縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2008年4月24日

造幣局桜の「通り抜け」


nansai080424-1.jpg

いつもは閑散としている天満橋駅がどっと人の波でにぎわうのは、天神さんの夏祭りのほかには、造幣局桜の「通り抜け」のときだけである。
あちこちの桜が散った後の桜見物に、八十万人の善男善女がどっと繰り出してくる。満開の370本、125種の遅咲きの八重桜がお目当てだ。日本中から集められたときく。
見物は夜桜が本来だろうが、ふと思いついて、あえて大混雑の日曜日の白昼に単身突入をこころみた。
軽率にも、いつものとおり天満橋駅を降りて天満橋を渡ろうとした。
これは無謀というもので、天満橋は、人の河の交通規制でとても渡れない。迂回して東の川崎橋からようやく造幣局前の広場へ。縁日のような混雑だ。
こんなに人が集まるのは、花もさることながら、無料公開ということだ。だが、構内は、飲食禁止、食べ物はしまってくださいとアナウンス。ひたすら歩くだけ。さくらの下にござをしいて車座になって、さわぐこともできないから。場所取りも必要ない。
いまの花見は、見るより、撮る時代か。
みなケータイやデジカメで写真を撮るから、行列がすすまない。

nansai080424-2.jpg

大混雑にも平然と老夫婦が「これが、話題の雨宿りか」などと、花の前で立ち止まり、名札を一つ一つ確かめて楽しんでいた。
ぼくなんか花を撮る人々の写真を撮るのに夢中で、どの花もほとんど同じにみえてしまった。デジカメの液晶画面は、まっくらでなにもみえないから、やたらめくらめっぽうに、シャッターを押す。
あとで、造幣局のホームページをみたら、さくらの樹の一覧が、「あずまにしき」「あまぎよしの」から始って、解説つきでアイウエオ順にのっているのを発見。、まるでさくら図鑑だ。生きた花を満開の現場で見上げても、この多様な品種の差は、門外漢のぼくの目ではとても見分けられない。

nansai080424-3.jpg

親切に中国語のアナウンスもきこえてくる。「通り抜け」もグローバルになったのだ。
のろのろ牛の大群にむかって、写真なんか撮るのをやめて前へ進んでください、と絶叫する場内整理のおっさん。ごくろうさんなこった。
造幣局は、明治の文明開化の象徴だった。近代化学発祥の地ともいわれている。

nansai080424-4.jpg

構内には、さくらが植えられていた。明治16年に時の遠藤謹助局長の「局員だけの花見ではもったいない。市民とともにたのしもうでないか。」(同局ホームページ)の提案で構内の桜並木の一般公開が始った。
戦災で何もかも失った大阪で根付き、これだけの人を毎年集められるのはすばらしい。
思いつき一過性のイベントでは、決してない。

花見は、文化遺産なのだ。
腰をすえて、花の寿命二十年三十年を見据えて、ソフト、ハードがともにそろわないと、こうはいかない。
しかも、それが明治初年から連綿と125年も続いている。国がバックアップする条件がととのっていたとはいえ、すごいことだ。
大阪文化再建のお手本が、ここにある。

「水都再生」が、叫ばれて久しい。
だが、うわすべりの思いつきイベントに流れてしまっているようだ。橋下知事が「イベント後の効果が不透明」と批判して「水都大阪2000」の実施計画案に反対した。
ぼくは橋下知事の反対意見を全面的に支持したい。

カネがかからないからといって、補助金を出して、終わってしまえば、単なる思い付きはいっさいが揮発して何も残らないことになる。
赤貧にあえぐ自治体が、ほかの喫緊の出費をさしおいて支援する価値はない。
ハードあってのソフトだ。リピーターをひきつける魅力ある持続的な都市文化を、大阪に根付かせねば。
この十年の失政で、なにやら文化的お題目のついた中身のないハコモノが、むなしいカネ食い虫であることは、国も地方自治体も思い知ったはずなのに。

