縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2007年4月18日

四月十八日(水)

氷を溶かすには

温家宝首相の「氷を溶かす旅」に、ぼくらは、もっと拍手してもよいのではないか。虚心坦懐に。

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かれは、もともと地質技術者らしい。国会でスピーチしたり、朝街に出てジョギングしたり、学生相手に野球をしたり、これまでの首脳にくらべ、ぼくの目には、じつによくやっていると映った。

しかし、こういう中国のジェスチュアにだまされまいぞ、と警戒する勢力は一部ジャーナリズムにも根強い。

春風にさそわれてソフトムードの客人には、こちらも
気持ちよく熱烈歓迎して、いい気分で帰ってもらうのがいい。新聞は、歓迎一色一面トップであつかうべきだったのではないか。
乗せられても素直に乗れば、と思う。外交は、だましだまされだ。北国の春の日のようにゆっくり時間をかけて、氷を溶かすのがよい。こころが凍り付いて固まってしまうのは、策の下なるものだ。

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国境や資源のような積年の「火種」は、運よく、都合よく、消えることは決してないものだ。どうにもならない。しかし、インドとパキスタンのカシミールのように、こじれに、こじれては、難儀である。

日中、長い歴史で紆余曲折をへた。ともに、これから生きてゆくことが大事なのだ。これまでの歴史はもう変えられない。変えられるのは認識だけだ。
でも、過去を水に流そうというのは、日本の理屈だ。
いわんや過去の戦争を正当化しようとするのは、たんに不勉強なだけだ。国際的には、けじめをつけられないのは、女々しく卑怯ともとられかねない。
アメリカも、真珠湾攻撃を汚辱の日として「忘れない」といっている。ネット上の膨大な量の記録をみるとよい。
史実は、曲げられないし、消去できない。証拠は動かないが、加害者側は語らない。墓までもってゆき、語りたくない。
あくまで事実無根といいつのって、相争うことで、双方のナショナリズムの火種に、ふいごで風がおくられることになる。

ヨーロッパに眼を向けてみよう。
わずか60年前まで、戦争を繰り返し、あれほどいがみ合っていた英独仏の関係のようになれないものだろうか。

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ぼくの眼には、温首相の野球ユニホーム姿が象徴的にみえた。
鍵は、スポーツにある。
スポーツは国境を越えるというが、当面浮世のなまぐさい利害を超越できるからだ。それも国別対抗のオリンピック形式ではない。それぞれの地元に愛されるプロチームの一員になりきることだ。
欧州では、なんといってもプロサッカーだ。欧州各都市のチームに、世界から国境を越えて選手が参加してくる。昨日の敵が、きょうの神様になることもある。
日本では、国技の大相撲だ。角界にとって、モンゴルは、親戚みたいな存在だ。

ダイスケを見よ。地元ボストンでは、人気チームのヒーローとして、あれほどまでに(テレビで知る限り)身内として受け入れられている。
くりかえすが、地元のチームの一員となることだ。
地元チームに参加し勝利に貢献することで、受け入れられ頼りにされ尊敬され、語り継がれるほどの親しい感情は生まれる。そして、選手を応援することで、初めて地元同士、わだかまりがとけ、交流できるのだ。

中国では、野球は「棒球」というらしい。温首相が旗をふれば、これからすごい勢いで、人口十三億の国に「プロ棒球」が普及するかも。
三十年後には、セントラルやパシフィックのような中華「棒球リーグ」が、各地域に30は出現するだろう。プロ野球球団は、500チームではきかない。
優れた中国人選手が生まれ、大リーグにも、日本球界にも、進出するだろう。大相撲のようになる。

ダイスケにあやかろう。
スポーツを通じて、はじめてわかるのだ。今生きている日本人たちは、別に、鬼ではない、友人だと、中国の人に思ってもらえるようになる。

昭和の軍国少年ぼくらは、60年前までは、日本は神州、神の国で、攻め寄せてくるのは、「鬼畜米英」と教わった。敵が上陸すれば、一人一殺して、神州を守らねばならないと。

戦争が、人を鬼にする。
平和になれば、殺し合いが終われば、憎しみの火種は自然に消えるはずだ。
なーんだ、べつに「鬼畜」じゃなかった、相手も普通の人間じゃないかとわかる。
ジープに乗って町中を走り回りチューインガムをかんでいる若いアメリカ兵をみて、腹をすかせていた少年のぼくらには、すぐにわかった。
残念なことに、国じゅう焼け野が原となり、同胞300万人のかけがえのない命を失った後だったが。

投稿者 nansai : 2007年4月18日 11:12