縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2007年10月18日

十月十八日(木)

もし、亀田がチャンピオンになっていたら?

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未曾有のバッシングのさなか、本人は自分で丸坊主になって一言も発せず、亀田親子は処分に全面降伏の感じで、「とりあえず」あやまって記者会見は終わった。
今度のフライ級世界選手権(しろうとで野次馬のぼくは、世界タイトル戦とは気がつかなかった)は、試合というより、事件になった。反則許すまじ。だれもが正義の味方で、裁判員になったのではないか。だからいわんこっちゃない。大新聞までも苦々しげに社説でとりあげた。
ぼくは、もし、何かの拍子で、亀田大毅が世界チャンピオンになっていたら、と考えてみた。
あの晩、リングサイドの実況アナは絶叫していたのだ。
チャンピオンの切れたまぶたの上の出血がとまらない。ドクターストップにでもなれば、「勝てますね」と。
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もし大毅が勝っていたら、世間は、マスコミは、どんなスタンスをとるだろうか。困ったかなあ。よおし、と張り切ったか。手のひらの返しかたは、とても興味深い。
「親子の絆」がテーマのテレビの特番が、次々に企画されよう。21世紀の「親孝行」として、美談化されるだろう。
勝ってなんぼや、何が悪い。こどものけんかに親が出て悪いか。父親の子育ての本が、ベストセラーになって書店の店頭に平積みされるだろうか。
激しいブーイングは前回もおきたし、抗議の電話も五万本と聞いたが、今回もすごかったが。

ボクシングは、ぼくのようなズブのシロウト目には、勝ち負けの判定が難しい競技だ。野球やサッカーやマラソンなどの、ほかのスポーツと違う。
12ラウンド打ち合って、どちらもダウンしない。
やせた33歳の世界チャンピオンが目の上を切り顔面ぼこぼこだ。
いっぽう、筋骨たくましい18歳の挑戦者は、涼しい顔。判定で大差がつくと、ブーイングを背中に浴びながら、健闘を讃えあうでもなく、さっさとリングをあとにした。
リングサイドの元世界チャンピオンは、判定ほど差はない、と言い切った。どうなっているのだ。
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事件性のおかげで、テレビ桟敷のぼくら野次馬も、あとで詳しく試合の内容を解説してもらい、にわか「反則通」になった。世界選手権試合はフェアなものと思っているから、びっくりだ。
ふうん、サミング、頭突き、目つぶし、抱え投げ、タマをねらう、いろいろあるもんだ。ボクシングをやっている人には常識でも、驚いた。

で、ボクシングには門外漢のぼくには、破天荒だった試合そのものよりも、後のテレビや新聞の報道がおもしろかった。
この試合をふくめての一連の騒ぎをめぐる人たちが、意見の立ち位置をかえる、あたふたぶりが、じつに興味深かった。
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ちょっとでも、ボクシングをかじった人は、怒りで震えるようだ。許せない。スポーツは、フェアで神聖だという思い込みが強い。
同じボクシング業界では、多少歯切れは悪いが、不快感を隠せない。ほかのえげつない格闘技に客を奪われて落ち目の業界にフットライトを浴びさせてくれたのだが。
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さて、世間様だ。
ぼくもその一員だが、ボクシングはわからないから、態度しか判定のしようがない。
「なにわの弁慶」とか、業界では悪役を「ヒール」というらしいが、ちんぴらやくざの役を振られて、得々と演じてきた。一流の振り付け師がついていたのだろう名演技だった。
年少者のくせに、先輩に敬意を払わない、礼儀知らず。顰蹙を買う挑発行為。不愉快だ。ざまをみろ、親の教育がなっていない、とか、世間様はにわか裁判員としてブーイングを浴びせる。
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世間にも、ひいきの引きたおしのグループがいる。
関西の地元だ。試合の後、熱唱する唄の追っかけファンもいるらしい。ぼくのタイガースとはちょっと違う。
亀田一家イコール関西と見ている人も多いらしい。
テレビにはびこる吉本イズム。しかたがない。同じように見てほしくないという声も。

いちばん、大きい正義のブーイングは、勧進元のTBSに浴びせられている。視聴率は、四十%近くに達してしてやったりのはずだったが。
ボクシングも、ショーにすぎない、という信念で、一糸乱れぬ大統領選挙のような売りだしキャンペーンが展開されたのだろう。成功してきた。
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だが、思わぬ展開になった。世間様の風当たりに、あわてて、局のなかでも、対応がまちまちだったようだ。
「愛局心」がばらばらにみえた。司会者やタレントたちが、急遽立ち位置を変えるのに、あたふたと右往左往する。これは見ものだった。
当人たちは、自分自身の人気、良識を守るのと、局への一宿一飯の恩義の板ばさみで、わかるねえ。

「あんたはずるい、距離をとって、打ち合わなかった」と、翌日のテレビでチャンピオンに、証拠のメモを取
り出してくってかかったタレントがいた。試合前で「君が代」を独唱した歌手である。
いやあ、それぞれ、忠犬ハチ公だ。みな生きるのに一生懸命だなと思ってきいていた。
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最後に、博愛主義者。訳知り。家庭裁判所。死刑廃止論者だ。
まだ18歳のこどもじゃないか。何も知らないのだから、親の責任だ。才能の目をつんではいけない。将来の世界チャンピオンになれる素質が、みてとれる。
などなどだ。

18歳の未成年。でも、ぼくは、すべて、自己責任だと思う。
まわりに影響されるのはしかたがない。これほどマスコミに持ち上げられたら、振り落とされたら、狂うのは当たり前だ。
視聴率の犠牲。果たせなかった父親の野望。跳ね除けるのは難しいが、自分の人生だ。
誰からも相手にされない若者は、ほかにはいて捨てるほどいる。
他人がとやかくいうことではない。大きなお世話だ。

ただ、テレビや出版、ゲームの興行師たちのがんばりで、亀田一家のスタイルが、社会現象になり、そのまんま、夕刊紙の一面に登場するのにはご勘弁願いたいものだ。ネオ亀が、青少年の憧れの理想像になっても、どうかねえ。
脅しのちんぴらの物言いが、大阪弁代表とみなされるのも迷惑だし、うんざりだ。
半世紀前は、不運にも、同じ年代の若者たちが、戦争に駆り出され、帰らぬ人になったことも思い出した。

投稿者 nansai : 2007年10月18日 13:56