縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2012年2月14日

二月十一日 
めでたい建国記念なら、国じゅう、お祭り騒ぎがふさわしいのでは。

二月十一日が、なんの祝日か、わかっていない人がほとんどだろう。なぜ休みなのかわからないまま、ひっそりと過ごした一日だった。この日は、れっきとした「建国記念の日」であるのに。

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敗戦までは、紀元節といった。神武天皇が即位した日にちなみ、といっても、史実ではなく神話にもとづいて?きめられた。
ぼくら小学生は、講堂に集められ、軍服に身を固めた天皇皇后のセピア色の写真に最敬礼し、「雲にそびゆる高千穂の」と奉祝歌(ユーチューブで聞ける)を斉唱し、校長の奉読する教育勅語に頭を垂れ、はだしで直立不動で聞いた。鼻水がつめたい床にたれてもいいから、頭をさげ続けねばならないといわれた。あのような式典を経験した人も、いまでは少なくなったろう。
明治6年制定された紀元節は、敗戦でGHQによりいったん廃止され、昭和42年に政令により復活、祝日とされた。

当時のような式典は、こりごりだ。もう誰も受け付けまい。
だが、国の誕生を、底抜けに明るくにぎやかに祝う祭りは、あってもいいと思う。右も左もなく。七月四日のアメリカ独立記念日、七月十四日の巴里祭のように。

毎年、その日は、祭りだ。記念日は、もっと陽気な季節にうつしたらよい。
世界に冠たる日本の花火技術の粋をつくして花火を打ち上げる。世界のあちこちから集まってもらい、にぎやかに祝い楽しむ日にしたいものだ。

時は、すべてを洗い流してくれる。敗戦でうしろめたい皇国史観の残像も、あと数十年たてば、色あせて立ち消えになるだろう。戦時中は、戦意高揚の大役を担わされた神社も、いまや若い女性たちの観光ホットスポットに変貌してきた。
大阪でいまだにもめている国歌斉唱も国旗掲揚も、不幸にも70年も前の、あのころの悲惨な記憶を引きずってきた。


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テレビでみる外国の都市の街並みは、カフェでも洋品店でも、あちこちに国旗がかざってある。べつに祭日でなくても。
国旗は、町や店を活気づける。人をひきつける。
国旗はナショナリズムの象徴として掲揚するだけではない。町並みをおしゃれに元気にする街角のアクセサリーのはたらきをする。

あらためて日本のイメージを誇り高くグローバルにひろめるのに、国旗も国歌も必要だ。かつて日の丸の小旗は、出征兵士を送るとき、皇族たちの巡行を出迎えるとき、ちぎれるように打ち振られた。しかし、時代は、もう21世紀だ。

日の丸は、これから日本がメシを食べるのになくてはならぬ登録商標だ。老舗ののれんなのだ。世界からリスペクトされねばならない。汗水たらして何世紀もかけて築いた国民の知的資産なのだ。メイドインジャパンの品質は、尊敬されている。末永くあとの世代に引き継ぐブランドなのである。
もう21世紀。次の段階へ進んではどうだろう。
「日の丸」の国旗は、グラフイック的にみれば、世界でも最高傑作のデザインだ。あのようなシンプルなデザインは、他国に類をみない。

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いまの国歌は、試合前の演奏では、ノリにくい。いざ戦わんという気分からはちょっとずれている、なんとかならんかな、と密かに思うのはオンチのぼくだけだろうか。
もっと軽快なメロディーの第二国歌もほしい。
みなが思わず口ずさみたくなる愛される国歌だ。
スポーツやイベントの始まる前など、観衆のみんなが声を張り上げて歌いたくなるようなのがいい。
そんな国歌なら、いまもめている「国歌起立斉唱」も、誰もボイコットせず、全員歌う輪にはいれるのではないか。教会でゴスペルソングが、みなからだをゆすって手を打って歌われるように。

投稿者 nansai : 11:58

2012年2月 2日

一月二十八日 「ご老人は謎だらけ」をもう読みましたか?

なんとなく、またひとつ年をとってしまった。

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五木寛之氏(ぼくと同年らしい。すごいエネルギーの持ち主)の「下山のすすめ」説にも同感だが、山頂をきわめたことがないから、下りるまでもなく、いつも谷間を伝い歩いてきた。

思えば、運と縁である。数えきれない多くのありがたい出会いがあり、ご恩返しもできず、こんなのんきなことをいっておられることに、感謝。

面白い本と出合った。
「ご老人は謎だらけ」―老年行動学が解き明かす、と副題にある。光文社新書740円。著者は、大阪大学大学院人間科学研究科教授、佐藤真一氏。老人は謎だらけなのかあ。

「老人は、老い先短い。しかし、なぜかそれを気に病む老人はいません。
多くの人が深刻に考えることなく、毎日平穏に暮らしています。」
なぜだろう?と考えて、佐藤教授は、老年行動学の勉強を始めたそうだ。

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「現役世代なら、あと数年の命と思えば目の前がくらくなってしまうはずのに、老人たちはなぜ心穏やかにくらせるのでしょうか」
と、佐藤氏は不思議に思ったという。
先が短いのに、なぜ平気で暮らせるのだろうか?死ぬのが怖くないのだろうか?
心理学ではむかしから大きな謎だったそうだ。なるほど、老いたぼくにも、謎だ。

老年行動学専門の教授の答えは、ごもっともである。
なんと、老人はポジティブなのだそうだ。ふうん。
どうやら老人は自分に都合のよいことや楽しいことしか覚えていないらしい、というのが、日本応用老年学会理事の佐藤教授の発見だ。
専門的にいえば、エージングパラドックスというらしい。体力や機能は落ちても、主観的な幸福観は高い。人生の残された時間が短くなると、人間は無意識にポジティブなことに関心がむきやすくなるのだそうな。そういえば、ぼくの友人たちにもいる、いる。

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困ったことに、お年寄りは自分を老人と思っていない。人は老いを自分ではさほど感じず、老人と感じず老いてゆくものだと、理解せよと教授はいう。これはたいへんだ。
老い先短くても、だから心穏やかなのだ、といわれても、そうかなあ。そうかもしれない。

とくに忘れっぽいわが身に照らしてみると、楽しかったことも、苦しかったことも、あほらしかったことも、それこそ、往時ぼうぼう、忘れてしまったのだが、研究対象のモルモットとしては、佐藤教授説に大筋はなっとくである。

ノーテンキな老人の取り扱い説明書として、おすすめしていいものか。思いは複雑だ。
新米老人たちがふえてきた。大衆長寿社会の「元気な老人たち」とどう付き合うか、この本はその心得集だと、「東洋経済」誌ブックトレンドはのべているのだが。

投稿者 nansai : 14:58