縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2011年12月 7日

十二月七日 あすは、何の日?
NHK「戦争証言」アーカイブをみよう。平成の「万葉集」だ。

この日は、太平洋戦争開戦の日だ。同時に鎮魂の日であるべきだろう。

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70年前、昭和十六年十二月八日は、「大日本帝国」が米英に対し宣戦を布告し、ハワイ真珠湾攻撃の大戦果に、国中が湧きかえった日だった。(現地には米海軍の記念館が建てられ、アメリカ各地では、「リメンバー パールハーバー」の行事がおこなわれている)
七十年後のいま、この日は、国としては、記念日でも、もちろん祝日でもない。思い出したくない、ふれたくない歴史の一ページなのだ。ぼくは小学校四年生。それから4年後、旧制中学二年生の夏に日本は、降伏した。
日本国民は、あやまった国是を熱狂的に支持、アジア諸国を巻き込んだ戦争により、あまりに多くの死者を出し、悲惨な結末を迎えた敗戦につながるからだ。あの戦争の実態を知る人は次々に世を去って、アメリカと戦った事実さえ知らない若い人が増えているという。
まず、NHKの「戦争証言」プロジェクトが、十二月三日土曜日ゴールデンアワーに放映されたことを、ぼくは高く評価したい。NHKは、太平洋戦争開戦70年にあたり、戦争の実相を未来へ伝えるために、当時の兵士、市民の証言を集めてきた。「戦争証言」アーカイブには、800人以上の戦争体験者の証言が4年間にわたって収集されている。いったい戦争とはなんだったのか。かれらの声をきけば、すべて、なっとくできる。

放映にあたっては、幾多の非難、妨害があったと想像されるが、NHK制作陣は、それを超えて、かつての戦争の悲惨な実像を、敵側アメリカのフイルムも編集して、生々しく視聴者に伝えることに成功した。目を覆うシーンもあえて登場させて。
スタッフの使命感とタブーへ立ち向かう勇気をたたえたい。

「戦争証言アーカイブ」は、いわば、「平成の万葉集」といってよい。のちのちまで語り継がれる国民の史的財産は、ネットで世界につながるのだ。これこそ、デジタルではじめて実現できる、真の公共事業である。クラウド化し永久保存できれば、このようなアーカイブからは、だれでもいつでも(とくに、教室で)必要なときにコンテンツを見て、学ぶことができる。これから、さらに発掘されてゆく史料映像を蓄積してゆけば、歴史教育の水準を飛躍的に高めることになるだろう。

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昭和12年から昭和20年までの8年間に、日本国民3005万人が犠牲となった。それも、そのうちの8割のひとびとが、降伏するまえのわずか2年間に、戦禍のさなか命を落としたのだ。
かろうじて生還したひとたちも、今回まで、牡蠣のように口を閉ざして戦争体験を語ろうとしなかった。アーカイブで戦場の実態を証言した人たちは、ほとんどが90歳前後だ。

万葉集にうたわれている古代の戦いでは、「海行かば水浸く屍、山行かば草むす屍」、大君のそばで戦って死のうと戦意高揚の歌がのせられている。
昭和の戦いでは、中国大陸から南海の孤島までアジア全域に拡大した戦いで、200万人の兵士が声もなく戦場に倒れた。恐ろしい数だ。しかも70%が餓死と推定されている。無計画な補給作戦で、糧秣弾薬が途絶したためだ。

NHK戦争証言であらためて確認できたことがある。それは、なぜあれほど多数の兵士、市民が降伏を肯んじず、玉砕、切り込み、自決など、死を選んだのか。
それは、戦後では想像もできない教育と命令のちからだ。
特に「戦陣訓」。中国大陸の戦線で乱れた軍規を粛正する目的で制定されたが、そのなかの「生きて虜囚の辱めを受けず」の教えが、暴走した。捕虜となれば、恥。故国の家族が非国民とされめいわくがかかる。それよりはむしろ死を選べと徹底して教えられた。
捕らえられ生還したある兵士は、恥だ、恥だといまもくりかえす。

命令は、どんなに理不尽でも非道でも、さからうことはできない。軍法会議で殺されると、農民出身の元兵士は証言している。

学校で教わっていないからか。若い人の中には、当時なぜヨーロッパのようにレジスタンスしなかったのかと問う人もいる。周りを海に囲まれた国が制海権を奪われ、通信情報は遮断されていた日本。食糧自給率はゼロに近い。支援どころか全世界を敵に回した閉塞状況は、わからないだろうなあ。

野田総理大臣の中国訪問を直前になって、中国側がキャンセルしてきた。その日が南京事件と重なることもあって、歴史認識をめぐって、不測の事態もかんがえられるということか。
歴史は、双方に重い。認識の差を、どう総括できるかは難しい。水に流したり、ノーサイドとはいかない。
「リメンバー パールハーバー」の日に改めて思う。

投稿者 nansai : 2011年12月 7日 11:20