縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2012年8月 9日

八月九日 「東京物語」が、世界の映画監督の選ぶベスト映画に選ばれた。日本人として、意外!でも、うれしい。金メダル以上の値打ちがある。

勝った、負けた、よくやった、新聞はオリンピック報道一色だ。その片隅に目立たぬ小さな記事が。
世界の映画監督が、小津安二郎の『東京物語』を最優秀映画に投票で選んだという。

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なにしろ59年前、昭和28年の作品である。英国映画協会発行「サイトアンドサウンド」誌で、世界の監督358人の投票で一位に選ばれたというからすごい。
同誌は10年ごとに最も優れた映画50選を選ぶが、ベストワンは「東京物語」に決定した。批評家の部門でも3位に。まさか、驚いた。そして、なぜかじーんときた。
日本人の平凡な市井の一家族の心情をつつましやかに描いた小津映画は、外国では理解されにくいと思っていた。海外の映画賞にも出品されなかった。
ベストピクチャ オブ オールタイムズ。21世紀のいま、あの地味な作品を世界の監督たちが、日本語という文化の壁を越えて、首位に推したとは、なにか、人として深く共感するところがあったのだろう。さわやかな気持ちのいいサプライズだ。

敗戦から8年の昭和28年、この映画を、ぼくは地方都市の学生のころ映画館でみた。
地方に住む平凡な老夫婦が、都会に出ていった子供たちを訪ねてみるが、それぞれの生活があり結局は心の安らぐ居場所は、戦死した次男の嫁のアパートだけ。戦後十年たっていない昭和の家族の日常が淡々と描かれる。上京するのに、新幹線も冷房もない時代の話。

車中で体調を崩した老妻が急逝した朝、平山周吉(笠智衆)が庭に出て尾道の海をみながらつぶやくシーンを覚えている。
「ああ、今日も暑くなるのう。」
辛い一日がはじまろうとしているのに。

若く、人生の機微の理解の浅いままに、胸のつぶれる思いがした。地方都市で祖父母に育てられたぼくが、郷里を去り都会地に職を求めようとしていた夏だったからか。

生々流転。
小津監督は、家族ひとりひとりの人生も交錯しつつ、流れてゆくさまを描こうとした。
ハッピーエンドなんかあるはずがない。すべてをおだやかに受け入れる72歳、平山周吉(笠 智衆)の姿に、ぼくも自分を投影できる年齢になったと思う。

日本語には、かげがあり間がある。セリフのデリカシーはとうてい理解できないであろう海外の映画監督たちが、59年前のこの静かな映画の価値をみとめている。素直に誇らしく思う。

周りの若い世代にきいてみたら、トウキョウモノガタリ?だれひとり知らなかった。
一方、ネットでは、映画に関心のあるらしい若い人たちが、退屈ですぐ寝てしまった、とか、せりふの不自然さに、反発したりしている。
年をとってはじめて、この映画に流れている心情が理解できたという声も。
戦後すぐのこの作品も、今の世代には、はや古典となり、文楽への評価と相通じるところもあるのか。

投稿者 nansai : 2012年8月 9日 11:04