縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2012年10月29日

十月二十九日 いってらっしゃい。皆既日食観測隊

友人たちが、はるばるオーストラリアまで、生涯忘れられない経験を求めて、皆既日食を見にゆくという。十一月十四日6時38分から2分間のドラマが、その瞬間だ。
日食の魅力に、やみつきになって、追っかけをしている人が、世界中にいるときいた。現地のホテルも満杯らしい。

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記念のTシャツをつくりたいというから、お安いご用だ、マウスで絵を描いてプレゼントした。
オーストラリアも皆既日食も、ぼくはみたことはないが、ごまんとあるグーグルの写真からイメージを拝借した。西も東もわからないのだが、短絡すれば、オーストラリアといえば、コアラだ。
皆既日食で、空がにわかにかき曇り真っ暗になる。
おびえてお母さんにしがみついているコアラの赤ちゃんを描いてみた。限定6枚のTシャツだが、現地にコアラ親子が棲息しているかどうかは調査不足だ。
皆既日食の間は、コロナと呼ばれる太陽の外層大気がみえるだけ。暗闇に炎の輪がゆらぐ。きれいだろうなあ。
月が通りすぎて太陽が再び姿をあらわす頃になると、コロナ環の頂点に、有名な「ダイヤモンドリング」がかがやくのだそうな。このハイライトは、勉強不足で描きそこねた。

10億年後には、月と地球の距離は今より大きく離れるから、皆既日食は起こらなくなるらしい。見るのならいまのうちだ。以上、ナショナルジオグラフィックから。

当日は雨の降らないことを祈ろう。
まぶしいダイヤモンドリングを、ぼくは、北半球からテレビでウオッチということになる。パナソニックは、太陽電池パネルとリチュームイオン電池で発電、蓄電した電力を使い世界にライブ中継するらしい。

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投稿者 nansai : 14:30

2012年10月22日

十月二十二日 
「たそがれコンサート」は、この秋も盛会でした

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この秋も、近くの小さな公園で野外コンサートがひらかれた。つまらないことで、世界も政界も殺気だっているのに、この一角だけは平和である。
秋の日はつるべ落とし、あたりがたちまち暗くなる。猫のひたいのような公園の狭い一角にテントをはって、楽器の音合わせがはじまり、照明に灯がはいると,がぜんコンサート会場にみえて気持ちがたかぶるのがふしぎだ。
演目はポスターを見て欲しいが、トップバッターというか、恒例の前座は、ちょいワルおじさんトリオ。イタリア民謡カタリ・カタリで幕開け。テナー、バリトン、ものすごい声量でカンツオーネやオペラを朗々と歌う。拍手喝采。平均年齢80歳に近いときいて腰を抜かす人も。
あのように胸やおなかをふくらませて歌うためにはからだ全体が楽器でなくてはならんそうだ。皆さん若い頃から天分はあったのだが、たゆまぬ練習が必要。
定年後は、トリオをくんでボランティアで病院や施設を回っている。年に一回は家族帯同してヨーロッパ遠征して、片田舎の教会で歌うそうだ。いつでも声をかけてくださいとのこと。理想の第二の人生だ。ここに描いた満月をバックに朗々と歌うウサギさんは、年をかんじさせないのがすごい。

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ぼくもあやかりたいが、はやばやと小学二年生で音楽から脱落して、以後オンチのままだ。
コンサートは、無事、盛会裏に終了。よかった。

都心の盛り場をはずれると、大阪の夜が人通りが減りさみしくなっているときく。建築家の安藤さんの説では、大阪のオトコどもは散歩をしないからだと。御堂筋などの閑散ぶりはまさにそうだ。
古い錦絵をみると、八軒家、高麗橋、天神橋、天満橋、なにわ橋かいわいのにぎやかなこと。
北大江公園のちかくは、学校やオフイスが姿を消し、次々に中小マンションがたちならんでゆく。弁当屋さんと整骨院が軒を連ねる。時代に流され、商売もかわってゆくのだ。ここに住む人、通う人それぞれの生活がある。
そんなひとたちの気軽に、ということは、安く、集まる場がほしい。コンサートだけにかぎらず、こんなささやかな集いがあちこちで開けるといいと思う。
飲んだり食べたりだべったりできれば、なおいいが、市の公園ではそれは無理だが。

