縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2007年7月11日

七月七日(土)

70年前、七夕のあの日を境に何が始ったか

70年前の昭和十二年七月七日、北京郊外に起きた「盧溝橋事件(Marco Polo Bridge Incident)を思い起こそうと、社説に掲げたのは、朝日新聞だけだった。テレビは、ほうかむりをきめこんだ。

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いま、ほとんどの日本人が知らないのではないか。
昭和十二年七月七日に、なにが起きたか、何が引き起こされたか。
日本では七夕風景がテレビをにぎわせているが、中国では、国辱の日ととらえているという。

70年前この橋の近くで起きた日中間の発砲事件が、日本にとって破滅の大戦争へなだれ込むきっかけとなった。
それより6年前の満州事変に端を発した日中の衝突は、ここにきて、ついに国のブレーキがきかなくなった。この日から、ゆっくりと日本の地すべりがはじまったのだ。軍部の狙い通り、戦火は中国全土にひろがり、八月には第二次上海事が起きた。

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あの昭和十二年七月七日こそ、日本にとって、運命の日だった。もう後に戻れず、4年後には、英米に宣戦布告し、8年後には、日本は焦土と化し無条件降伏した。
懐かしい「三丁目の夕日」は、無一物、焼け野が原から、10年以上たった後の話だ。

日中戦争は不思議な戦争だったと歴史家はいう。日中双方とも宣戦布告をおこなわないまま戦闘が続けられた。いっぽう、裏面では、太平洋戦争末期にいたるまで、種々の和平工作がおこなわれていた。(加藤陽子「満州事変から日中戦争へ」より)

当時、戦争のニュースは日常茶飯事で、ぼくらは「支那事変」と呼ぶように教わった。ぼくらの読む絵本のなかでは、だいすきな兵隊さんが、戦地でも、中国人の子供をかわいがっていた。(現在「支那」という漢字は、変換を試みてもでてこない。)泥沼などという凡庸な表現では言い表せない「戦争」が続いた。

いまふりかえれば、国民も、世界の現実を知らず、気楽なものだった。
「東洋平和のためならば、何の命が惜しかろう。」と、銃後のぼくらは歌った。死を恐れるなと教えられ、こわいけれど、命の大切さも、よくわからなかった。「平和」とはなにか、戦争がないことのありがたさがわかっていなかった。戦争になれきって、国じたいが狂いかけていたのだ。

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拝啓ごぶさたしましたが、
ぼくもますます元気です。
上陸以来きょうまでの、
鉄のかぶとの弾のあと、
じまんじゃないが、みせたいね。
「上海便り。佐藤惣之助」

こんな軍歌が、軽快な節回しで歌われた。
戦争は「人殺し大会」といったひとがいる。この歌では、戦争の厳しさが、気楽なメロディにのせて、甘く口当たりよいカクテルのように、偽装されている。
少年のぼくにも、おぼえやすく、うきうきと、じょうずに歌えた。
この年、第二次上海事が終わるまでの日本軍の損害は、戦死者9115名、負傷者三万名。
あの南京事件(Nanking Massacre)も、この年に起きた。

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いま、昭和を懐かしい時代ととらえるか、敗戦に至る十字架の道だったととらえるか。
あまりに波乱万丈だった同時代に生きたぼくだが、個人として体験したことは、吹き荒れた巨大台風のほんの局地認識でしかない。何も知らされなかったし、歴史認識というには、あまりにも無知であった。
最近、各国の公文書館から当時の極秘資料が公開され始めた。ぼくよりも若く、戦争を経験していない優れた研究者による昭和史の著作が、堰を切ったように、次々と出版されている。一冊をあげておく。
加藤陽子著「満州事変から日中戦争へ」岩波新書



歴史にまなぶ。無力なぼくらにできることは、それだけだ。
盧溝橋には、抗日戦争記念館が建てられている。真珠湾上には日本軍に撃沈された戦艦アリゾナの記念館がある。
何の知識もなく訪れる日本の観光客には、その意味がわからないらしい。
被害者は、決して忘れないし、忘れまいとする。勝者であればなおのことだ。都合よく水に流しはしない。

南京で30万人が虐殺されたとの中国側の主張は、あんまりだと、朝日もいう。こころみに、ウイキペディアで、世界の虐殺とされている事件の一覧表を見てみよう。当時のおぞましい振る舞いの事例を、東海大「鳥飼研究室」のサイトは克明に収録している。

ベトナム戦争でのソンミ村の米軍による虐殺の犠牲者は、村人504人。加害者の兵士たちは軍法会議にかけられた。
戦争は、そのような残酷な情況を生み出したし、復讐心に燃えて引き金を引いた兵士など加害者は黙して語らないのは、どこの国でも同じだ。

朝日新聞は社説で提案した。もう一歩勇気を持って、踏み出せないか。史実の論争は専門家にまかせて、安倍首相は、南京を慰霊のため訪問すべきだと。
それはいい。だが、首相の歴史認識は浅いように思われ、こころもとない。耳に逆らわない内輪の意見だけ聴くのではだめで、みずから歴史のおさらいをしてほしい。広く世界の日本に注ぐ眼のきびしさを知らねばならぬ。
官邸のネットで、つぎの項目をサーチするのに数分もかからないはずだ。盧溝橋事件。南京事件。日中戦争。同じ項目で、英文のウイキペディアも。

投稿者 nansai : 2007年7月11日 16:15