縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2012年10月10日

十月十日 ごくろうさん、金本。ようやったで、今岡も。

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山中教授のノーベル賞受賞で湧きかえった昨夜、鉄人は甲子園球場でバットを置いた。
「野球の神様ありがとうございました!、」と金本選手が満員の甲子園のファンの前で絶叫し、手を振ってダイアモンドを一周して、引退セレモニーは終わった。さすがに和田監督のあいさつはなかった。
さしもの金本も晩年のこの3年間は低迷して、ファンからもきついヤジも浴び、不本意だったろうが。
首位と30ゲーム引き離されて、負けても負けても、球場が満杯になる、タイガースは、ふしぎなチームだ。
しかし、これからは、そうはゆかない。有名ベテランにおんぶして補強育成を怠ったツケが待っている。阪神は、長い暗黒時代へ突入することになるだろう。5年は続くだろうという声も。

数日前、去りゆく金本選手を惜しむスポーツ紙の大見出し記事の裏面に、ひっそりと一人の打者の引退会見が報じられた。

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往年の阪神の主軸打者今岡誠選手(ロッテ)だ。
いま甲子園を埋め尽くしている若いファンは、この天才打者を知らない人も多いだろう。

山あり谷ありの濃い野球人生だったと、今岡は会見で述懐している。タイガースでの現役絶頂期は短かく、谷は深かった。
当時の野村監督を歯ぎしりさせたマイペース、くろうと好みの巧みなバットコントロールは文字通りの天才打者だった。
1997年ドラフト1位で入団、やがて頭角をあらわして2004年には阪神の3番打者に抜擢され、打率306、28本塁打、83打点を上げ、選手会会長に推された。
今岡はテレビでしか見ないぼくのごひいき選手だった。(ここに描いたカットは、阪神在籍当時のもの)その後死球による腱鞘炎には勝てず、自在だったバットコントロールがままならなくなる。天才も一転して長い打撃不振におちいった。そのまま打力回復ならず、ついに2009年には阪神を無念の戦力外退団となった。

しかし、今岡は野球への夢捨てきれず、エリートのプライドをかなぐり捨てた。すごい執念だ。
参加したトライアウトで興味を示したロッテに歯をくいしばってテスト生として合格。入団して、代打やDHに起用された。打棒の復活ならず出場の機会は少なかったが、時に交流戦など大一番で結果を出したこともあった。
ことしも試合の出場はかなわなかったが、コーチ兼任し若手を教える手ごたえとよろこびをつかんだという。逆境の三年間多くの人と出会い生涯の財産となった。
吹っ切れた感じで、涙、涙ではなく、前を向いて引退の記者会見に臨んでいた。
山があって、谷があった。これからの野球人生は指導者として頭角を現わしてほしいと願わずにはいられない。ごくろうさん。がんばれよ。

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天国と地獄をみた阪神時代に今岡の上げた、かくかくたる戦果は、振り返れば、はんぱではない。
首位打者一回、打点王一回、ベストナイン3回、ゴールデンクラブ賞一回、シーズン打点147、初回先頭打者初球本塁打5本、オールスター出場5回、オールスターファン投票年間得票数1588712票。

いま、こんな選手がいてくれたらなあ。つい、ぐちになる。

苦労して育てるよりはすぐ勝ちたい。懲りない球団は、またぞろ、大枚を積んで、大リーグ落ちの元有名選手を物色し始めた。ああ、その道はいつか来た道、なのに。

投稿者 nansai : 2012年10月10日 11:27