縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2007年2月15日

二月十四日(水)

「誰かチョコ」

「誰かチョコ」というキーワード?が、BLOG頻度順の上位にきているのをみて、びっくりした。
「誰かチョコ」くれえ、といううめきだろうか。
YAHOOでサーチしたら、なんと660万件だ。

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まさに天下の奇習、バレンタインデーである。見たこともない異教の聖人をあがめる(らしい)日に、本邦でも、高価なチョコレートを豪華包装してプレゼントする。この国の誕生日には、まるで無関心なくせに。
デパ地下は、ごったがえすチョコレート博覧会だし、NHKは、特別番組で世界のチョコレート作りを紹介していた。

世間のせまいぼくは、驚いた。この奇習は、国のすみずみにまでひろがっているんだなあ。
メリーチョコレートの「わくわく川柳」が面白い。
川柳といっても、きまじめな作品が多い中で、ユーモラスなのをいくつか。

愛よりも人道支援の
ようなチョコ(46歳会社員)

義理チョコに両手
あわせる年となり(66歳団体役員)

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チョコレートにかこつけて、思いを伝える。恋人同士か、言い寄りたい相手に、渡す。それはいい。

あげる人がいない、渡す人がいない場合、配らねばならぬのは、つまらん。かねてから評判の悪いギリチョコは、いま窮地に立たされているという。
テレビ報道では、職場によっては、こぞって義理チョコ廃絶を決議したところもあるそうな。そりゃそうだろう。正論だ。

おくるほうの出費もたいへんなら、もらうほうもぎょっとすることがあるらしい。お返しに気を使うし、想定外の贈り手からもらったときなど、困惑するという。「友チョコ」が、今年のトレンドワードになっていた。

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しかし、「義理チョコ」は、世界に誇る?日本社会独特の風習だ。なくなるとさびしいなあ。「誰かチョコくれえ」も、わびしいもんだが。

本来、へんなお色気抜き、お返しなし。が、正しいギリチョコのすがたである。年賀ハガキみたいに考えてはどうかな?

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しかし、それにしては、高すぎるぞ。
お年玉ハガキみたいなものと考えたら、チョコ一個、せいぜい百円。寒中見舞い風のカードをそえて。
大阪のおばさんたちは、のど飴をいつも携帯していて、やたらにくれたがる。あの「おひとついかが」のノリを真似しては?

甘みのない苦いダークなチョコは、血圧やガン予防にいいと学術的にも証明された。もらえれば、ひとかけでも、からだにいい、ありがとさんなのだ。
もちろん、チョコのフィギュアもおもしろい。世界一のオタク日本だ。手の込んだアイデアあふれる極小成形品は、お家芸だ。改めて、一個百円のチョコフィギュア。人間考えることは同じで、店頭には、いち早く小さいテディベアなんかが並んでいた。

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日本は有力市場と見られているのか、この高級ブランドのオーナー、マルコーニ氏は、はるばるベルギーからきて阪神のデパ地下売り場で立ったまま、商品にサインしていた。
占領軍ジープのあとを「ギブミーチョコレート」と叫びながら追っかけた終戦時を振り返ると、いま、ぼくらは、飽食のかぎりをつくしている。
ここで正義をふりかざすなら、フェアトレードに注目したい。ネット上では、情報があふれている。
ココア豆の生産地は、象牙海岸とかガーナとか、なにしろ労賃が安く、世界最貧国だ。アフリカの子供たちが学校に行けるように、適正な価格で、搾取されている国の農民のココア豆を買おう、という動きがある。

ぼくがチョコレート会社のえらいさんなら、BLOGでの「誰かチョコ」の悲痛なうめき声に耳を傾ける。のど飴クラスの、安心して配れるギリチョコの開発に、本気で取り組むようにはっぱをかける。儲かるまいがね。
さもないと、赤字に悩みアイデアに飢えている郵政公社が、津々浦々の郵便局で、アフリカ人道支援「チョコメール」を売り出すかも知れないぞ。

投稿者 nansai : 2007年2月15日 11:43