縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2007年4月 2日

三月三十一日(土)

沖縄戦の修正?文科省が教科書検定

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これは、徳利ではない。
昭和二十年の沖縄戦で使用された日本陸軍の手投げ弾だ。「決戦手榴弾。」金属不足で、なんと陶製である。上部にマッチのような発火装置があり、信管部にはゴム製皮帽がつけられ、中に火薬がつまっている。(ネットで発見した。信楽古陶館や海兵隊沖縄戦資料館に展示されている。左の絵は、米軍使用のMK2。)

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敗色濃い沖縄戦で、戦禍に巻き込まれた住民は10万人近い犠牲者をだしたが、戦線の一部では、日本軍から、自決するための手榴弾を渡されたという。おそらくこの種の陶製の手投げ弾だったろう。鬼畜米兵から、生きて虜囚の辱めを受けることのないようにと。それが、軍の強制だったどうか、検定教科書にどう記載するかでもめていると新聞は報じている。文部科学省は、「軍が強制」という記述に修正をもとめているらしい。軍は自決命令をだしていないと、個人の名誉回復をめぐって裁判にかけられているからだという。
その背後には、前の戦争の正当化を願っている勢力が、政府、自民党にキャンペーンを張り始めたと、ニューヨークタイムズは、一昨年に指摘している。

そんなことは、どうでもいいと、ぼくはいいたい。
もっと大事なことに、目をそらし見逃してはいけないと考える。

なぜ?と問うことが、たいせつではないか。
太平洋戦争末期、昭和二十年の日本人は、軍隊も民間人も、なぜ降服を肯んぜず、集団自決のみちを選んだのか。
いまネットを検索すれば、デジタルに記録されたおびただしい資料と索引から、薄っぺらの教科書よりもはるかに大量の情報が得られるのだ。
問題は、それをどう読み解き解釈するかである。

戦火に斃れたおびただしい犠牲者の数をみてほしい。イラク戦争とは桁違いだ。
沖縄では、日本側の死者行方不明者は18万8136人。うち、民間人9万4000人が犠牲となり、軍人軍属の犠牲者は2万8000人。
サイパンでは、戦死2万1000人、自決8000人、捕虜921人。
このいたましい結果は、愛国、報国とか忠義とか勇猛とか玉砕、武士道などの美徳めいた言葉ではとうてい説明できない。
当時、少年のぼくらは、鬼畜米英に屈することをよしとせず、(婦女子は陵辱をおそれ)国体を護持するためには、「玉砕」をも辞さないとする「文化」の中で育った。

あらためて、たった4年間で300万人が命を落とした大きな歴史の流れに、学ばねばならないと思う。なぜ、一億余のひとびとが、何を信じて、あの巨大な津波に巻き込まれ溺れたのか、を知ろうとすることだ。

歴史の教科書では、何を教えるか、どの立場に立つか、いまのように歴史認識と価値観が別れている時代ではむつかしい。あの戦争はやむをえなかった、正当化しようとする勢力も、根強いときく。
文部科学省の官僚が、教科書の合否判定するのも、いまの大臣のように歴史に暗い政治家につつかれるだろうから、あぶなっかしい限りだ。サッカーのレフリーと違って、史実の判断のルールが明確でないからだ。
なのに、沖縄戦の集団自決をめぐって、「日本軍に強いられた」という内容に修正を求めた。
教科書の役割とはなにか。歴史の「履修」は、学力の差をはかるテストにおわってはいけない。まる暗記の受験科目としてのみ扱ってはもったいないと思う。

めいめいが、一生かかって、学び続けるものだろう。教科書は、その過程の一資料にすぎない。
ぼくは、ものごごろついてから万世一系の皇国史観の真っ只中で育った。戦時中の教科書は墨を塗ったりして、敗戦後すぐに否定されたが、正しい歴史認識がぼくの身につくには、ずいぶん時間がかかるものだとしみじみ思う。いまは開かれた世界から、日々豊富で多様な情報を提供できるテレビとネットの影響は大きい。

学ぶなら、根拠ない年号にこだわらず、歴史の大きな流れをつかむこと、さまざまな受け取り方があることを学ぶことが、世界市民としての、教養というよりは常識ではないか。

これからの歴史の教科書は、テーマごとに、参考文献、ネット、ビデオ、DVDを参照するように指導し便宜を図る手引きであればよい。いいかえれば、教科書は、ウエブのホームページというか、ポータル機能を果たせばよいと思うのだが。

手っ取り早く、だれにもわかりやすいのは、NHKスペシアルなどのアーカイブからの映像記録だ。
つぎに、インターネットだ。情報量では、紙数にかぎりある教科書は、さかだちしてもかなわない。 

ウイキペディア日本語版で、「沖縄戦」をひいてみよう。15ページにわたり、くわしい史実が記述されてある。なかで、「沖縄戦末期と沖縄住民の状況」については、議論が分かれるが両論が併記されている。外部リンクの豊富な資料のなかから、鳥飼研究室「:沖縄戦と住民」が内容充実している。
情報のデジタルアーカイブ時代に、文部科学省が、政治家の圧力をうけつつ、情報量の貧しい検定教科書をしぼりこむ。これは、なんということか。


投稿者 nansai : 2007年4月 2日 10:34