たそがれコンサートに関わった皆さんごくろうさまでした。おつかれさま。


投稿者 nansai : 14:36

2012年10月10日

十月十日 ごくろうさん、金本。ようやったで、今岡も。

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山中教授のノーベル賞受賞で湧きかえった昨夜、鉄人は甲子園球場でバットを置いた。
「野球の神様ありがとうございました!、」と金本選手が満員の甲子園のファンの前で絶叫し、手を振ってダイアモンドを一周して、引退セレモニーは終わった。さすがに和田監督のあいさつはなかった。
さしもの金本も晩年のこの3年間は低迷して、ファンからもきついヤジも浴び、不本意だったろうが。
首位と30ゲーム引き離されて、負けても負けても、球場が満杯になる、タイガースは、ふしぎなチームだ。
しかし、これからは、そうはゆかない。有名ベテランにおんぶして補強育成を怠ったツケが待っている。阪神は、長い暗黒時代へ突入することになるだろう。5年は続くだろうという声も。

数日前、去りゆく金本選手を惜しむスポーツ紙の大見出し記事の裏面に、ひっそりと一人の打者の引退会見が報じられた。

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往年の阪神の主軸打者今岡誠選手(ロッテ)だ。
いま甲子園を埋め尽くしている若いファンは、この天才打者を知らない人も多いだろう。

山あり谷ありの濃い野球人生だったと、今岡は会見で述懐している。タイガースでの現役絶頂期は短かく、谷は深かった。
当時の野村監督を歯ぎしりさせたマイペース、くろうと好みの巧みなバットコントロールは文字通りの天才打者だった。
1997年ドラフト1位で入団、やがて頭角をあらわして2004年には阪神の3番打者に抜擢され、打率306、28本塁打、83打点を上げ、選手会会長に推された。
今岡はテレビでしか見ないぼくのごひいき選手だった。(ここに描いたカットは、阪神在籍当時のもの)その後死球による腱鞘炎には勝てず、自在だったバットコントロールがままならなくなる。天才も一転して長い打撃不振におちいった。そのまま打力回復ならず、ついに2009年には阪神を無念の戦力外退団となった。

しかし、今岡は野球への夢捨てきれず、エリートのプライドをかなぐり捨てた。すごい執念だ。
参加したトライアウトで興味を示したロッテに歯をくいしばってテスト生として合格。入団して、代打やDHに起用された。打棒の復活ならず出場の機会は少なかったが、時に交流戦など大一番で結果を出したこともあった。
ことしも試合の出場はかなわなかったが、コーチ兼任し若手を教える手ごたえとよろこびをつかんだという。逆境の三年間多くの人と出会い生涯の財産となった。
吹っ切れた感じで、涙、涙ではなく、前を向いて引退の記者会見に臨んでいた。
山があって、谷があった。これからの野球人生は指導者として頭角を現わしてほしいと願わずにはいられない。ごくろうさん。がんばれよ。

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天国と地獄をみた阪神時代に今岡の上げた、かくかくたる戦果は、振り返れば、はんぱではない。
首位打者一回、打点王一回、ベストナイン3回、ゴールデンクラブ賞一回、シーズン打点147、初回先頭打者初球本塁打5本、オールスター出場5回、オールスターファン投票年間得票数1588712票。

いま、こんな選手がいてくれたらなあ。つい、ぐちになる。

苦労して育てるよりはすぐ勝ちたい。懲りない球団は、またぞろ、大枚を積んで、大リーグ落ちの元有名選手を物色し始めた。ああ、その道はいつか来た道、なのに。

投稿者 nansai : 11:27