縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2007年7月31日

七月二十九日(日)

ぼくも いくさに征くのだけれど

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今から65年前、あの太平洋戦争下、一人の大学生が、ごくふつうのことばで、かざらない真情を、詩のかたちで、ノートや手帳に書き残して、応召した。発表するあてもないままに。
映画監督志望だった彼は、昭和二十年、二十三歳の若さでルソン島の戦場に散った。

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街はいくさがたりであふれ
どこに行っても征くはなし 勝ったはなし
三ヶ月もたてば ぼくも征くのだけれど
だけど こうしてぼんやりしている

ぼくがいくさにいったなら
一体ぼくはなにするだろう てがらたてるかな
だれも かれも おとこなら みんな征く
ぼくも征くのだけれど 征くのだけれど

なんにもできず
蝶をとったり子供とあそんだり
うっかりしていて戦死するかしら

そんなまぬけなぼくなので
どうか人なみにいくさができますように
成田山に願かけた

この詩は、かれが愛読していた萩原朔太郎の詩集の余白に、書き残されていたという。

7月22日のNHKハイビジョン特集、「青春が終わった日 日本が見えない 戦争下の詩と夢 竹内浩三」のなかで紹介された。はたして、どれくらいの人がみただろうか。
中公文庫「ぼくもいくさに征くのだけれど 竹内浩三の詩と死」(稲泉 連)も、大宅壮一ノンフィクション大賞受賞作の帯をまとって、書店に平積みされている。

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詩人として戦後はじめて評価された竹内浩三とは、どんな青年だったのか。
「征く」とは、一体どういうことなのか。だれもかれも おとこなら みな征かねばならぬ。なぜだ。
ぼくの孫のような世代のひとたちが、60年以上も前の戦争や出征という、理解を越えて想像を絶する出来事にとまどいながら、自分と同年輩の戦没詩人をドキュメンタリーに取材している。

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この詩を書いた竹内浩三は、昭和二十年フィリピンルソン島で戦死した。二十三歳の若さだった。グライダーで敵の中に降りて戦う空てい部隊に所属していた。
戦時下、映画監督を夢見て日本大学芸術科の学生だったかれが、ノートや手帳に書き残した詩は、戦後遺族により発表され、世に出た。
友人の手で編まれた私家版の作品集は、昭和31年に発表されている。NHKラジオは、昭和57年に「戦死やあわれ 兵士竹内浩三の青春」を放送している。
初めて世に問われて、もう50年もたっているのだ。

発見された戦没詩人に、若い人たちは、「反戦」というより、「青春」に、若者としての共通項を見出しているらしい。
竹内浩三の青春を知る人たちは、90歳に近い。
竹内より10歳年下の少年だったぼくは、陣地構築に学徒動員されたが、かろうじて本土決戦の戦火を免れた。
いくさにいったなら、「なんにもできず」とは、まさにぼくのことかと考えた。軟弱中学生だったぼくは、
軍事教練でどじを繰り返し、授業中も漫画のらくがきでうさばらししていた。応召まぎわの竹内浩三のいいようのない不安と焦燥が、ひとごとでなく、理解できる。
あのようなやさしいことばで、たんたんと、苛烈な時代にさからうでなく、あきらめるでなく、竹内は、詩の形で自らの無念の思いを残した。ただひとりの姉以外の、だれに読まれるというあてもなしに。

今、ぼくのまわりは、総理大臣をはじめ、戦争を知らない人ばかりである。
しかし、少年のころ、いやおうなく戦争にまきこまれながらも歴史に無知な当事者だったぼくは、戦争を知らない若い世代の人たちの研究に教えられている。
竹内浩三もくわしく理解できたのは、今回がはじめてだ。年配者によっては、あまりに苦い経験は語りたくなく、正しい史実に眼をそむける人も多い。
本格的に客観的に、戦争に取り組もうとしている若い人がふえてくるのはいいことだと思う。

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無力だったが、昭和一桁生まれのぼくは、時代の目撃証人の一人だと感じている。ぼくの絵は、まぶたに浮かぶ当時の光景にもとづいている。
戦時中、田舎町のぼくら小学生も、幾多の英霊の凱旋を道路わきに整列して迎えた。遺骨をおさめた箱は白い布につつまれ、兵士たちの首から吊り下げられて、無言の行進をした。
昭和二十年敗走し戦死した竹内浩三の骨は、いまも故国に帰ってはいない。ルソン島のどこかで行方不明だ。
かれは、生前、ノートにこんな詩を書き付けていた。

白い箱にて故国をながめる
音もなくなんにもなく
帰ってはきましたけれど
故国の人のよそよそしさや
自分の事務や女のみだしなみが大切で
骨は骨 骨を愛する人もなし

ああ戦死やあわれ
兵隊の死ぬるやあわれ
こらえきれないさびしさや
国のため
大君のため
死んでしまうや
その心や

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ことしも、また八月十五日がやってくる。戦争を知らない世代が、どのような形で受け止めるだろうか。

投稿者 nansai : 2007年7月31日 15:25