縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2007年5月15日

五月十五日(火)

そんなに長生きしたいですか、
と問われて。
「日本人の死に時」(幻冬舎新書)

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願わくば花の下にて春死なん
その如月の望月のころ 西行

その花も散り、万物かがやくばかりのの新緑の候であるが、ただぼんやりと座して、お迎えを待っていてはいけないらしい。「ぴんぴん、ころり」が、国是のようだし、国会でも、議論されている。
ここ数年、死を考えるブームで、本や雑誌が、次々に出版されている。
いい本が出た。
久坂部羊「日本人の死に時」(幻冬舎新書)これは、近来まれな快著である。

「死に時」のすすめ。この触れにくいテーマをめぐって、あちこちでハチの巣をつついたような議論が展開するだろう。いいことだと思う。

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作家でもある著者は、老人医療医。数々の老人の死を看取ってきた阪大医学部出の現役の医師だ。

本の副題には、「そんなに長生きしたいですか」
腰巻には「あなたは、何歳まで生きるつもりですか?」と、たたみこんでくる。
続いて、
「苦しみ、うとまれ、寝たきりになりたくない、人のための、「『ほどほどで死ぬ』哲学」とある。

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医療行政ではやっかいもの扱いの後期高齢者としては、たじたじと、あとずさりだ。まことに時宜を得た、ごていねいな問題提起ではある。

そう、高齢者社会に生きるものにとっては、この200ページの薄っぺらな本は、まさにバイブルなのだ。

いいかえれば、「あんたの死に時」を教えてくれる本である。なかでも、第八章「死に時のすすめ」は圧巻だ。
参考になるぞ。ご同輩。戦友諸君。

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62歳の内科医が、みずからの胃ガンを手術不能と判断して、自然の摂理として受け入れ、そのまま死を待つことにした。その衝撃のエッセーが紹介されている。
かれは、医師として、悲惨な老後をさんざんみてきた。年をとってからのつらい死は非常に多い。この医師は、自身で胃がんを診断して9ヶ月後になくなった。

かれの書き残したエッセーによれば、ほんとうに死が近づくと、恐怖心も徐々に弱り、死もそれほど怖くなくなるというのだ。上手に死を受け入れれば、穏やかな最後を迎えられるとも。

数々の老人の死を看取ってきた久坂部医師はいう。心の持ちようで、死ぬ前には死が怖くなくなる。こんな朗報は、ちょっとないのではと。

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著者によれば、ガンによる死がいいのは、確実に死ねるということだそうだ。それも一年以内に。

むかしはみんな家で安楽死していた。
「近代医療の発達する前は、たいていの人が自分の家であまり苦しまずに死んでいました。自然にまかせておけば、人間はそれほど苦しまずに死にます。」
著者は、たんたんと説く。
死が苦しくなるのは、人間があれこれ手を加えるからだ。放っておけば、そんなに苦しむ前に力尽きて死ぬ。
多くの人にとって、長生きは苦しいのに。と、著者は、マスコミで世に喧伝されている安楽長寿情報に顔をしかめる。そんなバラ色情報に浮かれていると、いずれ訪れる老いに苦しめられるとも。

まだ若く時間にゆとりのあるうちに、「長寿の危険」にそなえるようすすめている。
そうか、長寿は危険でいっぱいなのだ。
西行法師の願いのように、満月の花の下で眠るように、とはいかないらしい。

介護現場を知る久坂部医師は、歯にキヌ着せず、こう指摘する。
健康情報ばかり先走り、人々はまるで悪霊につかれた豚のように、悲惨な長寿の谷底になだれこんでいると。

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同医師の述べる結論は、かんたんだ。死に時がきたときは、抗わないことが、いちばん、らく。
受け入れる準備さえできていれば、心も穏やかになれるだろう。
「自然に逆らうことは、苦しみと煩いを増やすばかりです。多くの老人の死を看取って、そう思います。」
そのとおりだろう。わが意を得た。

この新書の720円は安い。
まだ書評で取り上げられていないようなので、ぼくはぴんぴん元気な友人たちに一読をすすめている。

投稿者 nansai : 2007年5月15日 10:33