2012年02月02日
一月二十八日 「ご老人は謎だらけ」をもう読みましたか?
なんとなく、またひとつ年をとってしまった。
五木寛之氏(ぼくと同年らしい。すごいエネルギーの持ち主)の「下山のすすめ」説にも同感だが、山頂をきわめたことがないから、下りるまでもなく、いつも谷間を伝い歩いてきた。
思えば、運と縁である。数えきれない多くのありがたい出会いがあり、ご恩返しもできず、こんなのんきなことをいっておられることに、感謝。
面白い本と出合った。
「ご老人は謎だらけ」―老年行動学が解き明かす、と副題にある。光文社新書740円。著者は、大阪大学大学院人間科学研究科教授、佐藤真一氏。老人は謎だらけなのかあ。
「老人は、老い先短い。しかし、なぜかそれを気に病む老人はいません。
多くの人が深刻に考えることなく、毎日平穏に暮らしています。」
なぜだろう?と考えて、佐藤教授は、老年行動学の勉強を始めたそうだ。
「現役世代なら、あと数年の命と思えば目の前がくらくなってしまうはずのに、老人たちはなぜ心穏やかにくらせるのでしょうか」
と、佐藤氏は不思議に思ったという。
先が短いのに、なぜ平気で暮らせるのだろうか?死ぬのが怖くないのだろうか?
心理学ではむかしから大きな謎だったそうだ。なるほど、老いたぼくにも、謎だ。
老年行動学専門の教授の答えは、ごもっともである。
なんと、老人はポジティブなのだそうだ。ふうん。
どうやら老人は自分に都合のよいことや楽しいことしか覚えていないらしい、というのが、日本応用老年学会理事の佐藤教授の発見だ。
専門的にいえば、エージングパラドックスというらしい。体力や機能は落ちても、主観的な幸福観は高い。人生の残された時間が短くなると、人間は無意識にポジティブなことに関心がむきやすくなるのだそうな。そういえば、ぼくの友人たちにもいる、いる。
困ったことに、お年寄りは自分を老人と思っていない。人は老いを自分ではさほど感じず、老人と感じず老いてゆくものだと、理解せよと教授はいう。これはたいへんだ。
老い先短くても、だから心穏やかなのだ、といわれても、そうかなあ。そうかもしれない。
とくに忘れっぽいわが身に照らしてみると、楽しかったことも、苦しかったことも、あほらしかったことも、それこそ、往時ぼうぼう、忘れてしまったのだが、研究対象のモルモットとしては、佐藤教授説に大筋はなっとくである。
ノーテンキな老人の取り扱い説明書として、おすすめしていいものか。思いは複雑だ。
新米老人たちがふえてきた。大衆長寿社会の「元気な老人たち」とどう付き合うか、この本はその心得集だと、「東洋経済」誌ブックトレンドはのべているのだが。
投稿者 nansai : 2012年02月02日 14:58
