縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2007年5月30日

五月三十日(水)

トウゴウさん、なんとかなりませんか

阪神が、甲子園で、ロッテに大敗を喫した日。
奇しくも、百年前の日露戦争で、日本海軍がロシア帝国のバルチック艦隊を対馬沖において、完膚なきまでに打ち破った、まさにその日だった。
旗艦三笠のマストにはZ旗が翻った。

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戦艦三笠の艦橋に立つ小柄な東郷提督の絵は、小学生だったぼくの目に今も焼きついている。
「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動、これを撃滅せんとす。本日天気晴朗なれども波高し」と打電し、いよいよこれから出動する三笠の艦橋の状況が描かれていた。大きな額が小学校の講堂にかかげられ、毎日、仰ぎ見みて、軟弱で臆病なぼくも、すごいなあと、武者ぶるいした。

それって、なんのこっちゃい、というむきもあろうから、ぜひウイキペディアの「日本海海戦」[Battle of Tsushima]]を参照してほしい。
司馬遼太郎渾身の作「坂の上の雲」に目を通すより、手っ取り早い。

三倍も戦力において勝るバルチック艦隊を、劣勢の東郷艦隊が、対馬沖で迎えうった。1905年5月27日。苦心して編み出した捨て身のT字戦法、敵前大回頭で打ち破った。ロシア艦隊は、戦艦、巡洋艦のほとんどを撃沈され、拿捕された。日本海軍は、水雷艇三隻と損害軽微だった。海戦史上まれにみる完勝だった。

戦闘中、マストにZ旗が、高く掲げられた。冒頭に描いた信号旗である。
「皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ各員一層奮励努力セヨ」将兵いっせいに奮いたったと伝えられる。
あまりにも有名で、少年のぼくらも、戦時中、いやになるほど、ゼット旗の話を聞かされて、叱咤激励されたのを思い出す。
Zは、アルファベットの最終の字で、「もうあとがない」のこころで、トラファルガー海戦ではじめてネルソン提督が掲げた。
負けたらおしまいの大海戦にくらべれば、タイガースには、まだまだ、あとがある。終盤、なんとか遮二無二に三位にすべりこんで、プレーオフを制することだ。

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「明日は勝つぞ、タイガース!」
アドミラル ネルソンとトウゴウにあやかって、タイガースの士気を鼓舞すべく、甲子園でゼット旗だ。「各員一層努力せよ、」と、ふりまわしても、…あかん。かなあ。

なにしろ、対ロッテ交流戦が、2戦24失点だ。
どうやって点をとるか。打線よりも作戦だ。サンスポのインタビューにこたえて、
「ベンチワークだ。」
と、星野前監督はいう。こういうときこそ、監督は、さい配で選手を動かすべきだとも。

しろうとのぼくにも、そう思える。じゃあ、なんのためのカントクなのだ?と、これは、ぼくの遠吠え。
こうもいいたい。
再三ひどい目にあわせてくれるパリーグの外人監督たちの用兵術に学ぶべし。どっしりかまえて動かないポーズは、泰然自若というより、往年の強打者はベンチワークに弱く、次が読めないからかなあ。
もう目先の勝負にはこだわれなくなったから、じっくりいろいろ考えて世代交代へ、だね。
負け惜しみのようだが、往年の弱い、はがゆいタイガースに帰ったようで、おろおろぼやき、かつ悪態をつきつつ、歯噛みしながらの応援には、ついチカラがはいるなあ。

で、Z旗だ。ダメ虎時代に還ってほしくない。秋には、体力回復して、なんとか三位に滑り込もう。プレーオフを制して日本シリーズへ。明日があるさ。

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「百発百中の一発、よく百発一中の敵砲百門に勝る。」
世界が仰天した未曾有の成功体験がわざわいして、後年、自信過剰の日本海軍は太平洋戦争で手痛い目にあうことになるのだが、それはまた別の話。

投稿者 nansai : 2007年5月30日 11:54