縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2008年4月15日

さいなら、さいなら、くい倒れ太郎

道頓堀の食堂ビル「大阪名物くいだおれ」が突然閉店を宣言。ニュースが流れて驚いた。創業六十年、「そろそろ定年を迎え、お役目を終えたようです」と。

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何で?寝耳に水だった。
道頓堀といえば、あんなにたくましく猥雑で、食い意地の張った人にあふれ、にぎやかな通りなのに、経営は、もう限界だそうな。わからんものだ。
店よりも、名物の電気仕掛け人形「食い倒れ太郎」の行き先が、話題となっている。
昭和25年に「これからは子供が大事な客や」と、客寄せのための人形を創業者が考案した。残して欲しい、さびしいという声が高い。

店では、プロジェクトチームをつくって、太郎の身売り先を探すという。

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思い切りよく退陣のように見えるが、道頓堀を歩く客層が変わり、家族経営の限界から赤字もかさんできたから、
「もう定年や」と割りきったのだろう。
ほかにやりようがあったのではとは、余計なお世話だ。ごくろうさん。

ランドマークの人形の前で写真だけ撮って、かんじんの食堂に入らない客がほとんどではねえ。さっぱり商売にならんわけだ。全盛期の半分に売り上げが減ったそうだ。

かんがえてみると、キタが地盤のぼくは、大阪で半世紀暮らしているが、ミナミのこの超有名店に入ったことは一度もなかったのに気づいた。

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道頓堀はめったに歩かなかったし、この店の前を通り過ごしただけだったなあ。「名物?にうまいものなし」だったのか。
ぼくも老いたし、食堂ビルも時代の客に合わなくなったということか。

親しみやすい人気はさることながら、モデルは、杉狂児だったとか。
もともとぼくの好みからいえば、食い倒れ太郎は、どう見てもチンドン屋で、顔も衣装も、あまりに洗練されていず、そこが愛されたのだろう、全国メディアに親しみをこめた軽侮のまなざしでことあるごとに大阪のシンボルとして取り上げられるのには、忸怩たる思いがあった。

しかし、太郎は、「大阪といえば思い浮かぶことランキング」調査では、

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堂々?の8位にランクされている。
たこ焼き、大阪弁、吉本芸人、お好み焼き、通天閣、阪神タイガースファンに続いてだ。
あとには、「おばちゃん」と続く。

吉本と粉もんと阪神に頼る伝統も結構だが、21世紀には、なんとかならんのか。新しい大阪の文化のシンボルよ。
他府県からの眼には、これに「暴力」の町というイメージがつきまとうのだ。

江戸時代から連綿と続いた道頓堀の昔の情緒も消えた。残る老舗もわずかである。
新しい大阪のメッカは、関東から攻め下ってきた電器量販店だ。アジア、いや、世界から、ショッピング目当ての観光客が集まる時代だ。通りのあちこちから耳慣れない外国語がきこえてくる。

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戦後焼け跡から復興し喧騒と繁栄の渦の中心だったランドマーク道頓堀。
その裏も表も、戦後60年の長きにわたって黙って見つめてきたのが、食い倒れシンボル太郎さん。
とうとう定年か、ごくろうさんやったなあ。
いさぎよく、後進に道を譲ってくれてありがとう。おあともよろしいのではないか。
さいなら、さいなら、さいなら。

投稿者 nansai : 2008年4月15日 13:15