縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2007年12月25日

硝子戸の中から外を見渡すと

十二月二十五日(火)

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「硝子戸の中から外を見渡すと、霜よけをした芭蕉だの、赤い実のなったうめもどきの枝だの、直立した電信柱だのがすぐ眼につくが、そのほかにこれといった数えたてるほどのものは、ほとんど視野にはいってこない。」
大正4年、夏目漱石は晩年のエッセー「硝子戸の中」で、このように書き出している。

自分はほとんど表に出ずに、毎日書斎の硝子戸のうちにばかり座っているので、世間の様子はちっともわからない。座ったり寝たりしてその日その日を送っている。「書斎にいる私の眼界はきわめて単調で、そうしてまた極めて狭いのである。」と。
「しかし、私の頭は時々動く。」
狭い世界でも狭いなりに事件は起きるからだ。
「それから小さい私と広い世の中を隔離しているこの硝子戸の中へ、時々人がはいってくる。」それがまた漱石にとっては思いがけない人で、思いがけないことを言ったりしたりする。興味に満ちた目を持って漱石はそれらの人を迎えたり送ったりしたことさえあると書いている。情報は、人が運んできたのだ。

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「去年から欧州では大きな戦争が始まっている。そうしてその戦争がいつ済むとも見当がつかない模様である。日本でもその戦争の一小部分を引き受けた。それが済むと今度は議会が解散になった。来るべき総選挙は政治界の人々にとっての大切な問題になっている。」
大きな戦争とは、第一次世界大戦だ。100年後の平成の今とあまりかわらぬ大正4年の世相がうかがえる。
「米が安くなり過ぎた結果農家に金が入らないので、どこでも不景気だ不景気だと零している。」ともあり、このころから打ち続く農村の疲弊は、富国強兵を国是とした近代日本のひずみ、きしみの通奏低音だった。農村の窮乏は、昭和にはいり、満蒙への侵略、太平洋戦争へと、日本を駆り立てたのだ。

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21世紀の郊外のわが家の硝子戸の中から見上げられるのは、高圧線の鉄塔である。寒々しい、うっとおしい光景だ。
高圧線の電磁波による健康被害の論争はかまびすしいが、規制のおかげで、鉄塔の下は、ビルもたたず、竹やぶやナラやクヌギの里山が手付かずでそのまま残っている。
国土の有効利用の面からも、電柱の地下埋設は叫ばれて久しい。
最近のうわさでは、鉄塔がそのうち撤去されると決まったらしい。
抵抗していた電力会社が、ついに重い腰をあげたときいた。
いつのことやら、もし本当なら、わが家は大歓迎だが、鉄塔がなくなるとカラスも困るだろうが線下の地主各位は大あわてだ。農地の宅地並み課税が痛いという。高圧線の鉄塔が撤去されたら、タヌキの出そうなわが家の周りは、雑木林が消え、いっきょに、マンションが建ち並ぶことだろう。いいことばかりとは限らない。

漱石の時代、「硝子戸の中」にときたま訪れる人が情報のメディアだった。平成のいまは、むかしのように訪れる客はなくなったが、見渡す限り氾濫したマスメディア情報の泥海に、孤立したぼくらは、浮かんでいる。
マスコミで報じられる情報の大半は、泥の大海に浮遊するごみだ。どんな情報かといえば、殺人、交通事故、火事、汚職、スキャンダル、選挙目当ての、大局はそっちのけの政局をめぐる右往左往。「かんけーねえ、」と言い放てばそれまでだ。

漱石のいう「小さい自分と広い世の中を隔離している硝子戸」は、平成のいまも存在しているのだ。人生と社会、国の行く末などを考えるには、晩年の漱石のように、人間としての洞察力が必要なのだろう。彼が没したのは、49歳。関東大震災の7年前だった。

新潮文庫で142ページの随想集は、わずか286円だ。この薄さなのに、懐かしいひもの栞がついている。
ネットの電子図書館で無料で読むことができるのはありがたい。ただし、読みづらい横組みだが。


投稿者 nansai : 2007年12月25日 14:45