京阪電車西口で、「造幣局桜の通り抜け」の臨時案内表示がふと目に留まった。

nansai080424-5.jpg

ふうん、造幣局は、JAPAN MINTか。覚えやすいな。英語と漢字の字画?の差がおもしろいと思った。
ついでながら、「通り抜け」の英訳は、
view‐throughとしてみたらどうだろう。(ドライブスルーというではないか。)よけいなことだが。
世界でもワシントン、ニューヨークでも、さくらが人気だ。中国からも花見客が訪れ始めている。枯れ木のように何もない大阪を花の町にできるかなあ。

nansai080424-6L.jpg

そういえば、むかし南港の天保山は、花の山だった。いまも、「世界で一番低い山」が売りだ。ここは江戸時代大川をさらえた土砂を積み上げた人口の島で、そこにさくらを植えた。
おおさらえに従事した人たちの粋なはっぴの衣装が資料に残っている。いま荒涼とした南港で花の山は、想像しにくい。大阪では、ここまで風景は変わるのだ。

投稿者 nansai : 13:14

2008年4月17日

500円玉の値打ちを考える

nansai080417-1.jpg

このところ、ぼくは悪名高い「長寿医療制度」の恩恵により、腰痛の整骨治療に通っている。

この制度について厚生労働省はこう説明している。
これまで長年社会に貢献してこられた方々の医療費を、国民みんなで支える「長寿を国民皆で喜ぶことができる仕組み」(原文のまま。)と。

思いもかけぬ世論の沸騰にびっくりして、急きょ書き直したにちがいないが、ありがたいことではないか。
ぼくにしてみれば、従来どおり五百円玉ワンコインで整骨治療が数分受けられるのだ。

若い先生のタッチの妙というか、もむわけでなく、ほぐすわけでなく、どこがどうなっているのか知らないが、あちこちをさわりまくるだけで、あら不思議、老骨が95%回復してきた。

nansai080417-2.jpg

あとちょっと、小腰をかがめたり、低いいすから立ち上がるとき、あいててて、というほどではないが、ぴぴぴと違和感信号がくる。完治まで、もうちょいである。治療中の絵も、なかなか、うまく描けた。青いほうがぼくである。ねんのため。
前回は、中途半端のまんま、無謀にもゴルフコースにいきなり出て、その翌日から、あいてて、と寝返りが打てない元の木阿弥となった。あの苦い経験を繰り返すまじ。

nansai080417-3.jpg

このありがたい長寿医療制度は、趣旨がわかるように説明されていないため、いまや高齢者からの怨嗟の的である。へんにかざらずに、本音を正直に言えよ、という声もある。
年寄りに死ねというのか、といきまく向きもあるが、ま、いずれお迎えが来るのだ。
問題は、本人にも、家族にも、国、自治体、医療機関にとっても、たいせつな究極の終末医療をどうするかである。この制度がうまくはたらいてくれるだろうか。
国は、年間死亡者100万人の終末期医療費およそ9000億円を抑制したいのが本音。
でも、そのための在宅医療支援って、インフラがととのっていないいま、はたして、うまくゆくかなあ。
救急車が搬送する病人を病院に受け付けてもらえず、うろうろするさまがダブってみえてくる。

海外のインターネットをグーグルであけてみると、
good deathというテーマが、なんと、2千880万項目あがっていた。
ちなみに、トップにはBBCの健康特集「グッドデスを迎えるには」があがっていた。PDFで冊子が読める。
21世紀、人類最大の関心事、究極の健康問題は、
不老不死ではなく、good deathなのである。
厚生労働大臣には、あまりに荷の重すぎる課題だ。
さて。


