縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2008年2月27日

緊縮府政の船出に声援、「水都再生」は草の根で

テレビでみると、「財政非常事態」を宣言して、橋本知事が、怪腕をふるっている。
たいしたものだ。見直した。

nansai08227-1.jpg


大阪府のハコモノ施設がいかに税金と借金の無駄遣いだったかを始めて現場検証してくれている。
歴代の知事は、知らん顔だった。新知事にエールを送りたい。いいぞ、その調子!
これは、ジュラ紀のはなしではない。平成のいま、オオサカ平野を闊歩する巨大恐竜の図だ。ハコモンザウルス。シャッキン・コンクリートでできていて、主食は、府民の税金だ。

バブル以前からオオサカに次々に誕生したハコモンザウルスの群れ。駅前自転車のように放置してきた府会議員の責任は大きい。年間30億円の赤字を出す、わけのわからないハコモノ施設を承認し続けた。かれらを選んだわれわれ府民の責任はもっと大きい。
抵抗勢力に囲まれ多難な船出だが、橋本知事の若いエネルギーを、府民が後押しせねば。
大阪のおばちゃんたち、サポートたのんまっせえ。ハシゴはずしたらあかんでえ。あんたらの税金をあんなに無駄使いされたら、ぎらぎら目を光らせて、怒らにゃ。

ワイドショーで大阪府の問題点があらわになり、夕張と変わらぬ無責任自治体の実態が、全国ネットで日本の津々浦々に知りわたることになった。
夕張か大阪か。恥さらしというより、恥の公開は、役人による隠蔽や居直りより、一歩前進である。
「御堂筋パレード」の予算減らし賛成だ。
「水都大阪2009」の見直しも必要だろう。

nansai08227-2-2.jpg

「水都大阪」構築には、われわれ草の根も一肌ぬがねばあるまい。役所がハゲタカにまる投げするよりは、足が地についたプランのいくつかを、自前で考えてみたい。
さて、唐突ではあるが、再生を願う水都の「へそ」は、ここ、ご当地、八軒家界隈なのだ。そこで、


nansai08227-3.jpg

ネット上のご近所サイト「八軒家かいわいマガジン」のとりあえずの見本版編集が、ぼちぼち始動することになった。早くかたちにしたい。

nansai08227-4.jpg


ここら界隈ご町内の繁栄を願って、有志たちが集まることになっている。南斎翁も隠居スタッフとして参加したい。
この八軒家絵巻と同じ形式で、「美しい日本語の文章をネットでも縦組み、大文字で読みやすく」がねらいだ。江戸時代の古い地図を手がかりに、北大江公園特集、島町通り特集がお目見えの予定。もちろん読みやすい縦書きで。
おなかをすかせた北大江公園のハトたちも、どんな出来上がりになるか、たのしみにしているらしい。(この浮浪ハトは公園の住人だが、キャラクタ候補だ。名づけて八軒家の「ハトの八ちゃん」。)

nansai08227-5.jpg

このウエブサイトは、八軒家を起点として、ゆくゆくは、大阪のへそ、大川一帯をコンテンツのテリトリーとしたい。
上町台地の西端のここらあたりは、古代から歴史の宝庫だが、地上の建築物は戦火によりみな消失した、残されたのは、伝承と史跡の石碑だけだ。
めぼしいところでは、八軒家船着場、熊野詣の出発点など。万葉集にみえている古代の「難波津」は、諸説あるが、浪速橋あたりと伝えられる。

往年の八軒家船着場を生き生きと再現した一枚の絵を紹介しよう。手前に三十石船、石段の上に灯をともし始めた船宿。暮れなずむ大川。人々の呼び声、喧騒が伝わってくるが、実際に写生されたわけではない。この幕末?の八軒家風景は、野村広太郎氏が記録絵画という独自の手法で描いたもので、カラー写真のない頃の大阪の風景を克明に油絵で描写したコレクションがある。東方出版刊「おおさか百景いまむかし」から。昭和初期の作品だろう。
こういうすぐれた先人の残された大阪の文化遺産を、こつこつとていねいに収録して後生に伝えてゆきたいものである。デジタルだからできるのだ。だれにでも、みてもらえ、伝えられる。


nansai08227-6.jpg


WEBマガジン特集のおまけに、客寄せポスターの図案をのせることに。
まず、島町の「マリアン」イタリア料理店。
地元食材を使う「スローフード」料理が評判だ。
ハナシ好きのひげのクマさんシェフと、ちかく水耕栽培実験農場も加えて、近辺の契約農家直送の有機野菜料理が、当店の売りだ。


nansai08227-7.jpg


くらげのような巨大野菜は、無数の根が薬液のなかを泳いでいる水耕栽培を描いたつもり。 

ポスターのキャッチフレーズはこうだ。
「ここの野菜は、うまい。
そのはず、某国立大医学博士が考案した回転水耕栽培だ」

農薬を使わない、害虫は回転する水槽で水没水死させる仕組み。日光をさんさんと浴びるから、作物が大きく育つ、歯ざわりがよく、ビタミンが逃げない。だからさくさくと歯ざわりよく、うまいのだと、いいコト尽くめだが、問題は製造コストだけだという。
一日も早い入荷が待たれる。

