縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2007年1月29日

一月二十八日(日)

ハッピー?バースデー

誕生日を迎えた。
いよいよカウントダウンの段階にはいった。ぼくのまわりは、家族も、みな知らん顔だ。いくつになったか?この歳になると、「おめでとう」など、こころにもないことはいえないのだろう。武士のなさけ、惻隠の情というやつである。

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パーティーはしないが、腕をふるって、バースデーケーキを描いた。ろうそくの数は、計測不能、でたらめである。
あっという間に三つも描いた。
画餅ならぬ画ケーキ。これなら、不二家のように賞味期限でとっちめられることはない。

老年が青春を演じようとしだすと、老年は卑しいものになる。と、ヘッセが書いたものにあるそうだ。
そのとおりで、老いを受け入れない老年は醜い。
以上は、中野孝次の「今ここに―充実した老いのために」からだ。
老いを戒めることばは、多い。愕然とする。
孔子は、例外なのだろう。
論語では、自分は70歳になって、こころのおもむくまま、のびのびと行動しても、規範からはずれることはなくなったといっている。
凡人はそうはいかない。

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そうではあるが、この歳になったら、老人の美学もほどほどに、という気になっている。孔子様には及びもないが、そこそこの自前のブレーキを信用しよう。
いちいち反省するのもしんどいし、もう自然体でいこうやと、若いころからいい加減なぼくは、居直ってしまう。
要するに、見苦しいはずの、自分の老いに鈍感なのだ。こまったものだが、つけるクスリがない。

ありがたいことに、還暦をはるかすぎたころに、MSペイントで絵が描けることを雑誌で知った。不器用でずぼらなぼくでも、デジタル機器のおかげで、マウスを操って、下手なりの横好きのお絵かきができるのだ。

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好きな色を勝手に塗りたくるのに、年齢はカンケイない。ピカソや北斎をみてみろ。
くまやネコやいぬの絵のプリントアウトを、隣のイタめし食堂マリアンにはりだしておくと、お客のご婦人方のお目にとまることもある。また聞きだが、べつに専門家でもない彼女たちの「ま、かわいい」は、最高の賛辞である。ついつい、ひそかにウケをねらっている自分がいて、ぎょっとさせられる。

600年も前の徒然草にも、いやなことが書いてある。
「聞きにくく見苦しきこと、老い人の、若き人に交じりて、興あらんと物言いたる。」と。
老いを受け入れない老年は醜い。そのとおりだろう。

しかし、兼好法師にもヘッセにも申しわけないが、凡愚のぼくはぼくなりに、デジタルを杖とすがり、余生を興に乗って、過ごしたいと思うきょうこのごろだ。いいんじゃないの。たいしたことはできなかったが、なにしろ、孔子様よりも長生きをしてしまったのだ。

21世紀の、このバーチャルな世界では、姿さえみせなければ、老年のぼくは、いつまでも水も滴る若衆絵師に化けていられる。と、思いたい。

で、以下は、誕生記念に自画像?悪乗りのナンサイ像だ。

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見てのとおり、桃山時代の屏風絵からのパクリである。化けた若衆のバサラ振りが気に入っている。

だが、虚実どっちも、実像とは似ても似つかぬ「捏造」じゃないの。と鋭く見抜かれれば、あっさり、ごめんなさい、なのだが。

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投稿者 nansai : 2007年1月29日 10:51