2007年01月08日
一月六日(土)の一
らく描き、書き初め
めでたさはこんなものかも大あくび
めでたさや平々凡々万々歳
そのうちに「きょうは何の日?」お正月
ハレとケの日の区別のない時代になった。正月も、いまやふつうの日である。松の内も、ただの連休だ。
としのはじめの、ためしもけじめも気にしないでよい、めでたい御世である。
クリスマスを祝う習慣のないころに「もういくつ寝たらお正月」と指折り数えて歌ったような盛り上がりはない。こどもたちの羽根突きも、凧揚げも、独楽遊びも、みかけることはない。
年が改まるといっても、年賀状は年末にせかされて投函してしまうし、家々が門ごとに国旗を立てるとか、
一家そろって神棚に手を合わせるとか、取引先、職場の上司だけでなくご近所、親戚へも盛装して年始回りとか、かしこまった儀式めいた行事が一切合財なくなったからだろう。
ほろ酔い機嫌で、グーグルを散策、徘徊していたら、「小学校祝日大祭日儀礼規定」がでてきた。
思い出した。ぼくの子供のころは、小学校で、一月一日に式があったのだ。
この明治23年の文部省令によれば、学校長、教員および生徒一同は、式場に参集して、天皇陛下と皇后陛下のご真影に対し最敬礼を行い、万歳を奉祝する。恭しく教育に関する勅語を奉読する、とある。
ぼくらは、二枚のセピア色のご真影の額のかざられた講堂で、たしか素足で立ったまま頭をたれ、校長の奉読する教育勅語をきいた。だが、「朕思うに」以下勅語をうやうやしく棒読みされても、小学生には難しすぎて聖意のあるところはさっぱり理解できなかった。
戦前のそのころは塾も補習もない時代で、放課後にあちこち道草したあげくランドセルを玄関に放り出し夕方まで遊びほうける日々。結果的に、あれは「ゆとり?教育」だったなあ。
甲羅へて年老いたワニのようになると、新年といっても、年が改まり、身も心も引き締まるという感じがうすれてくる。べつに、こまりはしないが、ふしぎでもある。
オカダ監督ではないが、つい居直ってしまうのだ。正月も、365日分の一日に過ぎないと。
ぼくは、例年、年賀状の干支にちなんだアイデアを考えるのは大好きで、何ヶ月も前から、試作を描き散らす。昨年も、イノシシは、マウスを動かして数百匹描いた。ところが、大あわてで年賀状の宛名を書くのは、ぎりぎり押し迫った三十日と三十一日だ。気がせくので、毎年、書き損なったり出し忘れたりする。
悲しいことに、もともと少ないあて先の数も、年々くしの歯をひくように減ってゆくのだが。
便利安直なメールに食われ年賀状を出す人が、年々減ってきて、郵政省もあわてていることだろう。危うし年賀状。元日配達は、7年連続、前年比6・7%ダウンだ。投函日も年々遅くなる傾向だという。
「返り年賀」というのが、あるらしい。わかる、わかる。元日の年賀状を見てから、あわてて返事を出す人も多いそうだ。
今年は、年賀はがきで、ハワイ旅行が当たるそうだ。
郵政公社によけいなアイデアをひとつ。消えてゆくこどもたちのお正月風景を再現する意味で、羽子板を景品にしてはどうかな。公募して、図柄にアイデアをこらす。ちなみに、この羽子板は、抽選に当たったイノシシがワイキキの浜でフラダンスを踊るというくだらないもの。
年賀状の投函日が遅くなるのは、出すほうの都合から見れば自然なことだ。
ぼくも、あわただしい年末、早くと早くと、郵政公社の配送体制の都合で、せかされたくない。
そもそも賀状が元日に届かないのが、エチケットに反すると、誰が決めた?そのような暗黙のルールはしんどいし不自然だ。
昔のように、ゆったりとした気持ちで元旦に賀状をしたためる風習にもどしてほしい。
いまはすたれたが、もともと年始回りの代役が、年賀状なのだ。
受け取るほうよりも、むしろ出すほうの気持ちと都合を優先すべきである。そのほうが、郵政公社も年賀はがきがよく売れて、えびす顔になること疑いなし。
わが町では、郵便局のサービスは、みごとに、よくなった。二日も配達するし、窓口も歳末のぎりぎり投函、返り年賀にも、待ち構えていてニコニコ対応してくれる。天晴れである。
投稿者 nansai : 2007年01月08日 19:32