投稿者 nansai : 13:11

2008年2月20日

大接戦を制するのは、小口の献金者か

nansai080220-1.jpg


今年のアメリカ大統領選挙ほど、まだ予備選挙なのに、手に汗にぎってみたことはなかった。記録的な人数が投票所に列を作った。総額五千億円の政治資金が乱れ飛ぶとか。テレビやネットを通じて、時々刻々、大リーグ以上に迫力が伝わってくる。
民主党の指名競争が白熱している。ヒラリーとオバマのがぶり四つの勝負は、延長戦にはいり、たがいに非難の応酬で因縁試合の様相を呈してきた。

日本とは、選挙の仕組みが違うようだ。こちらでは、有権者は一方的に、一票を懇願されるだけで、積極的に献金やカンパに応ずるほど熱狂しない。
商品のカタログにあたる「選挙公報」は、何も書かれていないのと同じだ。情報不足のため、誰を選んでよいか、よくわからないままに投票所におもむくこともしばしばである。

アメリカでは、投票の前に、まず候補への募金合戦がすさまじい。
いくら集めたかをマスコミが報道する。
あの広い国土で、各州の有権者に呼びかけるには、運動員とテレビCMと遊説のための航空運賃が必要だ。経費は、ばくだいだろう。
候補者は必死で募金を呼びかける。法の許す範囲で一人2300ドルとか。戦前の予想では、全米に水も漏らさぬ集金ネットをつくりあげたクリントンが有利で、圧倒的な資金量を誇っていたという。

ふたをあけると、オバマの草の根ネットが猛然と募金をつのった。いまはかんたんにネットで送金できる。ネットの差も大きいのか。
かれは「変化」を掲げた。いっしょに分裂を乗り越え、アメリカの統一を唱えるメッセージがイエスと受け止められた。
オバマの支持者は、若者、インテリ、黒人だ。零細献金者だ。ちりも積もれば莫大な資金が集まる。寄せられた四十七パーセントが、200ドル以下という。
ふだんは献金しない層が、スローガンに共鳴して応募してきた。ここまでもつれて長期戦になれば、いわゆる「ロングテール」層がカギをにぎるのか。
一月にオバマ陣営は3200万ドル集めたのに、対するヒラリー陣営は、1300万ドル。支持者たちはもう法定枠を使い切っていた。弾切れだ。

nansai080220-2.jpg

全米津々浦々での遊説演説は、スピーチライターをフル動員して、黒人、農民、自動車産業、ヒスパニックと、それぞれ利害の異なる地元へ、二枚舌三枚舌で呼びかけることになる。揚げ足の取り合いもえげつなく、支持者の反応もすごい。
目先の一票ほしさに、地元向けの約束手形をきりまくるのは、日本の選挙と同じらしい。広大なアメリカにくらべれば、本来は、日本のほうが、情報公開よろしきを得れば、民意を正しくまとめやすいのではないか。

民主主義という巨大で複雑な仕組みを効果的に動かすのはたいへんだ。
大統領候補を党内の指名で勝ち取るのにこれほどのカネとエネルギーが必要だ、とは驚く。大統領選挙は、4年に一度の祭りだとか、民主主義教育の場とか言われるが、そんな生易しい争いではないようにみえた。
こんなカネのかかる選挙以外にいい方法はないものか。建国の父たちも驚いているのでは?
選ぶほうも選ばれるほうも、一体になって盛り上げる熱気の選挙。それはいい。そのなかで、前回はブッシュのような大統領が選出されたのだが。

投稿者 nansai : 12:51

2008年2月18日

大阪の若者も、たいしたものだ


nansai080218-1.jpg

なんとも形容しがたいマルチな才能の持ち主が、大阪に誕生していた。
「乳と卵」で芥川賞を受賞した川上未映子だ。豊胸手術を望む母と思春期の娘の関係を描く物語で137回の芥川賞に選ばれた。小説は二作目という。
ぼくには小説の批評眼はないが、織田作之助風の大阪弁をまぶした「弁文一致」の口語饒舌体は、きらいではない。樋口一葉の文体に影響を受けたそうだ。

