縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2007年1月15日

一月十一日(木)

三千人と三百万人と
日本中のメディアがホラー死体バラバラ事件で持ちきりのさなか、イラク戦争について、アメリカ大統領は国民に向かい、苦渋に満ちたテレビ演説をおこなった。

ブッシュ大統領は、中間選挙の敗北で窮地に立ち、長老たち専門家のアドバイスもあってイラク戦争の段階的撤退を迫られていた。が、予想に反し、自分の過ちを認めつつも、窮鼠は猫を噛む挙に出た。一転強気とも思える二万人のごり押し増派計画である。

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このままでは引き下がれない。増派した兵力を、バグダッドに集中し、血みどろの宗派間闘争に中に割ってはいるというものだ。長老たちの勧告はしりぞけ、隣国イランとシリアには、対話ではなく、敵意むき出しで対応する。
果たせるかな、ものすごいブーイングである。狂ったブッシュのベトナム戦争だとも。

ぼくには、決して他人事と思えない。
昭和初期の日本と、重ね合わせてみている。「あの戦争」に突入する前の昭和十二年から十六年までの大日本帝国の、国としての迷走ぶり、とだ。
公爵近衛文麿が輿望をになって三度組閣した近衛内閣は、盧溝橋事件以来、泥沼の中日間の紛争に歯止めをかけられず、現地の軍部の独走を許し、最悪の選択ナチスドイツ、ソ連と手を組むにいたった。南仏印に兵を進め、鉄、石油の禁輸を通告されて、「やむを得ず」追い詰められた挙句、国の運命を東条内閣にゆだね、総力戦になだれこんだ。軍部だけでなく、新聞も国民も、戦争やむなしという国民感情の土石流に身を投じた。

アメリカの戦死者は、開戦三年を経て、三千人を越えたばかりだ。しかし、この数字に、軍関係者をはじめ、反戦の世論はわきあがっている。アメリカのテレビによれば、演説直後で、ほぼ七割が反対である。

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昭和十六年、大日本帝国は、米英を相手取って総力戦に突入した。国の面子を賭けた、売り言葉に買い言葉、騎虎のいきおいだった。その代償は、想像を絶した。
戦没者三百万人である。

あの当時振りかざされていた大義がどうあれ、東条英機も山本五十六も、近代の国家総力戦に敗れれば、当然、国が焦土と化し、いったいどれだけの人命が失われるかの想像がつかなかったとしか思えない。
大義は、為政者によって大きく揺らぎ変動する。
戦争末期には、大日本帝国は、戦争目的を
切り替え、本土決戦を閣議決定した。国土が戦場となれば、沖縄、サイパンのように一般市民、住民に莫大な被害が出る。国体を護持するためにと、一億玉砕を新聞も叫んだ。

日米彼我の戦力差は、戦う前からわかっていった。
戦争は、ごっこでもなくおもちゃでもない。アメリカを相手の国家総力戦に、精神論や大和魂で勝てるわけがなかったのに。

大日本帝国は、昭和二十年までの四年間に海外の資産全領土と、三百万同胞の尊い人命を失った。みな陛下の赤子である。うち戦闘員は、二百七十万人、その七割が餓死、という声の出ないほど悲惨な結果に終わった。戦場にまきこまれたアジアの民衆の被害は、何千万ともいわれている。

三千人と、三百万人。戦争で人が死ぬということは、それぞれ国ごとの大義のもとに駆り立てられるのだが、それにも限度があろう。もし国敗れて三百万人の国民の命が失われるとわかっていたら、あえて戦争を始める指導者はいるだろうか。あまりにも無知、かつ無責任。リスクマネージメントの初歩の見積もりの問題である。靖国神社に参拝するかどうかとは、違う次元の問題なのだ。

戦争の拡大をめぐってのアメリカの大統領と議会のせめぎあい関係に注目しよう。与党は中間選挙で破れ、民意は戦争に反対を投票で表明した。

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アメリカは、戦前の日本と違い、シビリアンコントロールだ。軍人の上に、文官が位置する。軍人が政治を圧倒する仕組みではない。 
昭和の軍国日本では、大元帥を擁して統帥権を振りかざして、軍の意向に反する一切の言論を封じた。むちゃくちゃだった。
今回は、増派に反対の慎重論の将軍たちを、文官のブッシュはくびにした。朝鮮戦争の拡大を主張するマッカーサー元帥をくびにしたトルーマンのように。

憲法上は、議会が大統領の上に立つ。野党民主党は、戦費をカットできるのだ。しかし、戦車の燃料を抜いて動けなくすることは難しいだろう。
大統領は、拒否権を行使できる。

歴史の教えるところでは、戦争を始めることはかんたんである。
しかし、勢いのついた戦争をやめるのは至難だ。
負けてはいない。が、勝ってもいない。勝ち負けのはっきりしない戦争ほどそうだ。
大義にもとり、流した血、英霊に申し訳ないという論理が働く。

今ふりかえれば、日本には昭和十二年と昭和十六年と、昭和二十年に転機があった。大日本帝国に、世界と歴史を見渡しての選択肢という概念がなかったのが、あの取り返しのつかない悲劇を招いたのだ。

アメリカは、朝鮮戦争、ベトナム戦争と、戦争の拡大を防ぎ、やめることの困難に、歴代の大統領が直面してきた。

あらためていま、アメリカの民主主義のしくみの有効性がためされている。建国の父たちの叡智が憲法に生かされているのが、アメリカの誇りなのだが。
歴史に何を学んだのか。アメリカのイラクへのかかわりの今後に注目したい。


投稿者 nansai : 2007年1月15日 16:04