縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2007年7月26日

七月二十六日(木)

百万人の天神祭り。これでいいのかなあ。

阪神中日戦は気になっていたが、ふと思い立って、大混雑の天神祭りをのぞいてみた。
むろん、天満橋は、人ごみで近づけない。八軒家から、天神橋へと人の流れに逆らって歩いた。

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天神橋のうえは、歩行者天国だが、欄干に人がもたれているだけで、がらがらである。
橋のまんなかで警備員がハンドマイクで呼びかけている。声をはりあげるでもなく、もごもごと。
「ここからは、花火が見えません。」
つまりこの橋にいてもしかたがないから、花火の見える場所に移動しなさいと、ご親切にも、案内しているのだ。天神橋は、天満宮の表参道のようなユニークな存在なのに。
追い立てるなんて、大きなお世話だ、とぼくは思った。
なんだ。
大阪天神祭りは、つまるところ、花火大会なのか。
つい京都の祇園祭の山鉾巡行と比べてしまう。

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錦絵でみるように、本来、大阪の橋は祭りの主役のはず。
これでは、主客転倒ではないか。

八時ごろ、天神さんの境内にはいったら、はたせるかな、ここも、がらがら。これでいいのかなあ。周辺のたこ焼きやなど、夜店は、人出でごったがえしている。何しろ百万人がくりだしているのだから。
せっかくのお祭りで、境内に人気が少ないと、お賽銭にもひびくだろうに。天満宮には、博物館級の幾多の拝観するに足る御物がある。もっともっと価値を演出すればいいのにと思う。花火もギャル神輿も、そえものだろう。

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けさの新聞をみると、日本の三大祭のひとつ、大阪天神祭は、あまり大きくはとりあげられていない。タイガースの記事がはるかに優遇されている。
水都の夜空に、奉納花火5千発、鉦や太鼓の音をひびかせながらすすむ100隻の飾り船、百二万人の人出でにぎわった、とのっている。

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百二万人が押しかける祭りは、めったにあるものでない。甲子園が満員になっても、4万人に満たない。
くわえて、どこの祭りにも負けない1千年以上の伝統がある。
でも、最古の祭りの伝統があり、これだけの大観衆を引き寄せたのに、祭の内容が、これでいいのかという気がしている。ものたりない。
人気を追うあまり、祭りの本義はさておいて、あまりに打ち上げ花火中心にすぎるではないか。舞台も、偏ってしまったように思う。

大阪日日新聞の吉岡社主が、座談会で辛口のコメント。「率直にいって工夫がないように思いますね。船に乗って人がたのしんでいるのを、周囲の観客がボーっと見ている。船渡御そのものに対する工夫がもっと必要です。」

大阪の観光の目玉が、千年の伝統を持つ天神祭りではないのか。はりぼてと吉本でつぎはぎされた御堂筋パレードではないかも。

大阪は、戦火にさらされ、時代がかわった。祭りの背景が激変したのだ。
水の都といっても、大阪の大阪たるゆえんの八百八橋もいまや見る影もない。

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網の目のようだった川も掘も 自動車道路に取って代わられた。
変化に応じて、大阪は、次の百年を見越して祭りの再設計が必要なのではないか。
残念だが、水辺の船渡御の舞台は、表情がかわってしまった。
天神祭りは、たんなる大花火大会で終わってはもったいないと思いませんか。
。京都の祭りに負けない「行列」「パレード」の新趣向、アイデアの革新が求められる。思い切った発想の転換は、本来、大阪商人のお家芸だ。

「最もがっかりした観光地ランキング」(週刊ダイヤモンド)で、大阪市は、堂々?の2位である。うーん、このままでは、いけないのでは?

つぎに、よけいな提案を。
祭りの舞台として、大川の南側、土佐堀通り、中ノ島一帯は、舞台としてなんとでも再設計できる。京阪電車の新線と、八軒家遊歩道を、いまから祭りを意識して計画したいものだ。
いま、京橋三丁目のビルは、土佐堀通りから、すぐそこに大川の祭りの様子が望めるのだが、格子のシャッターかガラス戸が下りている。

つぎに、せっかくだから、天神橋からも、淀屋橋からも、花火が見れるように、打ち上げ場所を、ふやしてはどうだろう。
規制がやかましいらしいが、べつに高度はのぞめなくても、松屋町の線香花火のようでもいいではないか。

大川は、東西に長い。祭りのテリトリーをひろげて、天神さんのご利益を惜しみなくいただいて、大阪つぎの百年の発展のためにあやからせてほしいものだ。

投稿者 nansai : 2007年7月26日 15:33