それよりも、文芸春秋三月号に載った受賞者インタビュー「家には本が一冊もなかった」を読んで、ぼくはさわやかな感動を覚えた。
昼は書店員、夜は新地で働いたというドキュメンタリーとしての、彼女の人生の軌跡が共感でき興味深かった。
大阪市立工芸高校卒業後、書店員、歯科助手、ホステス、歌手をへて、作家デビュー。まだ31歳なのに。

家に本がないので彼女が小説を読み出したのは、国語の教科書だった。いろんなジャンルの作品が収められていて面白かったという。高校の二、三年生のときにカントの入門書を読んだのが始まりで、働きながら大学の通信教育で哲学を学んだ。
小説を書くのと似ているそうで、歌手としてもライブは続けてやりたいらしい。

足が地に着いていて、物怖じしない。しっかりしているなあ。いや、たいしたものだ。
世間の良家の令嬢おりこうさんコースとは、まったく違う、けものみちを踏みしめ疾走している。終戦後の焼け跡を経験した、ぼくら昭和の残党としても、共感できるところもあるな、と勝手に考えた。

川上未映子賛江。ぼくのアーカイブのなかから拾い出して、思索する猛禽類としての彼女のイメージスケッチを勝手に試みてみた。ご本人はグラビアで見るとなかなかの美形なのだが。


投稿者 nansai : 15:57

2008年2月12日

建国記念の日は、かつての「紀元節」だった

太平洋戦争前の今日は、紀元節だった。小学生のぼくは、登校して、天皇皇后の御真影のまえで、
「雲に聳える高千穂の」
と声を張り上げて紀元節の歌を歌った。
で、きょうは、高千穂の峰に天孫ニニギノミコト(ワードでは漢字変換できない)が降り立ったとされる日だと思っていた。天照大神の命により、日本つまりトヨアシハラチイホアキミズホノ国を治めよ、サキクマセ!

nansai080212-1.jpg

きっと栄えるよ、といわれるままに、天孫が降り立ったと教わった。
いま、悪名高い高級官僚の「天下り」は、これに由来する。
ところが、紀元節の唱歌には三番あって、中心場面は宮崎県ではなく、奈良県の橿原で、神武天皇の即位がテーマだそうな。神話と歴史の区別なんかわかるわけもなく、一番だけで早とちりして、小学生のぼくには紀元節の主役がこんぐらがっていたのだ。でも、「くーもにそびゆるたかちほのー」だもんな。
昭和十五年は、国を挙げて、紀元節を祝った。どういう計算かわからないが、紀元は二千六百年。節目の年というわけだ。
当時は、あの太平洋戦争の一年前で、その後の運命を知る由もない国民は、国威発揚で盛り上がっていた。
金鵄輝く日本の、栄えある光身に受けて奉祝歌が大ヒット?して歌われ、おおさわぎだった。二十一世紀のいま、ネットでも、初音ミクが歌ってくれる

nansai080212-2.jpg

「八紘一宇の塔」が、戦後万博の「太陽の塔」のように時代のシンボルだった。塔は、東国原知事のお膝元宮崎にある。

少年のぼくには、悔しい思い出がある。
当時の少年倶楽部の付録に、八紘一宇の塔の紙製組み立て模型が付録についた。ぼくの家では、雑誌や本は、外地から親が送ってくれることになっていた。広告で見た付録を楽しみにしていたら、付録だけ、父親が自転車から落としてしまったという。70年たったいまも、残念である。

この日、朝日新聞に、「無宗教の国に多くの支持者」と題して、東京大学宗教学の島園進教授の国家神道についてのタイムリーな論文がのった。
「明治23年に教育勅語が下された。明治天皇が教育の根本を精神について国民に授けた聖なる教えだ。この後、小学校は、天皇の聖なる教えに導かれる場となった。それから敗戦までの数十年の間に多くの日本人が神道的な拝礼に親しんだ。伊勢神宮や明治神宮に詣で、天皇のご真影と教育勅語に頭をたれた。これが国家神道だ。」
思えば、幼かったぼくにとって、学校は、国家神道の「教会」だった。講堂に祭壇がもうけられていた。イコンは普段は奉安殿に保管されていた。先生たちは、みな国粋主義の「宣教師」だった。
昭和二十年までは、ばくぜんとだが、神州不滅だと信じていた。国家神道の導くところ、敗戦寸前まで、国体護持、一億玉砕にまでゆくのだが、竹槍を持って聖戦に殉じようとした当時の庶民にとっては、それは昭和天皇への個人崇拝とどう違うのか。アラブの大義とか北朝鮮の首領様信仰とどう違うのか。