投稿者 nansai : 15:04

2008年4月15日

さいなら、さいなら、くい倒れ太郎

道頓堀の食堂ビル「大阪名物くいだおれ」が突然閉店を宣言。ニュースが流れて驚いた。創業六十年、「そろそろ定年を迎え、お役目を終えたようです」と。

nansai080415-1.jpg

何で?寝耳に水だった。
道頓堀といえば、あんなにたくましく猥雑で、食い意地の張った人にあふれ、にぎやかな通りなのに、経営は、もう限界だそうな。わからんものだ。
店よりも、名物の電気仕掛け人形「食い倒れ太郎」の行き先が、話題となっている。
昭和25年に「これからは子供が大事な客や」と、客寄せのための人形を創業者が考案した。残して欲しい、さびしいという声が高い。

店では、プロジェクトチームをつくって、太郎の身売り先を探すという。

nansai080415-2.jpg

思い切りよく退陣のように見えるが、道頓堀を歩く客層が変わり、家族経営の限界から赤字もかさんできたから、
「もう定年や」と割りきったのだろう。
ほかにやりようがあったのではとは、余計なお世話だ。ごくろうさん。

ランドマークの人形の前で写真だけ撮って、かんじんの食堂に入らない客がほとんどではねえ。さっぱり商売にならんわけだ。全盛期の半分に売り上げが減ったそうだ。

かんがえてみると、キタが地盤のぼくは、大阪で半世紀暮らしているが、ミナミのこの超有名店に入ったことは一度もなかったのに気づいた。

nansai080415-3.jpg


道頓堀はめったに歩かなかったし、この店の前を通り過ごしただけだったなあ。「名物?にうまいものなし」だったのか。
ぼくも老いたし、食堂ビルも時代の客に合わなくなったということか。

親しみやすい人気はさることながら、モデルは、杉狂児だったとか。
もともとぼくの好みからいえば、食い倒れ太郎は、どう見てもチンドン屋で、顔も衣装も、あまりに洗練されていず、そこが愛されたのだろう、全国メディアに親しみをこめた軽侮のまなざしでことあるごとに大阪のシンボルとして取り上げられるのには、忸怩たる思いがあった。

しかし、太郎は、「大阪といえば思い浮かぶことランキング」調査では、

nansai080415-4.jpg


堂々?の8位にランクされている。
たこ焼き、大阪弁、吉本芸人、お好み焼き、通天閣、阪神タイガースファンに続いてだ。
あとには、「おばちゃん」と続く。

吉本と粉もんと阪神に頼る伝統も結構だが、21世紀には、なんとかならんのか。新しい大阪の文化のシンボルよ。
他府県からの眼には、これに「暴力」の町というイメージがつきまとうのだ。

江戸時代から連綿と続いた道頓堀の昔の情緒も消えた。残る老舗もわずかである。
新しい大阪のメッカは、関東から攻め下ってきた電器量販店だ。アジア、いや、世界から、ショッピング目当ての観光客が集まる時代だ。通りのあちこちから耳慣れない外国語がきこえてくる。

nansai080415-5.jpg


戦後焼け跡から復興し喧騒と繁栄の渦の中心だったランドマーク道頓堀。
その裏も表も、戦後60年の長きにわたって黙って見つめてきたのが、食い倒れシンボル太郎さん。
とうとう定年か、ごくろうさんやったなあ。
いさぎよく、後進に道を譲ってくれてありがとう。おあともよろしいのではないか。
さいなら、さいなら、さいなら。

投稿者 nansai : 13:15

2008年4月 9日

エイプリルフールと長寿医療と、なにか関係あるのかな?

