縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2011年10月13日

十月十三日 
56歳と100歳。偉大な二人の人生に思う。

偉大な革新者スティーブ ジョブズの恩恵を、ぼくも、毎日受けていたのに気付かなかった。ぼくの絵は、すべてマウスを動かして描いているのに。

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このマウスは、天才スティーブ ジョブズがはじめて製品化した。かれは79年にゼロックス研究所を訪れたときに、はじめてマウスを見た。そしてその瞬間このちいさな機器がコンピューターの世界を一変させる可能性があるとみてとって、以降、精力的に製品化を推し進めたといわれている。
うかつにも、ぼくはマウスを世に送りだしたのがジョブズとは知らなかった。


アップルのホームページを開くと、創業者スティーブ ジョブズの遺影が、射すくめるような眼光でこちらを見つめている。
56歳の若さでスティーブ ジョブズがなくなった。
早すぎる死を惜しまない人はいない。ぼくのようなマック音痴にも損失の甚大さはわかる。
「未来を、ありがとう」ニューズウイーク誌は、巻頭でカレジの落ちこぼれが,我々を未来にみちびいてくれたと感謝している。

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20歳で自宅のガレージでアップル社を起こし、ついには異なる五つの産業に大きな影響を与えたといわれる波乱の生涯だった。

有名な「ステイ ハングリー ステイ フーリッシュ」(いつも貪欲であれ、つねに謙虚であれ)でしめくくったスタンフォード大学の6年前の卒業式のスピーチがユーチューブで、いまも流れている。字幕付きだ。
きょうで命が果てると思えば、きみは、なにをするか。
いったん不治と宣告された病の手術が成功して、卒業式に招かれた。自分の思うままに生きよと、シニカルなはなむけのスピーチに、こう述べて、若い聴衆の感動をよんだ。

人生にとって教育とはなにか、学歴とはなにか、を考えさせられるかれの一生と業績だった。

学費が高すぎるといって 大学もほとんど行かず、ビジネススクールにも通っていないかれは、あらゆる既成概念を無視した自由な発想で、アイフォン、アイパッドなど、数々の革命的商品を市場に問うた。フロッピーディスクもいつの間にか姿を消してしまった。
かれは、製品のデザインで、ふつうのひとびとがバカチョンで使えるよう心を配ったといわれる。使いづらい、むだなボタンを極力はぶくように現場に要望したとも。
日本でも、パソコンが苦手だった高齢者たちが、スマートフォンに興味をいだくようになり、山村の自治体でも、緊急情報とか巡回バスの時刻表など発信し、みな簡単に使いこなしている様子がテレビで報道されていた。

昨夜は、NHKスペシヤル、「日野原 重明 100歳。命のメッセージ」が放送された。
現役医師として百歳のいまも、終末医療に関わり、緩和ケア病棟で患者たちに元気を与えつづけている医師に一年間密着取した映像が放送された。
百歳の医師は、時代を駆け抜けてあわただしく去ったジョブズ氏の二倍近い人生を生きて、なお末期の患者たちひとりひとりにしづかに生きる喜びを伝えている。そのすがたに、深い感銘を受けた。その使命感はどこからくるのか、特集は教えてくれる。

ジョブズ氏の業績は、市場に流れ込むアップル製品とおびただしい量の情報が、ネットで世界に伝えられるだろう。
いったんは、病のために絶望の淵に追いやられたが、手術に成功したジョブズ氏は10年足らずの残りの人生を燃焼しつくして、アイフォンなどの製品を世に送り出した。世界が、その恩恵に浴している。

一方、文化勲章など数々の名声はかくれもない日野原医師だが、病室で末期の患者ひとりひとりのいのちに最後までやさしく向き合う、百歳の日野原医師のすがたは、テレビ局の密着取材でしか、世間に伝わることはないだろう。
しかし、こうした番組を通して、日野原医師の「医は仁術」の考え方が、ひとりでも多くの次世代の若い医師たちに伝わることを祈りたいものだ。いまの底知れぬ不安な時代に、人心はあまりにも荒廃しているから。
残念ながら、日野原先生の温顔は、ぼくのマウス技では到底描けなかった。

ジョブズは、死期をさとっても、間際まで、自分を信じて、つぎの新製品の指示を出していたに違いない。
日野原医師は、末期がんで、自分を見失いかけている患者たちに元気をあたえる看取りをつづけている。

激しい56歳と穏やかな100歳。それぞれの死への向き合い方は、大事な何かを教えてくれる。

投稿者 nansai : 2011年10月13日 12:58