島薗教授は、こうも述べている。
敗戦後も国家神道は解体されてはいない。皇室神道の「核」は残った。今もなお多くの信奉者がいる。




投稿者 nansai : 15:59

2008年2月 7日

喫茶店のカレーのにおい

喫茶店でカレーなどの強い食べ物のにおいが漂うのは困ったものだ。芳醇なコーヒーの香りがだいなしだ。気になりませんか。
といってぼくが特別コーヒーの香りの差に敏感なわけでもないが、食べ物やソースのにおいが、どうしても狭い店内では勝ってしまうのだ。

nansai080206-1.jpg

「ついに、スターバックスが再びコーヒーらしい香りを取り戻すことになった。」とニューヨークタイムズの電子版にのっていた。
トップの鶴の一声で、朝食に温かいサンドイッチを出していたのをやめることにしたそうだ。つまり、コーヒーのアロマを、温かいサンドイッチのにおいがじゃまするのに、シュルツ社長が気づいたらしい。やっぱりコーヒー専門店の売りは香りやで、と原点に帰ったのだろう。

飛ぶ鳥を落とす勢いだったスターバックスも、競争の激しい米国内ではかげりをみせ、不振の100店舗を閉めるそうだ。マクドナルドやダンキンドーナッツが、味のいいコーヒー部門に進出してきたからだ。

nansai080206-2.jpg

昭和も遠くなった。味にこだわる頑固な店主のネルで濾して淹れる濃い苦いコーヒーが、かつては、大阪名物だったが、代も変わり、そんな喫茶店は少なくなった。
店主の人柄にひかれて、雨の日も常連が集まってくる暖かい店は生き延びているようだ。イタリヤのバールのように、顔なじみが、ゆっくりだべりながら、粘れる店がほしい。
建築家の安藤さんによれば、大阪の男どもは散歩をしない。だから、町がさびれるのだという自説だ。一理ある。
そういえば、市役所の近くで花火でも上げると、人出が急に増える。大阪人は、イベントに餓えているのか。

nansai080206-3.jpg

この春、いよいよ京阪電車の新線の上を利用して、
大川端の八軒家着場跡にも遊歩道ができるらしい。
ここからみる中之島の風景は、絵葉書のパリに似ているといわれる。川風に吹かれぶらぶら歩いて疲れたら、憩える止まり木のようなオープンカフェはできたらいいなあ。回転寿司にもきてほしいが。

大阪は家賃が高いと、よく耳にする。
家賃を料金に織り込むと、若い人を吸い寄せる小さな店やレッスン場の経営が、成り立たないそうだ。
あちこちで、いまビルとビルのすき間に、中小のビルがにょきにょき建ちかけている。思い思いにばらばらで、町なみとか店なみ?は、気にしていないようだ。先行き景気の見通しは暗澹としている。人が吸い寄せられるアイデアは大丈夫かな。
家賃が高いと、きれいなビルが建っても町はまちがいなくさびれる。バブル前、銀行の店舗で埋め尽くされた御堂筋の寂れようを思い出す。伝統に根ざさない「御堂筋パレード」では、活性化はどうにもならない。

投稿者 nansai : 17:56

2008年2月 1日

首長を選ぶ選挙は、たいへんなのだ。

二月五日火曜日、スーパー・チューズデー。いよいよアメリカの大統領選挙は、両党候補者もしぼりこまれ前半の山場を迎える。

nansai080201-1.jpg

一人の候補者を大統領に選ぶのに総額で5000億円のカネが乱れ飛ぶといわれる。
長丁場のすさまじい選挙戦に勝ち抜くには、候補者の体力と根性とカネだ。終盤には、テレビ宣伝の投入量で差がでてくるという。
相手を中傷するテレビのコマーシャルに制限はないそうだ。カネが続く限り、ボクシングのように打たれたら、すぐやり返す。えげつない。

民主主義の総本山、4年に一度のこの国の選挙方式が、はたして正しい効率的なやりかたなのか。建国の父が作ったシステムだそうだが、21世紀のわが国にふさわしいお手本なのだろうか、わからない。

アメリカの大統領選挙では、民主、共和両党ともに、指名争いで、キャンデダシー、候補者の資格をめぐってまるで格闘技のようなつかみあいの激しい言い争いになる。民主党のオバマ対ヒラリー、旦那のクリントン元大統領も加わっての場外乱闘的舌戦が、見ものだ。
いまは、ユーチューブで、やりあいのスピーチがネット上にくりかえし見ることができる。スポーツの実況のようだ。

nansai080201-2.jpg

お互い自分こそは「ふさわしい」と主張する。
一様に、「変革」が必要だ、とCHANGEを叫ぶ。
そして、要は、大統領の任に堪えるだけの経験があるか、準備は万全かなど、誹謗中傷を交えて、同じ党内で言い争うのだ。相手候補はふさわしくないと、面と向かって攻撃する。
だから問題点は、浮き彫りになる。