nansai-080904-1.jpg

四月一日は、エイプリルフールデー。ユーモアの本家英国は、まじめにやるからおかしい。
ことしBBC放送がCGの技術の粋をつくしてつくりあげた空飛ぶペンギンたちの映像が話題になった。。
放送はすぐ終わったが、ユーチューブでみてみよう。
南極のペンギンの大群が、こけつまろびつ、いっせいに離陸して、やがて空を舞う光景は圧巻。BBC製作スタッフの力作だ。

nansai-080904-2.jpg

ペンギンたちは、大挙して南極から数千キロを飛んで、そのまま熱帯アマゾンの密林に降下というふざけたコマーシャルである。

nansai-080904-3.jpg

BBCウエブサイトには「あなたが英国在住でないとみれません。」とあるが、べつにロンドンに住んでいなくても、四月一日過ぎても、いまは国境を越えユーチューブでくりかえし眺められる。
ぼくは、蛇足ながら思いついて、南極のペンギンが空を飛んで熱帯のアマゾンのジャングルに降下したシーンをフルカラーで描いてみた。ペンギン降臨の図。オリジナルBBCのペンギンCMは、早くも不朽の名作の呼び声が高い。
あれはおもしろかったなあ。と、いまだに語り継がれるBBCのエイプリルフールの最高の愛すべきケッサクは、いまから50年前、放映された「スパゲッティの樹」だ。
英国では当時まだめずらしかったスパゲッティが、スイスの湖畔で栽培されているという筋書きで、地方の衣装を着た女性たちの収穫風景を放送した。樹からつるされたゆでたスパゲッティを、丁寧に摘み取ってかごに収穫するという念のいれようで、800万人が見たそうだ。まともに信じた人も多かったとBBCのウェブサイトにのっている。BBCはいまだに当時の記録をアーカイブし、引退したプランナーの声を紹介しているのがすごい。

nansai-080904-4.jpg

さて、この四月から、ボクは、「コーレー」ペンギン族の仲間入りした。冗談ではなく厚生省が「後期コーレー者医療制度」をスタートさせた。
紙質ぺらぺらの薄い保険証が送られてきた。
これからペンギンのようによたよた杖をついて歩くお仲間は、増える一方だろう。1300万人もいるということで心強い限りである。東京都の人口なみだ。
しかし、なんぼなんでも名称がロコツすぎる、早く死ねといわんばかりだなどと、批判が出たとかで、高齢の福田首相が「長寿医療制度」と変更するように指示したそうな。
ま、いいじゃないか、どっちでも、とぼくは思う。

見切り発車のため、ちんぷんかんぷんだった説明不足を補うのに20億円以上の経費がかかるらしい。
年寄りが増えて、国も困っているのだ。

nansai-080904-5jpg.jpg

いよいよ体力の限界がきた後期高齢者1300万人に、医療費が、年間11兆400億円かかる。寝たきりも、これから増える一方だろう。
「長寿」高齢者と呼び方を取り繕っても、現実には年間100万人近く死亡する。医師会によれば、一年間の終末医療費は、9000億円に達するらしい。
こうなると、国は、もう面倒見切れない。それは正しい。どうか自分の始末は自分で、ということだろう。親に負担力なければ、知らない若者世代のせわになるのではなく、むかしから子が、死ぬまで面倒をみた。
国には、バックアップをしてもらいたい。天涯孤独でセーフティネットの必要なひとたちには、それなりに手厚く。おそらく全体の一部だろう。

nansai-080904-6.jpg

だから、税金の無駄な出費を絶つ。正しい優先順位で使う。当然、役人と政治家のつるむ無駄使いはやめて、老人医療などもっと切実な使途に税金を当てよう。
クマしか通らず車の走るのを見かけない道路はいらない。むしろ、高齢者医療のほうがだいじではないか。道路という地方利権の分捕り合戦などは、もうやめてもらいたい。

政党は気づいているのか。とくに都市部の大病院の待合室には、おびただしい数の不安げな高齢者がひしめいて診察の順番を待っている。人口の8割は都市部に集中する。せまりくる高齢者問題は、都市問題なのだ。
粗末にあしらわれて怒れる後期高齢者はこわい。
「地方の切捨てか」などとおどし、目先の一票に目がくらんで、自民党は、田中角栄的な地方への利権ばら撒き政策を続けるゆとりはないはず。

投稿者 nansai : 16:08