抗がん剤にも似た投票主義の副作用をどう抑えられるのか。結局は、有権者の責任ということに落ち着くのだが。複雑怪奇である。

投稿者 nansai : 2006年12月13日 14:31