縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2007年11月 2日

十一月一日(木)

詩集「求めない」

「求めない」(加島祥三 小学館)
という詩集が、本屋の山と積まれた新刊書の谷間に、
ちんまりと並んでいる。

nansai071101-1.jpg

「すると、何かが変わる」と帯にある。
「開いてみて」とちいさな白い本がささやく。
ん、1300円+税だ。

求めない――

すると
心が静かになる。




求めない――

すると
キョロキョロしていた自分が
可笑しくなる



求めない――

すると
恐怖感が消えてゆく

詩だろうか、句だろうか。200ページ足らず、どのページも、白い紙のまんなかに、こんな短い数行がぽつんと印刷されているだけ。この詩には、著者の研究している老子の思想がベースに流れているらしい。

nansai071101-2.jpg

「求めない」は、数ヶ月前、NHKの朝のニュースで若いアナウンサーたちに紹介されて知った。
八十歳を越え信州に独居している著者は、英米文学の専門家だったが、十年以上前に「老子」に出会い、英語からの自由な翻訳をこころみ、ロングセラーとなったという。この本も、早くも5刷だ。

求めない――
人それぞれの受け取り方があるだろう。それが難しいことは百も承知だ、と詩人は言う。その上での「求めない―」。ときには、もう求めないと自分に言ってみるだけで、いい気分になるよ、とも。

求めない――

すると
恐怖感が消えてゆく

ぼくらは、求めて、求めて、かなわず、あきらめる。また懲りずに、求めて、求めて、かなわず、あきらめる。そんな繰り返しが世の常だろう。
ぼくほどの年になっても、それは続く。あさましいことだ。が、集中力と記憶力がとみにおとろえてきたので、「求める」気持ちが持続しない。天の配剤というべきか。

求めない――
のあとに、自分で考えて、日々、なにかをつぎたしてゆくのがいいのでは、と考えた。かなわぬまでも、やってみる値打ちがありそうだ。
そうすれば、ひとりひとり、自分だけの「求めない」詩集をつくることができる。
求めて、求めて、ないものねだりの、ぼくには難しいことではあるが。 (そうだ。脈絡なく、ぼくは勝手にぼくのカエルの絵をそえることにした。)

nansai071101-3.jpg

求めない――

すると
求めないでもいられる自分に驚く

先日、ひさしぶりで気の置けない友人たちと、ホームコースでゴルフをした。
もともとの下手にくわえて、足をひきずっているせいもあり、いつものことだが、ボールがあらぬほうに飛んでゆく。キャッチャーフライみたいに真上にもあがるのだ。
二十センチのパターをはずしながらも、ぼくは悠揚せまらず、
「求めない」「求めない」
をとなえて、いや、連呼して、パートナーにいぶかしがられた。
深遠な老子の思想とは、ほど遠い受け止め方である。

投稿者 nansai : 2007年11月 2日 13:50