選挙はビジネスであり、ぬかりなくプロの戦略コンサルタントが仕切る。選挙対策本部は、戦略を立て、カネ集めのシステム作りに躍起だ。
各候補のウェブサイトは、充実している。サイトに訪れた読み手を説得し巻き込もうとしている。
政見だけでなく、寄付を募り、集会への参加を呼びかけ、ボランティアとして力を貸してくれるように訴えているのだ。

結局は、集金力だと専門家はいう。
カネさえ用意できれば、あの凡庸なジョージブッシュが選ばれてしまうのが、アメリカの民主主義の苦い現実なのだ。
さて、今回は?世界が注目している。盛り上がりは、すごいようだ。

nansai080201-3.jpg

候補者の適性をあげつらわねばならぬのは、大阪府知事選もおなじだった。日米の選挙事情は、もちろん、比べようはない。
だが立候補のいきさつからみて、府知事戦は、いかにもにわか仕立てで準備不足の楽屋がまるみえだった。かねて議論を重ね周到に検討されたグランドデザインを用意したわけでもなかった。次点に終わった大学教授は、40日では何もできなかったと述べている。
大阪府知事選挙は、知名度の争いとなり、弁護士でテレビタレントの橋下氏が圧勝した。

大差をつけ獲得した百八十万票をどうみるか。関西では、やはり「お笑い百万票」か、と東京のマスコミからは揶揄されているのだが。

nansai080201-4.jpg

大阪府の有権者は700万人いるらしいが、候補者選びは、カタログなしで商品を注文するようなもので、有権者としては、商品の中身がよくわからないから、選ぶのはむつかしく、おっくうになる。

府は、5兆円の累積赤字をかかえている。
府は、800万人の乗客を乗せて、海面すれすれを低空飛行中のウルトラ巨大エアバスなのだ。力つきれば夕張市と同じ財政再建団体に転落する。
当選すれば、府知事は、その超巨大ジャンボジェットを、機長として操縦することになる。設計ミスと積年の整備不備で、おんぼろエンジンは不調である。徐々に高度は下がってきた。乗客800万人を満載して、無事つつがなく航行できるのか。

結局選ぶものさしとしては、事前にどれだけ顔が売れていたか、テレビに出ていたかになる。知名度、好感度だけが、選ぶ材料のすべてになる。
首長にふさわしいかどうか、わからない。おそらく本人にも。
市も府も、ふりかえれば、民間企業の再建なら、経営能力の期待できない人材が過去選ばれてしまったのだ。その結果が、現在のおびただしい赤字と遺跡のような役立たずハコモノである。ただしい政策をとれなかった議員を選出した府民、市民の責任であろう。

ぼくは、橋下知事の若さだけでなく、かれの卓越した学習能力に期待している。
これからでも遅くない。腕利きのブレーン集団を率いてほしい。再建には、府の経営を診断し治療する「外科医」のスタッフが必要だろう。宮崎県東国丸知事よりも、元三重県知事の北川路線を打ち出してほしいと願うのだが。

夕張、大鰐、大阪。各地自治体の破綻は、公共事業の利用客の現実離れした需要予測にあったのはあきらかだ。
ニュータウンもオリンピック誘致も地下駐車場も空港もリゾートホテルも整備新幹線も公民館も博物館も遊園地も道路も橋もトンネルも、需要予測の甘いでっちあげで、死屍累々の赤字の惨状を招いたのだ。議会は、チェック能力を欠いた。
それを見抜くデジタルのチェックシステムがあれば、橋下知事はそれを駆使してもらいたい。
スーパーコンピューター?に、政策の実現可能性の選択肢を正しく入力し、議会はそれにもとずいて討議して決めればよい仕組みはできないものだろうか。
要するに、税金のもっとも得な使い方を長期シミュレーションし、「神託」ならぬ客観的な予測をコンピューターにまかせられないものか。

地元大阪の選挙事前報道よりも、海外の田舎の選挙の手に汗握る状況が、テレビ、インターネットで時々刻々リアルタイムで伝えられる。ユーチューブでみれば、候補者は目の前だ。
どのような形の選挙が望ましいか。
スケールは、あまりに違いすぎるが参考にはなる。

投稿者 nansai : 15:00